第三十二章 第三部 意識体=幽霊?
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人 本名:上野紀
〇まりりん・ゆき 寿満寺学校二年生/愛凜の末娘
〇上野愛乃 きらのクライアント
第三十二章 第三部 意識体=幽霊?
きらちゃんは一時間ほどかけて【ライフ・アテンダント】の説明をクライアントにした。
クライアントは理解できたようなできていないような、妙な表情で部屋の中空に視線を彷徨わせている。たぶん頭の中では質問や疑問が、別府の自噴する温泉源のようにふつふつと湧き出てきているのだろう。しかしどこからとっかかればいいのか判らない。
「あのね、いまは聞いたばかりの状態で頭の中が整理つかないと思うの。わたしはいつもあなたの傍にいるから、徐々に疑問を解いて行けばいいのよ。
わたしが邪魔なら姿を消すし、今までもそうだったけど、四六時中あなたを見ているわけじゃない。大体はあなたの使っていない屋根裏部屋にいるから、用があれば大きな声で呼んでくれるといいよ。呼ぶときは『きの』でいいから。
あ、でも時々外出していることがあるから、その時は帰ってきたら話してね。
これからは外出先から帰ったら『ただいま』って言うから」
「わかった。わたしのことは『よしの』って呼んでくれていいです」
「わかったわ。じゃあこれからよろしく、よしの」
「わたしもよろしく、きの」
ちょっと気まずい会話途切れの時間があって愛乃が言った。
「ねえ、ひとつだけ訊いていい?」
「いいわよ、なに?」
「意識体と幽霊って本質的に違うの? それとも同じ?」
「いい質問ね。概念としてはどちらも死んだ人間を元にして見たり言い伝えが残ったりしてるから、同じものかもね。
それで言うなら幽霊=意識体なのかもしれない。でもひとつはっきり言えるのは、意識体は人間の肉体が活動停止すると、その時に精神だけが相転移をして意識体となり、その状態で生き続けるの。だから幽霊みたいな捉えどころのないものじゃなくて、厳然とこの時空に存在しているのが意識体。わずかだけど物理的に質量もある」
「質量があるなら物質よね」
「そうね。地球に生まれた過去から現在まですべての生命体は、肉体的死を向えると意識体になって存続するの。
宇宙に存在するダークマターは意識体の質量も含まれている。一体ずつはとても軽いけど、なにしろ数が多いからそれなりの質量にはなるのね」
「じゃあわたしもいつかは意識体に……?」
「そうよ。あなたも、あなたのお父さんもお母さんも」
そこまで聞いて、また愛乃さんは考え込んでしまった。またしばらく会話は途絶えるだろう。
「ねえ、ちょっとわたし、用事があるから外出してくるね。もしかしたら遅くなるかもしれないけど、ちゃんと戻ってくるから」
「わかった。カギは?」
「合い鍵持ってるから大丈夫」
「そう。いってらっしゃい」
ずっとカーペットに視線を向けたまま、愛乃さんは返事をした。
「きらちゃんが今から来るって。でアルトは風呂に行っててくださいだって」
「は? 風呂に行け? なんかオレに聞かれちゃまずい話でもあるのかな。例のプロジェクトの件かなあ」
「そうかもね。女子の内輪話を盗み聞くと嫌われるよ。早よ風呂行ってこい。ゆきも付いて行きなさい」
「え~わたしもお。プロジェクト聞きたいのに」
「ちゃんと計画が固まったら教えてあげるから、それまで楽しみにしてなさい。
銭湯行ったら大先生がゲームと唐揚げ定食食べさせてくれるよ」
「わかったあ じゃあ行こう、大先生」
「あ、うん。タオルとか着替えとか持っておいで」
「はーい」
「おい、保護者。オレは給料前だからゲーム代や食事代は持ってないぞ!」
「甲斐性なし。はい、五千円あれば足りるでしょ。おつり持ってきなさいよ。それから給料でたら返せ」
「貸すんかいっ! 高利貸の強欲商人め」
「クライアントの素行調査はうまくいった?」
「うん、まあね。
あのさあ、わたしの存在、バレちゃった」
「バレた? クライアントに?」
「そう」
「どうして? もしかしてアルトと同じ体質とか」
「それも少しあるけど、他の人より感度が少しだけ高いレベル程度みたい」
「で、なんでバレたの?」
「まあ、半分はカマをかけられたみたいなものね」
「えぇえ きらちゃんらしくない失態ね」
「失態って…… まあそうだよね。はっきり指摘されると心がズキる」
「ごめんごめん。で失態をしでかした原因は?」
「また『失態』って言った。原因はわたしがクライアントの心を読み違えたことかな。完全にわたしの存在を認識していると思っちゃった」
「ちょっと状況を詳しく聞かせてよ。アルトたちはいま出たばかりだから、しばらくは帰ってこない」