第三十一章 第六部 【プロジェクト×】
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇ゆらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇みらい ライフ・アテンダント/ゆらりの姉
〇萌絵未もえみ ライフ・アテンダント/ゆらりの妹
第三十一章 第六部 【プロジェクト×】
「銭湯に行くけど、一緒に行くひとー」
誰も手を挙げない。当然、全員がぞろぞろと付いてくるものと思い込んでいたので拍子抜けだ。
誤解からの開催となったスウィーツ・パーティーと女子おしゃべり会の方が、スーパー銭湯の魅力など易々と打ち砕いたのだろう。
会話の腰を折らないよう気を使って、こそっとひとり会場を抜け出して銭湯に向かった。
まあ、いつもの引率の先生的立場ではないので、今日は気楽にゆっくり入浴できる。
「ねえねえ、アルくんと元カノ、進展と言うか復縁したの?」
「いーや、まだみたいよ。こないだ居酒屋に行ってたけど、店を出てそこでお別れ」
「なにそれ。女の子が吞みに来てくれてるんだったら、当然その子はその後も期待乃至は想定してたでしょうに。知らない仲じゃないのに」
「そうよねー 奥手なのよ、アルトは。気の使い過ぎ・まわし過ぎ、昔から」
「でもそこがアルちゃんのいいとこでもあるのよね。下心がないところが」
「下心はあるわよ。一応オトコだし。でもそれを表に出せない」
「下心あるんだ。良かった。じゃあわたしにもチャンスがあるじゃん」
「ゆらちゃん、アルくん好きなの? わたしもモノにできるならしたい。ライバルやん」
「そうね。でもアルちゃんはきらちゃんに興味がありそうだからなあ」
「わたしもハイグレード・モードだったら現生人とほぼ同じ肉体に復元できるから、きらちゃんを誘ってみたらって水を向けたんだけど、のらりくらりとかわした」
「愛凜はどうなのよ。アルくんとは」
「わたしとアルト? そうねえ、現状を客観的に見れば夫婦的生活だな。ゆきが帰ってきてるし、親子三人みたいな感じ。でもあくまでプラトニックであってフィジカルはない」
「アルくんは順応性があるからわたしも時に忘れているけど、彼は今を生きる現生人だから、彼の中で意識的にか無意識かは判らんけれども、一線を引いてるんじゃない?」
「そうねえ。言われてみればそうかもしれない。いくらコスプレでエロいかっこうしても、襲ってくることはない」
「なにやってんのよ、愛凜は。ゆきちゃんに見られてないでしょうね」
「ゆきが帰ってきてからはやってない」
「でね、わたし思ったんだけど、わたしのクライアントの子。いま確か二十五・六・七歳だけど、年齢的にアルくんとバランスがいいんじゃないかと思うのよね。
で、あの子とアルくんが出会うきっかけを作ってあげたら、もしかしたらうまくいくんじゃないかと考えたの」
「きらちゃんのクライアントって、わたし一度だけ遠くから見たことあるけど、綺麗とまではいかないまでも、オトコの子が振り返りそうなくらいの見た目レベルだったよね」
「そう。ちゃんとメイクしてちゃんとコーディネートすれば、街を歩くとナンパの嵐で難破するくらいはある」
「アルちゃんと合うの?」
「アルくんもわたしのクライアントもひとり好きだから、たぶん気が合うんじゃないかと」
「その程度の接点か。引き合わせるのがむずかしいんじゃない」
「そこはわたしたちアテンダントがお膳立てをしてあげなきゃ。このままだとアルくん家もマイ・クライアント家も子孫が断絶してしまう」
「それは現実的な問題よね。わたしたちといくら仲良くなっても子どもは作れない」
「そうよ。だからさ、共通の趣味とかあれば、それをきっかけに出会いの場を設定するとか」
「アルちゃんの趣味や嗜好はだいたい知ってるけど、きらちゃんのクライアントの事はぜんぜん知らん」
「そうよ。そう言えば名前さえ知らないし」
「言ってないもん」
「なんで?」
「わたしもよく知らないから」
「……よく知らないって、クライアントでしょうに」
「そりゃそうだけど、趣味とかプライベートな面は観察しないようにしている。
あ、もちろん住所氏名年齢生年月日職業電話番号はわかるよ。でも個人的な生活には干渉しないようにしている」
「じゃあアルトとくっつけるプロジェクトを立ち上げるなら、まずはその子の性格や思考・志向・指向・嗜好を調べないと」
「『しこう』が四つあったけど、ちょっと漢字で書き分けてくれる?」
「漢字は書けん。ちょっとスマホ貸して」
「でもさあ、元カノの方もわたしたちの知らないところで進展してるかもよ」
「それはあるかもね。だからさ、わたしはアルトをしっかり監視して状況を報告するから、きらちゃんはクライアントの性格等をしっかり調査してちょうだい」
「わかった。ゆらちゃんたちは偶然を装った出会いシチュエーションを何パターンか考えてよ」
「了解。なんかおもしろくなってきたね。作戦名は【プロジェクト×】にしよう。
【×】は『エックス』じゃなくて『バツ』」
「プロジェクト・バツって、なんか失敗しそうじゃん」
「でもエックスだと公共放送からクレームくるから使えない。だから『×』で」
「じゃあ【プロジェクト・バツ】と言うことでよろしいでしょうか、愛凜さん」
「よございます」
「みらいちゃん、ゆらちゃん、もえみちゃん」
「意義なしで」
「じゃあ【プロジェクト・バツ】で。かんぱーい!」
「乾杯っ!」