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ライフ・アテンダント 人生の付添人  作者: アルシオーネM45
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第三章 第二部 親子どん?

〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター

愛凜(あいりん) ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖

〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人

第三章 第二部 親子どん?


 空港線と違って、こちらの具塚線の車内はいつも空いているから余裕で座れる。

 初めての地下鉄乗車で、最初はきょろきょろと興味深そうに車内を見まわしていた愛凜だが、地下鉄だけに窓外の風景が変わらないので徐々に飽きてきたらしく、今はスマホをいじっている。

 「ね、ここの天婦羅、美味しそうだね。今日の晩ご飯、きまった!」

 「和食が好きなんだ」

 「和食に拘ってるわけじゃないけど、ほら、元々は古いタイプの人間だからやっぱり和の味に惹かれるのよ」

 そこは生まれ育った江戸時代の食文化を引きずっているのか。

 「アルトも海老天が好きだったよね。じゃあこのお店で食べよう。いい?」

 「あ、はい。おまかせします」

 「じゃあ予約入れるからね。えーっと、二名・十八時、ぽち」

 愛凜がスマホで予約していると車内アナウンスが流れてきた。

 「間もなく天陣、天陣です。右側のドアが開きます。ドア付近の方はご注意ください」

 愛凜がスマホを、持ってきたバッグに入れて立ち上がった。背は私と同じくらいで高くはないが、今日はヒールのある靴なので、私はやや見下ろされている感じ。

 洋服や履物は素粒子の集まりだが、バッグは実物。あんな物、いったいうちの何処に置いているんだ。多分、家人があまり使用していないタンスか押入れのケースに、上手にしまいこんでいるのだろう。


 ホームに降りて乗降者の波をかき分けながら階段を昇ってゆく愛凜。街は歩き慣れているようだ。

 改札を抜け、立ち止まってまずどこに行くか考えている。

 「ねえ、あっち側が再開発中で、ラドン襲来のあとみたいになってるのよね」

 と私に訊ねてきた。

 「ラドン襲来? そりゃむかしの怪獣映画にひっかけてるの?。よく観てるなそんな映画。オタクか?

 そうそう。向こう側は元ビルの跡を覆いで囲んで基礎工事してる。だから地下街から大妙方の商業施設を巡るのがいいだろうね」

 「そっか。だったらまずパンコにいってアクセサリーを見る。あそこだとアルトがよく行ってるタクレコもあるからCD探すの付き合うわよ。

 それからカナリアプラザのカフェでひと休みと三時のおやつ。その後はテキトーにぶらぶらして食事。

 食べ終わったらデパ地下でスウィーツを見る。アルトの大好きなGODAIVAをプレゼントに買ってあげるね。わたしも好きだから帰りの車の中で食べよう。

 よし、スケジュール決まった! さあ行こう」

 口をはさむ間も与えられず予定が組まれた。まあ連れていかれる立場だから何も言えないが。


 愛凜の時間割り通りに一通り周って、夕食の予約を入れている店に向かう。

 店の名前を聞いていないので愛凜の後について歩いた。私が逸れていないか時々振り返って確認している。

 入ったのは四越。エスカレーターでどんどん上階に上って行った。確かここに入居している店は、(私には)敷居の高い高級店ばかりだったはず。

 愛凜が和食料理の店に入って、予約している旨を仲居さんに告げている。

 「はい、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 と丁重な応対で私たちを予約席へ、先に立って案内してくれた。


 「さあて、何食べよっかなー ねえ、なんにする? 天婦羅かな、やっぱり」

 「そうだねー」

 こちらは奢られる身なので返事に感情が入らない。

 仲居さんがお茶とお品書きを手にして戻ってきた。

 「お決まりになった頃、お伺いしますからごゆっくりご覧ください」

 さすが高級店、対応が一味違う。私が行くのは「お決まりになったらそのボタンを押してください」系の店だ。

 「ねえ、どれにする? わたしは天婦羅定食。アルトは?」

 「オレは……えー 親子丼」

 「親子どん? ねえ、遠慮してるでしょ。好きなの選んでよ」

 「遠慮なんてしてないよ。親子丼大好物だから」

 「親子どんね。そう言えば親子丼の素、家にあったね。大好物だったんだ。初ミミ」

 「お決まりになりましたか」

 タイミングよく仲居さんが現れた。絶対に盗聴装置が仕込まれているはずだ。

 「じゃあわたしは天婦羅定食、あちらは海老天定食」

 「天婦羅定食と海老天定食でございますね。これから揚げますので少々お時間をいただきますが、よろしゅうございましょうか」

 「はい、かまいません」

 「ありがとうございます。では少々お待ちください」

 愛凜は何食わぬ顔をしてお茶を啜っている。

 「あの、親子丼……」

 「『据え膳食わぬは男の恥』って諺、知らないかなあ。だまってごちになりなさい」

 何か取り繕う言葉を探したが、カッコ悪いからやめた。

 

 スマホを見ていた愛凜が

 「あ、きらちゃんからメールが届いてる。『温泉巡りしていたらクライアントに置いてきぼりにされてた』だって。

 いま別府駅にいて特急【白いトニック】に乗ろうとしたら、向かいのホームに【ゆふいんの林】が止まってたからそっちに乗ることにしたそうよ。転んでもただじゃ起きないのね、きらちゃん」

 「当然、透明で乗車するんだろ?」

 「そりゃそうよ。便乗していったんなら私物は持ってないだろうから無一文のはずよ。

 でね、帰り着くのが夜遅くなるので、多分締め出しをくうから今晩泊めてくれないかなって」

 「そりゃかまわないけど、きらちゃんちは入り込むすき間がないの?」

 「あそこは家の人がセキュリティ・マニアだから、わたしたちでも入り込む余地がないみたい。

 わたしも何度かアルト家の締め出しにあって、ゆらちゃんとこに泊めてもらったことあるよ。あそこは警備体制がゆるゆるだから。

 締め出し経験はライフ・アテンダントあるあるなの。

 じゃあきらちゃん宿泊の件、OKね。返事送ります。ぽち」

 きらちゃんと何度かのやりとりをしていると、二人分のお膳が運ばれてきた。それぞれの前に据え置かれ

 「ごゆっくりどうぞ」

 と言って仲居さんは戻って行った。

 高級感のある油の香りとキラキラ輝く衣をまとった海老たち。この店で調理された海老は本望だろう。

 有り難くいただきます。

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