第三十章 第二部 私も狼になれますか
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇まりん ライフ・アテンダント/愛凜の母
〇まりりん・ゆき 寿満寺学校二年生/愛凜の末娘
第三十章 第二部 私も狼になれますか
「昔は『インドに行くと人生観が変わる』とか言われてたけど、今はポピュラーになった分、神秘性は薄れてしまった」
「そうだったですね。なんかインドって言うと、この世とは隔絶した国だったような印象がありました」
「だよね。オレの中ではチャダ氏の登場でインドの不可思議世界感は吹っ飛んだけど」
ゆきちゃんの博識ぶりに関心しつつ、思わず話しがはずんだ。
最初はニコニコしながら頷いたり相槌をうったり『ほおぉお』とか言って付き合ってくれていたまりんさんだが、一時間前から睡眠郷に入ったようだ。軽くいびきもかいている。
「ねえ、意識体だから呼吸しなくてもいいのに、なんで息するの?」
「それは空気を吸ってはく動作が本能として行動様式にこびりついているからです。実際には酸素をエネルギー変換してないので、まったくもって空気の出し入れだけ。だから二酸化炭素も排出しません」
「それはエコだね。どこかの国の環境保護アイドルが聞いたらハグされそう」
「でも身体はすかすかだから空ハグになります」
「トントントン」
ガラスを叩く音がした。愛凜のご帰宅らしい。窓を開けると上半身からニュルっと入ってきた。
「あら、早かったのね。不純異性交遊はなしだったな」
「旧交を温めてきただけ。愛凜一味が期待したようなストーリー展開はなし」
「つまんねえヤツ。もう誘ってもらえないよ」
「だからあ、そんな進展するような雰囲気ではなかったっちっとろーが。
そもそもオレたちがどこの部屋に居たのか知ってんの?」
「どこに居たのよ」
「ふっふっふ 聞いて驚くな。おまえたちの隣りの部屋だ」
「ふうん。あのね、ライフ・アテンダントはクライアントの身体が発する微弱電流を、半径二十メートル以内なら感知できるのよ。
あなたたち二人が隣りのブースに居るのは、店に入ってすぐわかったわ」
「じゃあそれを承知で隣りの部屋に入ってどんちゃん騒ぎしてたのか」
「隣りになったのはまったくの偶然。そもそもあの店にアルトと元カノが来ているなんて、わたし以外は誰も知らないし言ってない。
わたしたちは純粋に呑み会を楽しんだだけです」
「でもオレたちの会話を聞く方が三文オペラを観るよりおもしろい、って言っとったやん」
「あれはジョーダンです。アラフォーカップルの盗み聞きしたってなんがおもしろかろーか」
「じゃあ次は違う店で騒いでくれ。時々Y談が聞こえてきて閉口した」
「あら、わたしたちの放談を盗み聞いてたのね」
「あれだけでかい声でしゃべってりゃ、いやでも耳に入ってくる」
「じゃあ今度は少し押さえて話します。次はいつ?」
「だからね、話し聞いてる? 次は違う店に行ってくれ」
「いや。同じ店に行く。その方が楽しい時間を共有できるでしょ」
「共有せんでいい! いいからもう寝なさい!」
「はーい。ゆきはまだ寝らんの? アルトは安全パイだから、変な事しないから安心してお話ししていいよ。おやすみ」
「アルトさん、安全パイなんですか?」
「安全パイの意味がわからん。オレだってオトコだからいつ狼に豹変するかわからんよ」
「狼に豹変? なんか言葉が矛盾してて面白いですね。さすが大先生。ギャグもひねりがきいてる」
「ああ、ありがとう」
ゆきちゃん、ツッコミが無意識にスルドい。