第三十章 第一部 居酒屋と越えられない一線 からのタブラ好き
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇ゆらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇みらい ライフ・アテンダント/ゆらりの姉
〇萌絵未 ライフ・アテンダント/ゆらりの妹
〇まりん ライフ・アテンダント/愛凜の母
〇まりりん・ゆき 寿満寺学校二年生/愛凜の末娘
〇未祐樹 或人の元カノ
第三十章 第一部 居酒屋と越えられない一線 からのタブラ好き
仕事から帰ってくると、部屋がにぎやかにごった返していた。いつもの面々が全員集合だ。
今日は先日、偶然再会した未祐樹(→see 第二十九章 第一部)と居酒屋へ行く予定の日。愛凜とその仲間たちは私に同行して同じ店内の別席で宴会を催すのだ。ゆきちゃんは大人なので、そのような野次馬の群には加わらない。
車はもちろん置いて行く。彼女らは姿を消しぞろぞろと付いて来て、電車やバスには私の横をすり抜け乗り込む。
街に着くと別行動だ。私は時間まで本屋や中古レコード店廻り。
野次馬群はまず無人のトイレに向かい、透明偽装装置付き・消音タイプのゴロゴロバッグに入れてきたそれぞれの衣装に着替えて、目立たないようにひとりずつ出てくる。そして時間まで天ブラ、大ブラ。
予約した六時半の十分前に居酒屋に着いた。中に入り名前を言うと部屋に通される。
幸いなことに個室形式なのでプライベートは保たれそうだ。五分ほどして未祐樹もやってきた。
とりあえずビールで乾杯。それぞれ食べたいものを注文し、シェアするのは以前と同じ。
当たり障りのない近況報告から会話を始めた。まあ知らない仲ではないから徐々にキワドい方向にも少しずつ進んでいくだろう。
気がつくと隣室から賑やかな声が聞こえてきていた。こちらはこちらで会話がはずんでいたので気にならなかったが、聞きなれた笑い声に私の聴覚が反応し、しばらくそちら方向からの会話内容を分析していると、どうも愛凜の一味であるようだ。
偶然か意図的にかは知らないが、私たちのとなりの部屋を確保できたらしい。
ただし、特にこちらの様子を窺っている様子はない。となりはとなりで盛り上がっている。そもそも自分たちのいる横の部屋に、私たちが居ると認識しているかどうかさえ不明だ。
楽しい時間はあっちゅう間。気づけばすでに五時間以上経っている。私も未祐樹も呑むには吞むが、それほど酒量は多くない。一応ふたりとも意識はしっかり保っている。愛凜が期待した一戦はなさそうだ。
そろそろお開きにしようかと、自然にそんな雰囲気となる。
店員さんを呼び、お勘定と〆のお茶を頼んだ。ワリカンと事前に決めていたが、そこは日本の古式の流れに従い、私が支払った。
部屋から出ると、となりの部屋は相変わらず盛り上がりっぱなしだ。もはや私らのことなど埒外だ。最近読んだコミックや女の子向けラノベの読書評が聞こえてくる。
部屋の前を通り過ぎた数秒間の会話しか聞けなかったが、充分赤面ものの内容であった。
店外に出て、未祐樹がタクシーに乗り込み、手を振ってその夜は終わり。
実のところ、私も一線を越える期待は若干あった。もしかしたら彼女にもその気持ちがあったかもしれない。が、私の性格上、あからさまにその意思表示をしたり、ましてダイレクトにお誘いすることなどできない。それは未祐樹も解っているだろう。
まあ、お互いにその意思があれば、そんなに待たなくてもその機会は訪れるだろう。
彼女を見送ったあと、私もタクシーをひろって帰路に着いた。
帰宅し部屋に入ると、当然ながら愛凜の姿はない。そのかわり、まりんさんとゆきちゃんが部屋番をしてくれていた。多分ゆきちゃんの将来について話していたのだろう。
「ただいま。愛凜はまだ?」
「さっきRAINがあって『いまカラオケに来ている』って」
「じゃあまだまだ帰って来そうにないな。
ふたりとも大事なお話し中だったんでしょ。オレがいても問題ないなら続けてください」
「いや、大事な話はもう終わりました。今は民俗音楽について議論しています」
「民俗音楽? ふたりとも民俗音楽に興味があるんですか」
「わたしはゆきの講義を受けているだけ。でも面白いから興味がでてきたの」
「そうですか。どこの民俗音楽について講義してるの?」
「インドです。わたし、タブラの音が好きで、あの『ンドゥンドゥ タタタタンドゥタタタンドゥ』っての聴くと動けなくなります」
「オレもタブラ好き。いいよねあの音と独特のリズム。凄い変拍子なのに簡単そうに超速で叩き出すんだよね」
「そうですそうです! ちょっとアルトさんもそこに座ってください。語りましょう!」