第二十九章 第二部 進路変更
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
第二十九章 第二部 進路変更
アメリカの古いドラマはおもしろい。この【ベン・ケーシー】はかなり古い白黒もの。【コンバット】も白黒だったが、シリーズの終わりころには確かカラーになったはずだ。
【スター・トレック】や【刑事コロンボ】はスタート時からカラーだった。
そう言えばブルース・ウィリスは【ブルームーン探偵社】で人気が出て、映画「ダイ・ハード」の出演で一躍大スターに。【ブルームーン~】の共演だったシヴィル・シェパードはジャズ・アルバムを吹き込んでいる。こちらはテナーのスタン・ゲッツが共演で、なかなかの出来の作品だった。
せっかくうん蓄を開陳してやっているのに、横で愛凜はスマホいじりに没頭中。
ベン・ケーシーが終わってほかのチャンネルを漁っていると
「ねえ、ちょっといい?」
「なん?」
「ゆきのことなんだけど」
「ゆきちゃん? なんごつですか?」
「あの子、このまま今の学校に通ってライフ・アテンダントになるかどうか迷ってるの」
「迷ってる? どうして」
「ほら、あの子は相転移が早かったから、人間として過ごした時間が少ないじゃない。だから自分より長く生きるであろうクライアントに、アテンダントとして付き添っていけるかどうか不安なのよ」
「ああ、なるほど。今は百歳を越えても特に珍しくないから、そんな長寿のクライアントが相転移したら、ゆきちゃんにはちょっと対応しにくいかもね」
「なんだよね。三者面談でもその点を本人も学校側でも気掛かってた」
「で学校の意見は?」
「それがね、かごんま(鹿児島)コトバだったんでほとんど理解できなかった」
「まあ、本人の将来のことだからね。他人の意見はこの際どうでもいいとして、ゆきちゃん自身の考えは聞いたの」
「聞いた。現時点ではライフ・アテンダントへの興味が急激にダウンしているらしいの」
「じゃあどの道に進みたいかは言ってた?」
「科学者になりたいって。アルトともよく話してる素粒子物理学や宇宙物理学、理論物理学を専攻したいらしい。
でももしそっち方面に進路を取ったら、現存の大学に通って勉強しないといけないから、それが大変」
「大学的な学校はそっち側の世界にはないの?」
「ない。天才科学者は何人かいるし、平凡科学者は枚挙にいとまがないけど、天才凡才に関係なく、自分の専門分野を研究するには、深夜の大学に忍び込まなければ何もできない」
「じゃあゆきちゃんが仮に進路変更したら、夜学通学しなきゃならないんだ」
「座学なら家でできるけど、研究機械や試料を扱うなら現存の施設に入り込まないとね」
「だったら当然、一流大学に忍びこむべきだよね。この辺だったら九大か」
「そう。だけど夜間だから糸島辺りまで通うのは事実上無理。近場の三流大学で事足りるならいいんだけど、多分本人が納得しない」
「毎日通うの?」
「いや、週に二日か三日くらいだと思う」
「だったらオレが送っていくよ。ちょっと距離があるけど、夜だったら一時間少しで着くだろう」
「でもその日の予定が終わるまで待たなきゃいけないよ」
「いいよ。ファミレスにでも入って本を読んでる。それかパソコン持って行って執筆する」
「それ、ほんとにやってくれる?」
「いいよ。ほかならぬゆきちゃんのためだ。彼女が仕入れてきた知識をオレも分けてもらえるし」
「じゃあわたしも付いて行く。毎回は無理かもしれないけど。
なんならきらちゃんに付いて来てもらって、待ってる間、夜の糸島海岸沿いをドライブするなんてオプションもあるよ」
「はあ。まあそれはきらちゃんがOKしてくれれば喜ばしいけど。
まあとにかく、ゆきちゃんの方はもし進路を変えたなら、夜間通学は協力するから」
「やっぱりアルトは頼りになるよね。大好き♡」
「じゃあちょっとコンビニ行ってコーラ買ってきて」
「えぇえ~ めんどくさいからやだ」
「さっきの『大好き♡』はなんなんだ」
「それとこれとは別。一緒に行くなら付いて行ってあげてもいい。ケーキ食べたいし。ケーキおごって」
「……んじゃあ行こういこう。早よ立て!」