第二十九章 第一部 勝手にしやがれ
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
第二十九章 第一部 勝手にしやがれ
ゆきちゃんが身体を張って私、と言うか自分の母親の秘密を不意の来客から守ってくれたその日、愛凜は帰ってこず、きらちゃんの家にお泊まり。
初めてのきら邸への討ち入りですっかり盛り上がったのだろう、帰宅したのは今日の午後遅くになってだった。
「ねえ、なんか部屋が片付いてるんだけど」
「それはね、君の賢い娘さんが他人には知られたくない・見られたくない母親の所有物である書物類やその他を、この部屋への来客が到着する前に大急ぎで隠してくれたからだ」
「来客? だれか来たの、ここに」
「昨日ね。買い物に行ったら未祐樹にばったり会って、家にコーヒー飲みに来ることになったんで、ゆきちゃんに電話して大急ぎでBL本やコスプレ衣装を片付けてもらった」
「みゆきってあの未祐樹ちゃん? もう何年も会ってないんじゃない」
「五年ぶりくらい。オレがアイドルにクルッて以来」
「へー より戻すんだ」
「いやいや、そんなんじゃない。ただ久しぶりだからお互い懐かしくて、流れでそうなっただけ」
「じゃあもう来ないんでしょ」
「それはわからん」
「デートの約束は?」
「デートはせん。居酒屋に行く」
「なによそれ、デートじゃん。そのままラブホに直行パターン」
「それはない。大人だから一線はある」
「やっぱり一戦あるんだ」
「……一線は越えないの『いっせん』」
「そう。まあいいんじゃない? 『松ぼっくりに火が付く』ことはよくあるし」
「『焼け木杭に火が付く』だろ」
「わたしも付いて行きますからね、居酒屋」
「あれえ、ヤキモチ焼いてるのかな?」
「いや、きらちゃんたちも誘って、別席でアルトたちを見物しながら吞み食いするの。下手な芝居やC級バカ映画を観るよりおもしろそう」
「……勝手にしやがれ」
「【勝手にしやがれ】 ジャン=ポール・ベルモンド主演の一九六〇年のフランス映画。監督/ジャン=リュック・ゴダール」
このまま愛凜の相手をしていても得るものはなさそうなので、一方的に会話を打ち切ってテレビの電源を入れる。ちょうど【ベン・ケーシー】が始まったところだ。
劇場版【スター・トレック】の四作目【故郷への長い道】に【ベン・ケーシー】のパロディと思われるシーンがある。わかる人にはわかる小ネタで今日は〆ます。