第二十八章 第二部 けっかい
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇まりりん・ゆき 寿満寺学校二年生/愛凜の末娘
〇或人の元カノ
第二十八章 第二部 けっかい
家に着いたと同時にゆきちゃんからのRAINが入ってきた。
『片付け終わってます』
ギリギリ間に合った。『ありがとう』と返信して車から降りる。
家の前で、車を止める場所への案内を待っている元カノのところへ行き、私の車の後ろに縦並びで止めるよう手で合図した。
五年以上ぶりとなる元カノの訪問で私も彼女も多少緊張している。なお「元カノ」と言う言い方はあまり好きではないので、今後は「彼女」で通す。
二階に上がり部屋に入った。部屋の中を見回して彼女は
「ふうん。こっちの方面に宗旨替えしたんだあ」
飾っているフィギュアを見て彼女が言った。
「宗旨替え? ああ、これ? オタク系になったってことが言いたいのかな。
まあそう取ってもいいけど、これは一応資料」
「資料? なんの資料?」
「ライターをやってるから、そこに登場させるキャラクターのイメージ構築のための資料。姿かたちがあった方がキャラを創造しやすいから」
「へえー 小説書いてるんだ。売れてるの?」
「売れてない。今のところは趣味の延長みたいなもの」
「そう。で、作品は?」
「ネットに投稿しているよ。タダで読めるからヒマがあったら読んでみて」
「わかった。タイトルは何て言うの?」
「【藤村家のヴィーナス】【タイム・トラブル】。その他エッセイを何本か」
「わかった。検索してみる。で、コーヒーを一杯お願いします」
「あ、はい。ブラックで砂糖一杯やったね」
「そう。よく覚えてるね」
「覚えてるよ。生年月日も住所も電話番号も」
「うわっ、キモ」
「男はそんなもんだ。いつまでもウジウジとむかしの事を覚えている」
「女は上書き保存だから、過去のデータは消去される」
「あっそう。でも家への道順は覚えてたよね。それは記憶から消さなかったんだ」
「フォーマットする訳じゃないからね。全部が全部、消去されるわけじゃない。
それより早くコーヒー飲ませてよ」
「ああ、ちょっと座って待ってて。テレビのリモコンはそこにあるから【野生の王国】でも見てて」
彼女をひとり部屋に残してコーヒーを淹れにキッチンに下りた。ひとりきりにするのは不安ではあるが仕方ない。彼女の性格が変わっていなければ、恐らく部屋を一通り見て歩くだろう。当然隣りの部屋も見るはずだ。
ゆきちゃんが片付けてくれているだろうが、カーテンの向こうを覗くとか、それくらいはするかもしれない。次々に不安要素が浮かんでくる。急いで淹れて戻らなくては。
「お待たせ。どうぞごゆっくり」
そう言ってコーヒーと茶菓子を彼女の前に置いた。
何気なく部屋を見回したが、隣も含めて特に荒らされた様子はない。
私は彼女の前に座り、ここ数年の出来事などを聞こうとすると、彼女の様子がなにかおかしいのに気づいた。なにかに怯えているような雰囲気がある。
「どう? 美味しいですか」
「美味しい。むかしと変わってない」
「それは良かった。で、気分でも悪いんじゃない? ちょっと顔色が白いよ」
「え? そう? そう……かもね。あっちの部屋に行ってみようとしたら、何かに足をつかまれたようになって動かないのよ。こっちには戻れるんだけど。
向こうの部屋、結界にでもしてる?」
「決壊⁉ 本か何かが崩れ落ちてきた?」
やばい、愛凜のBL本が見つかったと咄嗟に思った。
「いや、その『決壊』じゃない。『結界』つまりそこから先に行けない心霊的場所設定してるとか」
「なんじゃそりゃ。オレ、霊感ないしその結界なんてのも、知識として持ってない」
「じゃああの感覚は何だったのかしら。わたしの錯覚?」
「じゃないの? 試しにもう一度その敷居を越えてみたら?」
彼女は立ち上がって、恐る恐る隣の部屋の敷居を跨がした。が何事もなく普通に超えられた。
「あれ、大丈夫だ。なんなんだろう、さっきの足の重さは」
「久しぶりに来たから緊張してるんだろ。いいから座ってコーヒーを味わってください」
それから一時間ばかり、互いの過去と現状話しをして彼女は帰って行った。
よりを戻すわけではないが、今度居酒屋に行こうという流れは自然の成り行き。
彼女を送り出して部屋に戻るとゆきちゃんが居た。
「部屋、片付けてくれてありがとう。助かったよ」
「それくらい何でもないです。それより片付け忘れの本が部屋の隅にあって、元カノさんがアルトさんのいない間に隣りへ行きそうになったんで、見つかるとまずいから、わたし、姿を消して一生懸命元カノさんの足をつかまえてたんです。
だから元カノさん、そこの敷居から先に足を入れられなくてちょっとビビッてました。きっと心霊現象だと思っているはずです」
「そうだったんだ! ゆきちゃんが身体を張って機密保持してくれたんだ。ほんとにありがとう。今度ご馳走するよ。それくらいしかお礼できないけど、心から感謝です!」
「大先生にそんなこと言われると恐縮しちゃいます。でもご馳走は嬉しいです!」
「ちょっと元カノさんには気の毒だったけど、でも長い人生の中の『?』出来事のひとつとして面白い経験だった、と思ってくれるだろう。たぶん」