第三章 第一部 電車待ち中に温泉旅行計画を練る
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
第三章 第一部 電車待ち中に温泉旅行計画を練る
玄関を出て車庫に向かい、車に乗り込む。愛凜が乗りやすいようにドアを広めに開けた。
姿は見えないが、彼女は助手席に座っているはずだ。
うちから福良珂市へ行くには峠をひとつ越えなければならない。その峠の上り坂に差し掛かったくらいのところで、視界の端に愛凜が見えた。
「なっ! いつ現れた! まだ慣れてないから一声掛けて実体化してくれ」
「『嘆くより慣れろ』って諺、知らないの? ほら、前をしっかり見て安全運転にこれ努めなさい」
「急に出てきてびっくりさせられたら、安全運転どころか谷底に真っ逆さまだ」
私が言い返すと
「万が一の時のためにわたしたちライフ・アテンダントがいるの。だから安心して谷底ダイブしてもいいけど、肉体のある人生は一度きりだから、早死にするのはもったいないよ。
長生きして、やりたいことにたくさん手を出さないと損々。
向上心を持ってる人は次から次に興味のある分野が拡がっていくから、知的欲求と好奇心が絶えることないの。
アルトはそんなタイプの人だから、いつか大成して一廉の人物になれるはず!
あ、『一廉』はひとかどって読むのよ。知ってる?」
励まされているのかおちょくられているのか判然としない。
前章で『美人と話すのは心労を伴う』と書いたが、取り消す。愛凜は愛凜、姿が変わっても性格は変わらない。
そして今気づいたが、彼女はすでにハイグレードモードで実体化しているようだ。シートが体重で沈んでおり、シートベルトもしっかりフィットしている。
「気合入ってるね。もうハイグレになってる」
「ハイグレって言い方、ハイレグみたいでセクハラっぽいよ」
「別にお腹はせいとらんよ」
「福岡弁ボケでお茶を濁したよね。それもサイテーのボケで」
こんなバカップル風会話が道中ずっと続いた。
一時間ほどでいつも利用する駐車場に入場する。平日の午後であるにも関わらず、待ち無しで入ることができた。
中心市街地からは少し離れているので、地下鉄に乗り天陣に向かう。
最寄り駅の【前出し兄弟病人前】駅から乗車、ホームで十分ほど電車が来るのを待っていると愛凜が話しかけてきた。
「わたし地下鉄初めてよ。わくわくする」
「こっちにはたまに来てるんだろ? その時はどうやって天陣まで行ってるの?」
「博多までは電車、バスに乗り換えて天陣南で降りるの」
「へえ。南だとちょっと歩かなきゃいけないじゃない」
「バス停のすぐ近くに地下街の入り口があるから、そこから地下に入って地下街をぶらつきながら中心街へ行くんだよ。ぷらぷら歩くのもショッピングの醍醐味」
「ゆらちゃんときらちゃんと三人で連るんで?」
「そうね。三人で来ることが多いかな。たまにひとりで来ることもあるけど。
ほら、ひとりで気ままに歩きまわりたい時もあるじゃない」
「そう、わかるわかる」
愛凜がスマホを見始めたので、私は電車が来る方向の地下鉄路を見やり、列車の前照灯が近づくのを視認することにした。
「アルト、アルちゃん、ほらほら、きらちゃんが写真を送ってきてる!
あの子も午後からはクライアントに便乗して別府に行ってるんだって。ひとりで温泉巡りしてるみたいよ。もう三湯廻ったって。
ほら、山の写真だけど、これどこの山?」
見ると、ピースしたきらちゃんの向こうに、特徴のある海に突き出した三角形の形をした山が写っていた。
「高崎山だよ。サルの自然動物公園がある山。この位置から撮ってるとしたら、鉄輪あたりを周ってるんだな」
「いいね温泉旅行。わたしたちもいつか行こうよ」
「そうだね。静かな温泉でのんびりするのもいいな」
「温泉旅館だったら家族風呂もあるわよ。家族風呂入ろう」
「そりゃまずいでしょ。まだ知り合って間もない若い男女が……一応若い男女が同じ風呂に入るのは」
「わたしはアルトが生まれた時から知ってるもん。それに同じ血縁家系だから家族と言い張れるし」
「誰に言い張るんだよ」
「自分に」
「やっぱりどこかに不純異性交遊って意識があるんだな」
「まあ少しは。血縁関係だし、それにわたしたちは普通、クライアントとは物理的に交流できない前提だもん。だから『クライアントと交際してはいけない』って規制はないの。
なのでこうやって堂々とデートしてる」
「相転移後の世界にも法律や規則はあるの?」
「ないわよ。不文律のルールはあるけど、現生のような犯罪は起きないから、基本的には自由な性善社会」
「でもライフ・アテンダントには職務規定があるみたいじゃない」
「わたしたちは現生人と関係する特殊業務だから、現生人の生死に関するような事態に遭遇した場合どうするかとか、そういった緊急事態の時の為の取り決めはあるわ。
でもクライアントと家族風呂に入ってはいけないなんて規制はないから、安心していいわよ」
「安心……って、オレが心配してるみたいに言うな!」
「あら、わたしとお風呂に入りたくないの? なんならゆらちゃんときらちゃんも誘ってあげていいわよ」
「じゃあ家族じゃなくなるじゃん。ふたりとは血縁関係ないし」
「あのね、家族が家族風呂を使ってると思う? だいたいは家族じゃない男女か男男・女女の人たちが利用してるのよ」
まあそうだろうなと思いつつ、この論理にはどこか問題がないか考えるが反論が思いつかない」
「それにさ、別にお風呂に入るからって裸とは限らないじゃない」
「へ⁉」
「あれえ、どんな状況を妄想してたのかなあ? わたしは水着スタイルで入るつもりだし、ゆら・きらも入るとすれば水着ね。アルトは素っ裸で入るの?」
「ふ、風呂と言えば普通は裸で入るもんでしょーが! あぶねーあぶねー 引っかかるとこだった」
「ね、だから温泉行こうよ。そして四人で家族風呂入ろう。アルトは中学生の時の海パン持ってるでしょ。あれでいいよ。ご希望ならわたしはスク水で合わせてあげるから」
「温泉は考えときます。中学時代の海パンは却下」
「あら、じゃあスク水は賛成なのね」
そう言って愛凜はウインクしやがった。なんて性悪なやつだ。
でも女子三人がスク水だったらやばいなあ。相当きつめの海パンをはいとかないと。