第二章 第六部 デートしようよ
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
第二章 第六部 デートしようよ
しかしよくまあ話題が尽きないものだ。酒も呑んでないのに次から次に誰かが話し始めると、その方面のやりとりが一時間くらい続き、区切りなく関連の方向へ流れてゆく。
「話変わるけど」
と誰かが言うと新しい話題に移っていく。これが明け方三時くらいまで続いた。
まずゆらりちゃんが睡魔に襲われ
「ちょっとわたし寝る離脱」
と言ってその場で横になり、直後に寝息を立てだした。
きらりちゃんと愛凜、それに私とでそのあと一時間ばかり、最近のそれぞれのおススメ音楽をユーチューニングで見ながら、女子ふたりは相次いで離脱。
私だけ静かになった部屋で、ぬるくなったパンタ・オレンジのペットボトルをくわえ、メールとSNSのチェックをし、彼女らが飲んだミネラル・ウォーターのボトルを片付けて、三人がごろ寝しているすき間に割り込んで横になった。
それにしても彼女たちの会話する内容がすごい。宇宙論から素粒子、国際政治、近・現代史などなど、ミクロからマクロ、国内・国際、現代過去未来と自由に話題が移っていくのである。
私もそれらの方面は嫌いじゃないので議論に加わるが、時々付いて行けない内容も出てくる。
「亀の甲より年の劫だな、やっぱり年長者にはかなわない」
と心で呟きながら彼女たちの議論に耳を傾ける夜更かしだった。
昼過ぎ、意識が戻ってがばっと起き上がると、すでに女子たちの姿はなかった。
姿を消しているのではなく、この場にいない。いるかいないかくらいは判り始めた気がする。
窓を見ると少しだけ開いたままになっていた。あのすき間から出て行ったのだろう。
開きっぱなしと言うことは、愛凜も一緒に出て行って散歩でもしているのか。
下に降りて顔を洗い、コーヒーを入れ、散歩から帰ってきた愛凜に渡すためのポッカリ・スケットを持って自室に戻ると、愛凜がちょうど窓のすき間から侵入しているところだった。
外と室内の境界線、つまり窓枠を越えて入り込んだ端から実体化して、今は上半身の右半分と右足が見える。
「目撃者がいたらホラー以外の何物でもないよな」
と、声に出さずその始終を見物していた。
「ふー暑かった! あら気が利くのね」
そう言ってウインクしながら、私の手から冷えたペットボトルをもぎ取っていった。
「三人で散歩に行ったの?」
「そう。アルトも誘おうと思ったけど、ゆらちゃんが『寝させてあげてたら』って言ったからそのままにして出て行ったの。
今日はね、駅の近くの溜め池周遊コースを歩いてきたのよ。わたしも久しぶりにハイグレードモードで歩いたから身体が重くておもくて」
「そう。じゃあ三人ともTPOを無視した街歩きコーデで注目の的だったろうな」
「あら、女の子だからおしゃれするのは当たり前じゃない。
ねえ、今度はアルトも一緒に歩こうよ。わたしがコーディネートしてあげる」
「コーディネートしてくれるのはいいけど、オレはそんなに衣装持ちじゃないからご期待には沿えないと思うよ」
「わたしに任せなさい! 女の子たちが振り向くくらいカッコよくしてあげる。まあ振り向くのは中学生くらいまでかもしれないけど。
ねえねえ、今日は午後から何か予定あるの?」
「いや、特にないよ。原稿の下書きをするくらい」
「それって急ぐ仕事じゃないんでしょ? 予定が空いてるんだったら買い物に行かない?」
「買い物? なんの買い物?」
「特にこれって欲しいものはないんだけど、たまには街を歩くのもいいじゃない」
「街って、天陣とかあの辺のこと?」
「そうよ。ほかにどこか行きたいところがある?」
「いや、特に。でも天陣はいま壊滅的に再開発中で、女子の大好きだった天陣コマやビビレは建て替え中だよ。ムズイもそうだし、行く所が限られてる」
「そんなことないよ。太丸や四越があるし岩畑屋、パンコも。駅周辺にもKITTOとかいろいろあるじゃない。ね、行こうよ。デートしてあげる」
「デートって…… 太丸や四越は百貨店だから結構なお値段だよ。もちろん品物がいいからなんだけど。
あのね、愛凜には素直に言うけどオレは慢性金欠症だから、なにか買ってあげたり美味しいもの食べさせたりできない」
「心配ご無用! 子孫に負担はかけさせません。それは年長者が考えること」
「考えるって言っても、現金もってないでしょ。それじゃ買い物はできません。食事もできず、堅固公園でクレープかなんかで済ますのがオチ。
あ、でもそのなんとかモード、グレートエスケープモード?」
「ハイグレードモード」
「そうそのハイグレを使うと食事もできるの?」
「だからまったく人間と同じになるのよ。外見も中身も」
「じゃあ味覚もあるわけか。とんこつと味噌ラーメンの違いもわかる?」
「わかるわよそれくらい。今そこは深くツッコまなくていいから、ね、とにかく行こうよ、お買い物に」
「だから歩きまわるくらいならいいけど、先立つものが極めて少額の持ち合わせしかないからエスコートできない」
「だからそこも気にしなくていいって言ってるじゃない! アルトはそんなとこ、まじめって言うか古風だよね」
「じゃあ買いたいものがあったらどうするんだよ。見るだけ?」
すると愛凜が、自分の私物を置いているらしいタンスの引き出しをあけて、いつの間に細工を施したのか、二重底になった蓋を外し、中から財布を取り出した。
「これ、わたしの財布。そして中身。これくらい入っているとまあ大丈夫でしょ。
それにほら、預金通帳とクレジットカードもある。カードはあまり使いたくないけど、いざという時はカードを切る」
驚いた。どうやって現金を稼いでいるのだろう。そもそもいま生きている人間じゃないのに口座を開いたりカードの申請ができるのか。
「ちょっと、あの、いろいろ訊きたいことはあるんだけど、それって本物だよね。精巧に作られた偽物じゃあないよね」
「はい、手にとって見てみなさい。本物ですすべて。
あのね、詳しくは業務上の秘密だから言えないけど、ライフ・アテンダントはわたしたちの世界ではちゃんとした職種だから、報酬もキチンとあるわけ。
そしてこっちの世界とわたしたちの世界は密接に繋がってるの。もちろんこっちの人は気づいていないけど、役所や公共機関のシステムはわたしたちも利用させてもらっているのよ。
アテンダントのクライアントが相転移したら、役所に連れて行って手続きのお手伝いをするって、初めて会話した日にわたしがサラッと言ったこと覚えてる? 覚えてないねその表情は。
とにかく、役所のコンピューターからわたしたちの管理しているデータにアクセスして、相転移した人の登録をすることになっているの。
こちらの世界のインフラはわたしたちもお世話になっているのよ。
だから講座やカードを作るくらい、なんの問題もないわ。
そうしてアテンダントの報酬が、毎月わたしの口座に振り込まれるわけ。だから現金も通帳もカードも持っているの。
いつかアルトの小説が当たって儲け出したら、なにか買ってもらったり食べさせてもらうよ。それまではわたしがどこかに連れて行ってって言った時は、お金のことは気にしなくていいのよ。
でもたまにはアルトが誘ってくれたら、それはそれで嬉しいわ」
不承々々ながら、愛凜の提案を受け入れるしかない。男としては情ないところだが、現実だから仕方ない。
「じゃあ一時間後くらいに出発しよう。それでいい?」
「オッケーOK。アルトが誇らしく思うくらいおしゃれしないとね」
「あ、ちょっと待って。その姿で行くの? つまりその、永遠の十七歳で」
「別にわたしはかまわないけど、アルトが倫理的にまずいと思うならこれくらいでいいかな」
そう言うと愛凜がおとなの女性に変化した。
「どう? ちょっと色っぽくなったかな?」
「あ…… ああ、大人っぽくなったよ」
「わたしが二十四~五歳くらいの頃の姿ね。なんならもっと上でもいいわよ、七十歳くらいとか」
「いや、二十代でいいです」
JK年代の愛凜もかわいいが、二十代のこの子はきれいだ。多分生きている頃はモテたことだろう。あっちこっちから嫁に来てくれと声がかかったに違いない。
確かに天陣の街や地下街をこの愛凜と連れ立って歩くのは、ちょっと嬉しい。
「どや、オレカノ、かわいいやろ」
と思うのは男として当然だ。
がしかし、若干会話がぎこちなくなるかもしれない。美人と話すのは結構心労が伴うのだ。私の場合は。
とりあえず早急に、彼女に恥をかかせない程度の服装に着替えなければ。