第二十五章 第五部 呑み会は続く
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
第二十五章 第五部 呑み会は続く
「ÅとかÖとかÄとかÓの文字が書いてある。北欧系の食品?」
「スウェーデンの特産品。爆発する危険があるから、傾けてしばらくしてから傾けた頂上付近に缶切りを差し込むと安全らしいよ。あと室内で開けない方がいいみたい」
「なにそれ。ヤバい食べ物じゃないの?」
「ヤバいよ。でも日本ではなかなか手に入らないレア物」
「じゃあ窓の外側でフタ開けよう。なんか缶が変形しているけど、ホントーに大丈夫?」
「大丈夫 と思う」
「じゃあ、缶切り差し込むよ」
「ちょっと待って。はい、どうぞ!」
「なんで窓から離れるんだよ。じゃあ、刺します」
缶切りを差し込むと同時にすき間から白い霧状の気体か液体が噴出した。思ったより噴き出しこぼれは少なかったが、手に液体が付着した。
臭いを嗅いでみるととんでもない臭さだ。
「なんぢゃこりゃあっ! 腐っちょる」
「開いたあ?」
きらちゃんがこっちを見ずに訊いてくる。
「ちょっと、これ腐っちょーよ」
「腐ってないくさってない。それが正解。ちょっとわたしにもにおいを嗅がして。
ぶぅおへっっ くっさー うわさ通りの強烈臭気!」
「そう言えば、魚を発酵させてそれを保存食にして食べる習慣がある国があるって聞いたことある。それがこれ?」
「そう。ニシンを塩漬けにして発酵させるの。缶詰にしても中で発酵し続けるから、缶が膨張して破裂寸前になることもあるんだって。
でも通はそれくらいまでとっておいて、中身が形状を保つことのできるギリギリになって開缶し、まず匂いを味わって中身を味わうそうよ」
「これ、食べるの?」
「わたしは食べるわよ。せっかくのチャンスだから」
「オレは……いいです。きらちゃん全部食べていいよ。食べ終わったら度の強い酒でうがい消毒して口臭消してください」
きらちゃんは、最初のひと口ふた口は我慢して食べていたようだが、徐々にペースが上がって平らげてしまった。
「これ、クセになるわよ。また買おう」
「もしかしたらゲテモノ好き?」
「ゲテモノって言うか、国や地方の現地食はとんでも料理が多いじゃん。そんなのみつけて食べるのは好き。クサヤとかいろんな魚醤とか」
「マニアックだね。オレは食い物の冒険できないタイプだから、どこ行っても毎回同じメニューを注文したり買ったり」
「いろいろ試し食いしてみた方がいいよ。あなたの知らない食の世界が待っているかも」
「食はオカルトか。じゃあ鮒寿司とかも好きなん?」
「大好物! 『寿司はトロかブリよ』とか言ってるうちは子ども。大人は魚種特有の臭みを楽しむ」
「じゃあオレは一生子どもでいい。サバ、カワハギ、イクラ、漬けマグロ、アナゴ。これだけあれば生きていける」
「あ、愛凜からRAINだ。このアドレスにパソコンでアクセスしろって」
「なんか面白い動画見つけたかな。ちょっとまって…… 合ってるかな。
よし。Enter」
アドレス先の画面に切り替わった。見覚えのあるフレーム。SHOW部屋だ。
女性ふたりが配信中である。ふたりとも旅館風の浴衣を着て、なにか女子トーク中。
「これ、ゆきちゃんじゃない⁉」
「ほんとだ こっちは愛凜やん。最近見せなくなった十七歳ヴァージョンの愛凜」
「なにやってんの、このふたり」
「ノリで配信してみようってことになったんじゃない。あの母娘ならやりそう」
「ねえ、ウメボシがびゅんびゅう飛んできてるよ。
わ! 視聴五〇〇〇〇人だって」
「オレが今からルームに入るってRAINで送って。いつものワンちゃんのアバターで」
「わたしも入る。あ、でもふたつのアカウントで同時にログインできないよね」
「このブラウザならできるよ。オレの方は通常モードだけど、シークレットモードで別画面を開いてそっちからアクセスしたら、別アカウントで入れる」
「じゃあそれでお願いします」