第二章 第五部 萌える女子たち
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇ゆらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
〇きらり ライフ・アテンダント/愛凜の先輩アテンダント・友人
第二章 第五部 萌える女子たち
「なんでそわそわしてるのよ」
「だって九時に来るんだろ、あの子たち。そろそろ玄関で待っとかないと」
家人が居ることは愛凜が教えているので、実体化しては入ってこれない。ピンポンは押せないしノックも気づかれる。私が外で待つよりほかないではないか。
「大丈夫よ。ほっといてもちゃんと時間になったら上がって来るから」
「上がってくるって、中に入ってこれないだろう。彼女たちは通り抜けの術を使えるのか?」
「そんなことできるわけないじゃない。まぁだわたしたちのことをオカルト扱いしてるの? まあどっしり座って待ってなさい、もうすぐだから」
テレビはちょうど、ローカルの天気予報が終わったところだ。九時になり『ニュース9オクロック』が始まった。
それに合わせるように窓を『コンコン』とたたく音がした。
「窓からか!」
呆気にとられながらも立ち上がってカーテンをスライドさせ、ロックを解除して窓を開く。なんの気配も感じない。が、愛凜が
「こっちこっち」
と言って来訪者を誘導している。
窓とカーテンを閉じて元の位置に戻るとふたりが姿を現した。
「こんばんは、お邪魔します。一応はじめまして」
「あ、ああそうか、はじめまして」
確かこっちの髪長はゆらりちゃんだったな。と言うことはあっちがきらりちゃんか。
きらりちゃんは愛凜に足元を指さされて何か言われている。
「あ、こんばんは はじめまして。きらりです」
「ごめんなさい、名前言うの忘れてた。わたしはゆらりです」
「ふたりとも愛凜から名前は教えてもらっています。見分け方も。私はアルト、よろしく」
きらりちゃんがゆらりちゃんに向かって何か言いたそうにしている。
「あの、何もお構いできないけどゆっくり過ごしてね」
「ありがとうアルトくん。あの、ゆらりちゃん、ちょっといい?」
「なあに?」
「靴、履きっぱなし」
「あらほんと! 畳の上じゃ脱がないとね」
「別にいいよ、本物の靴じゃないんだから」と私。
「だめよ、他所さまのお家にきて土足はだめだめ!」
きらりちゃんがゆらりちゃんをたしなめている。が、きらりちゃんも愛凜から土足姿を注意されたらしい。さっき話していたのはそのことか。ふたりとも女の子らしいソックスに変えた。
時代的には愛凜がいちばん妹格だが、彼女の言うように、生まれ時代に関係なくタメの間柄らしい。
「まあうちは、と言うかこの部屋では無礼講なので、思いっきりリラックスしていいよ。あとタメ口でいいし」
私が言うならともかく、なんで愛凜がここの利用規約を説明しているんだ⁉
「じゃあ訊くけど、アルトさんは彼女いないんだって? 五年目に突入って聞いたけど」
「さん付けなんかしなくていいわよ。アルトでいいよ、ね、アルト」
ったく調子に乗りゃーがって まあここは大人になって我慢しよう。
「そう、彼女いない歴五年オーバー。よく知ってるねオレのこと。ねえ愛凜」
「そりゃそうよ。初めて会うんだったら、相手の基礎知識をシッカリ頭に入れておかないとね。
昨日アルトが起きるの待ってる間に、RAINで詳しく書いて送ってあげてるから、自分からゲロしなくてもいいよ」
「なんだゲロって。取り調べかよ」
「だって言いにくいでしょ。黒歴史は」
「なんで黒なんだよ! それなりに幸せだったし!」
「仲いいのねふたり。あぁあ、わたしもクライアントとこんな関係になれたらなあ」
きらりちゃんが呟いた。
「ほんと。愛凜は運が良かったよね」
とゆらりちゃんも同調する。
「たまたまよ、たまたま。停電があってこんな展開になったんだから、ふたりにだってチャンスはあるわよ」
「でもわたしたちの波長と合う現生人って一万人に一人の割合でしょ。その中でもコミュニケーションがとれるタイプの人間はほんのわずかだから、やっぱり愛凜はラッキーだよ。アルくんもね。ねえ、ゆらちゃん」
「そうだよ。わたしはあと五十年くらい待たないと」
「ふーん 一万分のひとりなのかオレって。それって運がいいの?」
「いいわよ絶対。だってお話しできるんだよ、愛凜やゆらちゃんやわたしとね」
「きらりちゃんのクライアントってどんな人だっけ」と愛凜が尋ねた。
「真面目だよ。毎日時間通りの生活を送ってる。でも彼女なりに幸せそう」
「そうなんだ。じゃあスケジュールとか立てやすいよね。ね、今度ドライブに行かない? 四人でさ。アルトもみんなでドライブしたいって言ってたもんね。ね」
「ん? あ、はい。いいねドライブ。でも軽四だから狭いよ」
「広さはわたしたちには関係ないから気にしないで。ね、いつ行く? どこ行く? ゆらちゃんはどこがいい?」
「そうねー 大きな港湾施設とか見てみたいな」
「巨大ガントリークレーンとかいいよねー きらりちゃんは?」
「わたしはねえ、夜景がいいなー それも工場の夜景」
「きらりちゃん、工場萌えなの⁉ 知らんかった」
「愛凜は?」とゆらちゃん。
「わたし? わたしはねえ、火力発電所。あの高密度集合体感と高い鉄塔煙突のコンビネーションがたまらない!」
なんじゃこの子らの趣味は。普通の女子ならもっとかわいい系のリクエストだろ。
プランとしては香椎のガントリーを見て北九へ移動、洞海湾周辺を周り、皿倉山から夜景を見下ろす。こんな感じか。発電所はどうする。遠回りになるが豊前火力発電所を経由しようか。
近くにあった紙にプランを書き出し彼女たちに提案した。
三人でプランとネット検索で表示された各地の写真を見てあーだこーだ言っている。
しばらくして
「いーんじゃない」
「いいと思う」
「よろしいんじゃないですか」
とそれぞれから賛同を得られた。
認められた満足感と、若干の疑問(なんでオレがツアープランナーやってんの?)を抱きつつ、来週の木曜日に行くことに決まった。
私の仕事は曜日は関係ないし、当然彼女たちも急遽の出来事がない限り、日時の設定は自由だ。そして木曜は経験上、交通量が少ない曜日である。
そうと決まったらあとちょっとおしゃべりに付き合って今夜はお開き……にはなりそうにない勢いで三人のしゃべりが盛り上がっている。
結局、四人と言うかひとりと三人は、朝の五時になる頃までにひとりずつ限界を迎え、最後のひとり、つまり私が女子たちのすき間に割り込み、ごろ寝して昼まで爆睡した。