第二十二章 第二部 日記論
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
第二十二章 第二部 日記論
「体調はどう?」
「今月は軽いみたい。もうそんなにきつくない」
「良かったね。こんなこと聞いていいかどうかわからんけど、まりんさんもゆきちゃんも女性だから、当然愛凜と同じ症状は月一回でるわけだろう?」
「そうね。でもわたしほど大変じゃないみたい。わたしは元々生理痛が酷かったから、それを今もひきずってるの」
「そうなんだ。オレはまりんさんもゆきちゃんの周期もわからないから、もし体調が悪いなら、オレが知らずに頼み事しても遠慮なく断ってくれと言っといて」
「わかった。伝えときます。
永く意識体として生きてるけど、この月一回の憂鬱は何百年経っても辛い」
「その数百年の間、欠かさず続けていることってあるの」
「あるよ。日記はつけている。日によって天候だけ書いていることもあれば、長々と思うことを記している日もある」
「じゃあもう日記帳の冊数が膨大になってるだろう」
「そんなに多くないよ。最初の頃は当然、筆とわら半紙に書いていたけど、今はパソコンだからUSBメモリーに保存している。バックアップにメモリーカードにもセーブ」
「じゃあ初めの頃から今まで書いたものを本にすると、ノンフィクションのリアル歴史書が作れるじゃん」
「時代の出来事とか事件は書いてない。あくまで私的ヒストリーだから、他の人が読んでも面白くないよ」
「そうかなあ。面白いと思うけどな」
「アルトも日記書けばいいじゃん。文書力はあるんだから、フィクション・ノンフィクションとり混ぜて、面白おかしく記録すればいい」
「このストーリー自体がそれに近いけど、でも毎日休まず続けるとなるとしんどいな。趣味の一環で書くならいいけど、それが義務となるとプレッシャーになるから、書いていても面白くないだろう、きっと」
「でも今日聴いた音源や視た映像は記録してるじゃない。それと録音・録画したデータ」
「それはただのデータ記録だから簡単だし、日記みたいに思考力は必要ない」
「でも毎日記録してるのは大したもんだと思うよ。それこそほかの人にはなんの役にもたたないけど」
「だいたい日記って、誰かに読まれる前提でみんな書いてないか? だからどこかカッコつけてる文体になってる」
「そうなのかなあ。作文の延長ってことになるの」
「作文って言うとフィクションっぽく聞こえるけど、直感で行動したことにむりくり理由付けをして書くから、リアルに行動した時と、後付けで書く時の間にズレが生じるかもしれない。
それは後で誰かが読んだ時のことを考えて、無意識のうちに自分の主観が入り込むから、客観的事実とは異なるかもしれない。
でも自分以外の人が仮に読むことがあれば、書いてあることが全てだから、真実か脚色した事実なのか、あるいは全くのフィクションなのかは判断のしようがない。
偉い人の自伝がいい例。自分に都合よく物事を解釈していることが多い」
「じゃあわたしの日記も、無意識に自分目線で書かれているのかなあ」
「日記はそれでいいと思うよ。むしろその人の主観で書かれていないと意味がないと思う」
「じゃあ今度アルトに見せてあげるから判断して。日記として面白いかどうか」
「二五〇年分あるんだろ? かなりの分量だから読み通すのは相当の時間がかかるだろう」
「でも文字だけじゃないよ。その時その時で興味のある絵もある。もちろん春画も」
「見る見る。なんなら春画だけピックアップしてもらったらありがたい」
「全部セットじゃないと見せません。最初から全部読め」