第二十一章 第二部 母と母
〇藤咲 或人 パートタイムのフリー・ライター
〇愛凜 ライフ・アテンダント/或人の遠い先祖
〇或人の母
第二十一章 第二部 母と母
昼起きしてキッチンに降りてくると母がいた。私に気づくと
「あんた、ヨーグルト飲んだ?」
「飲んでない。コーラは飲んだ」
「最近、腸の調子が良くないから乳酸菌を身体に取り入れようと思って買い置きしてたのに、いつの間にかこんなに減ってる」
一〇〇〇ミリリットル入りの、飲むヨーグルトのパックを持ち上げると残量がわずかなのがわかる。
「おやじが飲んだんやないん」
「お父さんはヨーグルト飲まん。あんたかわたししかこの家じゃヨーグルト好きはおらん」
「じゃあ自分で飲んで忘れとるんやないん」
「そこまでボケとらん! おかしい。ぜったいおかしい!」
「んじゃ妖怪が来て飲んだんやろ」
「そう言えば、あんた今朝、ここで誰と話しとったと?」
「え? ああ、ありゃケータイに知り合いから電話がかかってきた」
「なんか目の前の人と話すような感じやったけど、ほんとにケータイね?」
「そうくさ。ほかに誰としゃべるね?」
「あんた、もしかしたら見えとるんやない?」
「な、なんが?」
「うちは前から気づいとったけど、この家には人間以外のなにかが棲みついとるよ」
「うちにも座敷童がおるとか」
「そうじゃなかろーかち、うちは思っとる」
「もしそうなら、いいことやない。座敷童は幸福をもたらすち言うけん」
「幸福ももってくるけど、ヨーグルトも飲む。楽しみにしとったとに」
「また買ってくればよかろーもん。でパックに名前を書いとけば? 一本は自分の名前、もう一本は『座敷童さん専用』とか」
「じゃあちょっとそれで実験してみる。座敷童用が減ってたらちょっと怖かねえ」
「怖いけど棲んで居る証明にもなる。でもたい、人に言うたらいかんよ。言いふらすと家から出て行くらしいけん」
「そーんごつあるね。うちゃ誰にも言わん。あんたもだまっちょかんといかんよ」
「オレは言わんよ。誰も信じんやろ。こないだの騒ぎの二番煎じと思われるのがオチ」
「ちょっと、愛凜、愛凜ちゃん。オレのかあちゃんがまりんさんのことを、座敷童と本気で思い込んでるよ。まりんさんがかあちゃんのヨーグルトをほとんど飲んでいて、それで足が付いた」
「あの人、ヨーグルトには目がないのよ。少しだけ残すくらいなら全部飲んで、パックを処分しとけばいいのに」
「今度、かあちゃんがパックをふたつ買ってきてそれぞれに『自分用』と『座敷童用』って書いとくって言ってる。で座敷童用が減っていたら存在が確認されたことになると言っている」
「じゃあ『座敷童用』は飲むなって警告しとくよ。うちのお母さんもお母さんだけど、アルトの母さんもどっこいどっこいね」
「まあうちの母も八十五歳だし、こないだは死んだスマイルかその前にいた子とお話ししていた。あれ見た時はさすがにぞっとした」
「もしかしたら本当に見えてるかもしれないよ、アルトのお母さんには。アルトと同じ血が流れているんだから、意識体が見えてもおかしくない」
「それならそれでいいけど、あーゆー姿はあまり見たくない。
そう言えば、今朝のまりんさんとオレの会話を聞かれていたみたい」
「なんて言ったの?」
「ケータイで話してたって誤魔化した。『それにしては目の前の人と話しているようだった』だって。カンはいいんだよ、前から」
「わたしのお母さん、いくら注意を促しても右から左だからなあ。
わたしは自分の母に強く言っとくから、アルトはアルトのお母さんをうまく丸めこんどいてね」
「わかった。人に言うと座敷童は家を出て行くから言っちゃいかんとかん口令はしいてる」
「じゃあ座敷童を装えばいいのね。母にそう言っとく」
「いっそ、うちの母に正体を現した方がうまくいくんじゃない? オレたちみたいに」
「そうかもしれないけど、今はやめとこう。どっちの母も行動が読めないから」
「それもそうだ。じゃあお互いの母の管理を徹底するということで」
「了解」