伏字勇者の超特急な魔王討伐物語 愛のために不眠不休で駆け続ける。名すら残らない感動しない物語
とある国にとても美しい金髪の公爵令嬢がいた。名はカカレンティーナと言う。
彼女には幼い頃から婚約を結んでいるそれはもう美しい黒髪碧眼の公爵令息がいた。
彼は〇〇と言う。彼は神様の御告げにより、勇者に選ばれた。東の端に現れた悪の魔王を倒すための勇者である。同じく神の御告げにより。筋骨隆々の戦士と、それはもう銀の長い髪の清らかな聖女が選ばれた。
カカレンティーナは、愛する婚約者が勇者に選ばれた事を悲しんだ。結婚が遠のいてしまうからである。互いに歳は18歳。そろそろ結婚をと話し合っていた所だった。
○○だって早く結婚したかった。でも勇者に選ばれてしまったのだから、仕方がない。
「魔王を倒して必ず、結婚しよう。カカレンティーナ。」
「〇〇様、わたくし、信じておりますわ。貴方様が魔王を倒してくれると…」
勇者がいつ、魔王城へ出発しようかと、支度をしていた所、勇者の屋敷にこの国のトール王太子が現れて、叫んだ。
「私はカカレンティーナと結婚する事にした。」
「なんですって?」
勇者は驚いた。カカレンティーナは大事な愛する婚約者だ。
なんていうことだ。カカレンティーナが無理やり連れてこられたのか、トール王太子に肩を抱かれて、涙している。
「この美しいカカレンティーナに目をつけていたのだ。一週間後に結婚式を挙げる。」
勇者は土下座して頼み込む。
「王族に逆らえない事は解っております。でも、カカレンティーナは私の婚約者です。どうかどうか…」
トール王太子はふふんと笑って、
「結婚式までに魔王を倒して来い。そうしたら褒美としてカカレンティーナをお前に返してやろう。」
一週間っ?一週間で、魔王城へ行って、魔王を倒して、この王都へ戻ってこなければならない。今、魔王のせいで魔物が増えてきているのだ。魔王城に行くのに一月はかかるであろう。
なんて事だ…無理に決まっている。
カカレンティーナが涙を流しながら、
「○○様っ。わたくしは〇〇様を信じております。必ず魔王を倒してわたくしを迎えに来て下さると…」
「カカレンティーナっ。」
自分は勇者に選ばれたのだ。○○は決意した。
「解った。愛するカカレンティーナ。必ず魔王を倒して迎えに来る。」
急がなくては。急いで街で支度を整えて、馬に乗って出発するのだ。
戦士と聖女の尻を叩いてともに、街で買い物をした。ポーションという回復薬を山ほど買い、背のリュックに押し込む。他にも色々と買った。そして…皆、リュックを背に馬に乗ろうとしたその時である。
勇者は宣言した。
「ともかく、時間がない。トイレに行っている時間すら、食事休憩をする時間すら、眠る時間すらない。普通に行って一月はかかる工程を、一週間以内に往復しなければならない。魔物を倒しながら、そして魔王を倒す事も含めてだ。したがって…これを私は履く。」
手にしたのは紙オムツである。これがあれば、トイレの必要性はないだろう。
勇者はズボンを脱ぎ捨て、紙オムツを装着した。
戦士が頷いて、
「勇者殿にそれがしも従おう。」
同じくズボンを脱ぎ捨て紙オムツを装着する。
聖女は叫んだ。
「いやぁーーーー。わたくしは女よ。女っ。紙オムツなんて死んでもいやっーー。それに貴方達、ズボンを履いて頂戴っ。お願いだからっーーーー。」
目の前で ピー なものを見せられた上、紙オムツ姿で馬に乗ろうとした二人を慌てて止めた。
勇者は聖女の言葉に慌てて、
「そうだな。私としたことが慌て過ぎた。」
戦士も馬から降りて、
「同じく…ズボンを履こう。だから、聖女。君も急いで紙オムツを装着するように。」
渋々しかし急いで、茂みに入り紙オムツをドレスの下に装着する聖女。
そして皆、馬に乗り、魔王城がある村を目指した。
凄い勢いで馬を走らせる。
途中で魔物が襲い掛かって来た。
「聖剣コピー、発動、なで斬り、なます斬り、微塵斬りっーー。」
勇者は聖剣を沢山、コピーすると、操り魔物を次から次へと切り刻んで行った。
その後を戦士と聖女が続く。
急がないと急がないと時間がないのだ。
寝ている暇もないっ。
馬の息が上がって来た。休憩がないのだ。
勇者は馬を走らせながら、背中のリュックのポーションの瓶を馬の口に押し込み、中の液体を強引に流し込む。
「ビビーーーーーーン。」
馬は鼻息が荒くなり、更に勢いを増して走り続けた。
戦士も聖女も真似をして、馬にポーションを強引に飲ませ、馬を走らせ続ける。
日が暮れて夜になっても、馬を強引に走らせて、
しかし、今度は人間の方が眠くなってくる。
勇者は背から激辛トーガラシ入りドリンクを取り出すと、一気飲みした。
「効くっーーーーーーー。」
口から炎を吐いて、魔物が襲い掛かって来たので、丸焼けにする。
それを聖剣の先で突き刺して、貪り食った。
戦士も真似をして激辛トーガラシ入りドリンクを一気飲みし、魔物を丸焼きにし、剣の先で突き刺して丸かじりする。
さすがに聖女はそれをしなかった。ポーションを飲んで空腹を紛らわせる。
急げ急げ急げっ…
そんな事を繰り返していたら、3日後に、魔王城についた。
馬から飛び降りれば、馬はその場に倒れる。
勇者は戦士と聖女と共に、魔王城へ飛び込めば、魔王軍の四天王が襲い掛かって来た。
それを剣を振るってやっつける。
急げ急げ急げっ。
玉座の間に世にも恐ろしい、魔王が座っていた。
最近の物語の魔王は美男らしいが、この魔王は鬼のような顔をしている。
「よく来たな。勇者よ。我が…」
悠長に言葉を紡ごうとしたので、勇者は魔王の首を聖剣でぶった斬った。
時間がないのに、何を述べているんだ。このオッサンはっ。
魔王の首を縄で縛り背負っていると戦士と聖女がぶっ倒れた。
勇者は叫ぶ。
「どうした?敵がまだいたのか?」
「それがしは…勇者殿。さぁ行って下されっ。」
聖女も頷いて、
「もう、わたくしは駄目…勇者様、さぁ…」
二人はそのまま、ばたっと倒れて爆睡した。
「お前達の友情は忘れない。」
出口では乗って来た馬たちが白目を剥いて倒れている。
自分の馬の口にポーションの瓶を押し込んで、強引に液体を流し込んだ。
「びびびびびびーーーーーーーーんっ」
変な声を上げて馬がすこーーーーんと立ち上がる。
勇者は馬に飛び乗って、背に魔王の血だらけの首とポーション入りのリュックを背負い、王都に向かって駆け出した。
急がないと、愛するカカレンティーナが結婚してしまうっ。
再び三日三晩馬を走らせ続けて、王都へたどり着く。
王都で一番大きな教会の鐘が鳴っている。
結婚式を挙げているのか。
馬を教会へ走らせれば、人だかりがしている。馬から降りれば、馬は白目を剥いてぶっ倒れた。
人々を掻き分けて、教会の中へ飛び込めば、花嫁姿のカカレンティーナとトール王太子が今まさに、誓いの言葉を述べようとしていたのだ。
「これが魔王の首だっ。受け取れっ。」
教会の真っ赤な絨毯の上に、魔王の首をどんと転がす。
「きゃぁああああっーーー。」
参列者の女性達は失神する始末。男性達だって負けじと失神する人が続出する。
それ程、恐ろしい魔王の首だった。
カカレンティーナも、同じく仰向けにばたんと倒れた。
「カカレンティーナっ。」
トール王太子がハハハハと笑って、
「よくぞ、魔王を倒してくれた。私の策略は成功したな。早く魔王を倒したかったのだ。カカレンティーナは返してやろう。」
勇者は叫んだ。
「嘘つけっーーーー。トール王太子っ。成敗してくれよう。」
聖剣を手に、トール王太子に迫る。
トール王太子は叫んだ。
「私が悪かった。悪かったから…ただ、頼むからズボンを履いてくれ。紙オムツ姿の男に殺されたとあっては、恥ずかしくて死ねぬ。」
勇者ははっとした。
いつの間に脱いだんだろう…あまりに、夢中で気が付かなかった。
そして、失神しなかった人からの視線が痛かった。
参列していた国王陛下が一言。
「勇者○○よ。そなたの働きは見事であった。しかし、人としてとても恥ずかしいと思うぞ。そなたの名は我が国の歴史書に、伏字で示す事にする。」
あああああっ・・・・確かに、紙オムツ姿の勇者なんて、伏字で残して貰いたい。
勇者はがくっと膝をついた。
勿論、戦士と聖女も、
「どうかそれがしの名も伏字でお願い致します。」
「伏字でなくても、戦士と聖女とだけ記載して下さいませっ。」
と、熱心に頼んだので、魔王を倒した勇者だけでなく、戦士、聖女の名も残ってはいない。
ただ、魔王を倒すまでの一連の流れは、動物愛護協会の会長が馬と話が出来るらしく、勇者たちの馬の苦情を聞いた会長が周りの人達に話をしたのがきっかけで、国民の間でひそかに、笑い話として広まったと言う。
カカレンティーナと勇者がちゃんと結婚出来たのか、幸せな人生を送ったのか、それすらも記録に残ってはいない。