7.少女
今回の原生魔王と転生勇者×100は
突然現れた謎の少女。
少女はいったい何者なのか、そしてこの先に待ち受けている者は!?
この先の展開を左右させる大事なお話となっております。
最後まで見ていただければ幸いです。
気付けば空も白み始め、太陽が山の上から登って来ている。
少女を介抱して半日が経過した。
少女が目覚めないことには詳しいことはわからないが、足の血やボロボロの服を見るからに、あまり良い旅路ではなかったようだな。
この分だと、誰かから逃げて来たって言う線が妥当か。
「なぁニプロパ。こいつ大丈夫なのか?」
夜中からずっと少女に付き添っているニプロパに話しかける。
いつもはあまり表情変えず無表情なニプロパだが、流石に疲れの色が見えている。
「…えぇ、おそらく疲れからだと思われます。どこから来たのかわかりませんが、きっと子供にとってはかなりの距離を走って来たのでしょう。いったいこの子にどんな事が起きたのでしょう」
少女の額に置いていた濡れタオルを取り替えて、汚れた顔を優しく拭く。
ニプロパの目には疲れとともに怒りも混じっている。
無理もないだろう、こんな小さな子供をこんなボロボロになるまで追いかけ回したやつだ、胸糞悪い以外の何者でもない。
「ニプロパさん、流石に疲れただろ。少し休んだら良いんじゃないか? 俺たちが変わるよ」
「…いえ、大丈夫です。ラルフさんはともかく、アグニさんがこの子に何をするかわかりませんからね」
「なにもしねーよっ! お前、俺たちを信用したんじゃなかったのかよ!?」
「えぇまぁ、でもまだ完全ではないですからね」
ちっ、皮肉を言えるくらいにはまだ元気ってことだな。
ならもう少し放っておくか。
「勝手にしろ、とりあえず朝飯食べちまえよ。それくらいはいいだろ」
ニプロパは少し考えた後、静かに朝食をラルフから受け取り、食べ始めた。
少女のことは置いておいて、昨夜の話し合いで少し距離が縮まったのか、少しずつニプロパとのコミュニケーションが取れて来ている。
取れて来ていると言っても、これをやれだのあれを取れだの命令だけでうんざりするが、こちとら人間の少女の介抱の仕方なんざ知らないし、ニプロパはそこら辺は少し知ってるみたいだから助かってるけども。
少女を挟んでニプロパと向かい合うように座る。
どんな時でも食べるときは勢いよく食べてるやつが、今は元気なくもさもさ食べている。
看病というものは相当気を使うものなんだろうな、あまり元気がないと張り合いがなくてつまらないな。
「あの…」
ニプロパがふと顔を上げる。
「ん?なんだ?なんかすることあるか?」
こいつがこんなだとこっちも調子狂うからな、仕方ないから今はなんでもやってやらんこともない。
ニプロパは介抱、ラルフは料理作ってるし、俺だけ何にもしてないのは流石にいたたまれないってのも少しあるが。
「気が散るので、どっか行っててくれますか?」
「…」
少し固まった後、静かに立ち上がり近くの岩陰に行ってシクシク泣いた。
「ん、ここは…?」
「!! アグニさん! ラルフさん! 気がつきましたよ!」
ニプロパが大声で俺たちを呼ぶ。
急いで駆け寄ると、ニプロパに抱かれた少女が、可愛らしい瞳を大きく開けてこちらを見ていた。
「おぉ、気がついたのか。とりあえず一安心だな」
ニプロパの安堵の表情が場の空気を和ませる。
「あの、助けていただいて、ありがとう、です」
「いえ、私たちはなにもしていませんよ。お腹、空いていませんか?」
ぐぅー
大きなお腹の音がはっきりと聞こえた。
「はは、そんなに腹減ってるのか。ちょっと待ってろよ。今シチューも暖めてやるからな」
「いや、今の音は、私じゃ…」
この子供の腹じゃない?
となると犯人は…
さっとニプロパの方を見ると同時に顔を晒された。
が、顔が真っ赤になっているのはよくわかる。
あいつさっき朝飯食ったよな。
「さ、さぁっ! お腹の虫も鳴いていることだし、ご飯を食べましょうね! ラルフさん! 早くしてください!」
「あの、私お腹はなって…」
「まぁ細かいことはいいじゃないですか! ラルフさんのご飯は美味しいですよー」
あいつ、人のせいにしやがった。
「ほら、とりあえずパンはあるからそれ食っててくれ。」
「ありがとう…」
ラルフからゆっくりとパンを受け取り、小さい口でパクッと一口。
ぱぁーっと少女の顔が明るくなり、次々とパンを口に運ぶ。
「美味しい! こんなパン食べるの始めて!」
「へ、そうか。そりゃよかったな。」
「うん! お兄ちゃんありがとう!」
「じゅる、お、美味しいですよね。喜んでもらってよかったです」
「…まだパンは残ってるから食べていいぞ」
瞬足でパンを取りに行くニプロパ。
ラルフが呆れてる。
ニプロパってこんなキャラだったっけな。
「美味しかった。あの、ありがとう、ございました。」
「はいよ、あんまり量がなくてすまないな。大食らいが二人いるからこれでも残ってる方なんだよ」
「「ぐっ」」
俺とニプロパそろって耳が痛い。
「いえ、十分、です。」
ちょこんと小さくイスがわりにしていた丸太に座って少し不思議そうにこちらをチラチラ見ている。
どうしたのだろう、不安がって助けを求めているのか?
ならこの俺がなんとかしてやらねば。
「そんなにビクビクしなくてもいいんだぞ? もっと自由にしとけ」
「はい、あの…お兄ちゃん」
「あ? なんだ?」
「お兄ちゃんの、頭には、なんで、角が生えてるの?」
「そりゃお前、俺が魔王…あ!!」
びっくりして、大声を上げてしまった
ぬかった。
言われて気がついた。
俺は魔王の息子、たとえ子供でも魔族だと悟られるわけにはいかない。
この頃は、バレてもいい奴らしかいなかったから帽子をかぶるのも面倒で付けてなかったんだった。
「魔王?」
少女の純真無垢な眼差しが逆に痛い。
どうする、子供が納得して怪しまれない言い訳。
ここでの正解はなんだ…
はっ。わかった。
この数瞬、ほんの数秒、我ながらよく頭が回ったものだ。
「あのな、これは…魔王ごっこだ!」
決まった。
「魔王、ごっこ?」
「ああ! 魔王ってかっこいいだろ? 真似して見たくなってな! その辺から角取ってきて付けてるんだ。」
これくらいの子供はきっとごっこ遊びとかしてるんだろ。
俺がそうだったんだから間違いない。
それをやっていると言うことによって魔族だと言うことを隠しつつ子供のハートを鷲掴みって事だ。
冴えてる、我ながら冴えている。
しかし、少し気がかりなのはラルフとニプロパが怪訝な顔をしている事。
まぁいいんだけどね。
「そう、なんだ。魔王ごっこ…勇者じゃなくて? 勇者の方がカッコよくない?」
「勇者なんか比較にならないほど魔王はかっこいいんだぞー?なんだって強くて優しくて偉いからなー」
「…うん、かっこいい、ね」
ふ、所詮は子供。
俺の見事な策略にまんまとハマりおったわ!
「ねぇねぇ、お姉ちゃん」
少女の後ろに立っていたニプロパの裾をくいくいと引っ張り少女と同じ高さに顔を寄せてもらう。
なんだ? コソコソしているな。
「あのお兄ちゃんて、ちょっと痛い人なの?」
「くすくす、そうね。すこし痛いわね。」
なにやら笑っているが気にしないことにする。
「ところでお前、名前はなんて言うんだ?」
「私、アンネ。12歳。」
「アンネちゃん、改めてよろしく。私はニプロパ」
「俺はアグニ」
「ラルフだ」
「ニプロパおねーちゃん、ラルフおにーちゃん、アグニおにーちゃん。昨日はありがとう」
俺たちの名前を一生懸命復唱し、覚えようとしている。健気だな。
それに昨日の礼まで、しっかりした子供だ。
「いいんですよ。怪我がひどくなくて良かったです。だいぶ体は良いですか?」
「うん、だいじょぶ。ただ疲れちゃっただけだから」
「なにがあったのか聞いていいか?なんでアンネはこんなところまで来てたんだ?」
ラルフが核心をつく。
アンネの顔が一瞬歪む、やっぱり何か辛い目にあったんだろうな。
ニプロパが優しく背中をさすり、アンネの気持ちを落ち着かせる。
しかし、この先の事、アンネになにがあったのかは聞いておかなければならない。
この先なにが待ち構えているのか、できれば厄介ごとは避けていきたい。
もし俺たちが魔族だということがバレたらこの旅がより一層厳しいものになってしまう。
「あの、アンネ、逃げて来たの」
「逃げて来た?追われてたのか?」
「この先の村で、アンネ暮らしてたんだけど、少し前に山賊が村を襲って来て…どんどん友達が連れ去られていったの。」
アンネの目からは不安と恐怖からか涙が潤んでいる。
「それで、アンネが連れ去られようとした時にお父さんとお母さんが私を逃がしてくれて村を出たんだけど、怖いおじさん達が追っかけて来て、必死で逃げてたら、焚き火が見えたから走って走って、走ってきたら、おねーちゃん達を見つけたの…おとうさん、おかぁさぁん…うぅぅぅ」
小さい体がふるふる震え、自分の肩をぎゅっと抱きしめる。
アンネがいた村を襲った山賊は、子供を奴隷として奴隷商に渡していたんだろう。
奴隷になった者はひどい者だ。人間はもちろん、魔族もアウターとして死ぬまで働かされるか、良くて見せ物、悪くて犬の餌になる。
そしておそらくアンネの両親はもう…
ニプロパは目を閉じ、ラルフは拳を固く握り締めている。
「そうか…大変だったな。よく頑張った」
アンネの気持ちを思うと、大変だったなという言葉じゃ足りないくらいの感情が浮かぶが、うまく言葉にできない。
俺もその恐怖を体験したはずなのに、大人に追われる子供の恐怖は尋常じゃ無いのはわかっているのに。
「そう。じゃあ、その山賊達は今もアンネちゃんを探しているのかもしれないのね」
「ううん、多分大丈夫」
さっきまでたどたどしかった口調がいきなり静かで落ち着いた声に変わる。
「? …どうして?」
「アンネ、必死で逃げてたから見てないんだけど。後ろから追いかけてた人達が突然騒ぎ出したと思ったら、その後なにも聞こえなくなったの。引き返したんだと思う」
アンネは前かがみになり肩を震わせ、それをニプロパが優しくさする。
「村…か」
この先にある村では、今もなお山賊が占拠しているのだろう。
「目的地、決まったな」
「あぁ」
「えぇ」
子供をここまで追い詰めた胸糞悪い奴らには、どんな世界であろうとも絶対に許さん。
「安心しろ、お前は俺たちが守る。そして村も山賊から取り戻してやるよ」
アンネは顔を上げ、綺麗な花束のような笑顔で力一杯頷いた。
なぜかそれだけでやる気がみなぎった。