6.ニプロパ
今回の原生魔王と転生勇者は
シノブとの戦いを経て一緒に旅をすることになったアグニ一行。
しばらくしてニプロパが自分のことを話し始めます。
そこからわかってくるニプロパという女性、そしてアグニたちの知らない世界の事。
果たしてアグニ達の旅はどうなっていくのか。
前回までのお話はプロローグ的なものなので本編はここからになります。
誤字脱字やご意見ご質問があれば何なりとコメントしていただけると幸いです。
「だから何度言ったらわかるんですか!? 女性の前で裸になるのはやめてください!」
「いいじゃねーか減るもんじゃなし。今まではこうやってやって来たんだ。お前が慣れろよ。」
旅が始まって一週間。
何事もなく穏やかに旅は続いていた。
道のりはなかなか順調と言えるだろう。
距離がある分、街で休めない場合もあるし、そもそもそんなにお金持ってないから宿代は極力抑えたい。
と、いうことからキャンプで野営をすることになった。
キャンプ道具は農場の主人が持っていたのでそれをもらった。
野営は慣れたもんだが道具があるとやれる事が一気に広がるから楽しいもんだな。
唯一問題点となるのがニプロパ。
何かにつけちゃ口うるさくガミガミ細かく注意してくる。
「あなた元王子なんですよね? なんでそんなに残念なんですか? 頭の中は何詰まってるんですか?王子だけに玉子ですか?」
「なんだとこのっ! お前さっきから聞いてれば言いたい放題言いやがって! お前こそ顔だけで性格お母さんな残念美人じゃねーか!」
言った瞬間、ニプロパ周辺の空気が凍りついた。
背筋がまるで氷水をかぶせたかのように震えが止まらない。
そう、これは殺気。どうも気にしてたみたいですねこれは。
肩をワナワナさせていたニプロパがすっくと立ち上がる。
「な、なんですって…誰が残念年増おばさんですか! 図に乗るのもいい加減にしなさい。去勢しますよ…」
護身用の短刀をぎらつかせ、ニプロパがゆっくりと、しかし確実に迫ってくる。
瞬間的にいつも背中に背負っている双槍を取ろうと手を伸ばすが…忘れてた、俺、今まっぱじゃん?丸腰じゃん?とられるー!
「ニプロパさん? ちょっと落ち着こうか? まず残念年増おばさんなんて言ってないしな? た、たしかにお母さんて言ったのは悪かったよ、な? 話し合おう!」
ダメだ、聞いてない。
つーか、顔がおっかない。鬼みたくなってる。
「問答無用です! 滅びろイフリート族!」
「ぎゃー! 王家の血が途切れるー!」
とまぁこんな感じでしょっちゅう喧嘩する。
なーんかこいつといるとイライラするんだよなー。
ニプロパもニプロパで話し方が丁寧な割には、なかなか毒舌で、手が出るの早いし。
「喧嘩もいい加減にしとけよー。飯、できたぞー」
お椀を持ってラルフが近づいてくる。
ニプロパのナイフを持つ手が止まり、俺とニプロパの喧嘩は即座に終了。速攻で焚き火の前におとなしく座る。
「今日はシルフラビットが取れたから、その肉で作ったシチューと、農場の主人から教えてもらったパンだ、あんまり自信ないが我慢してくれよな」
手渡されたお椀には真っ白なシチューが湯気を上げてこんにちはしており、パンはパンでなんとも香ばしい香りでいらっしゃいしている。
「「ゴクリ」」
口から唾液が一気に噴き出してくる。
なんとまぁ素晴らしい光景なのだろう、キャンプにこんな飯が出てくるなんて。
調理器具があるのとないとじゃ雲泥の差だな。
詰まる所、ラルフは料理上手なのだ。
ラルフの家庭は母親がラルフが赤ん坊の時に亡くなった為、ラルフの父親一人で育てられた。
そのラルフの父親も仕事が忙しく帰るのが遅くなるため、物心ついた時から食事はラルフがやっていたそうな。
以前からラルフとは一緒にいるが、調理する材料はあれど調理する器具がないからと、簡単な物しか作れていなかった。
それが今やこのご馳走。
正直仕事してる時より豪勢だ。
てかもう説明なんてめんどくさいし、我慢できない!
「いただぐももももももももももももももも!」
熱々になったシチューをこれでもかと言わんばかりに口に流し込み、合わないはずがない炭火で焼きたてのパンにかぶりつく。
んまー
超絶んまー
シルフラビットの肉からこれでもかというほどの肉汁が出てきて、それがまたシチューのクリーミーなスープと野菜に合うんだなこれが。
これじゃあほっぺたが落ちるどころか、首落ちるわ。
もう喧嘩なんてどうでもいい、この料理があれば平和になるんじゃね?
「ちょっほ、あふにはん、ふぁべかたはひふぁないへふほ」
「うっへ! おまへだっへひはないはろ!」
食べ方汚いって、あいつもデコにまでシチューつけて人のこと言えないだろ。
てかなんであんなとこに着くんだ?
「なんで会話が成立してるのか疑問だし、そもそも口に食べ物入れたまま喋るのは行儀悪いからやめろよ」
「「それはこの料理が悪い!」」
「息ぴったりだな…つか、俺の料理のせいにすんなよ!」
しょうがないじゃないか、だってうまいんだもの!
ん、これじゃあ平和どころか争いが起きそうだな。
それからしばらく料理を堪能した。
夜もだいぶ更けてきて、俺たちを包む焚き火の光だけがゆらゆらと忙しく動いていた。
「ふぁー食った食った。まだ食えるけど」
「もうやめろよ。明日の朝分も無くなっちまうぞ」
ラルフがげんなりしている、仕方ないじゃないか美味しいんだもの。
ニプロパは満足したのか、焚き火で温めたミルクでホッと一息ついている。
「こほん、お二人とも。少しよろしいですか?」
そのニプロパが突然に話を切り出す。
「イフルランドを目指して一週間。これまで私のことは何も話していませんでしたね」
「あぁ、お前が聞くなオーラ全開だったからな」
「それはまぁ、まだあなた達を信用したわけではなかったですし…でも失礼な態度を取っていたことは謝ります」
少し申し訳なさそうに焚き火に目を落とす。
これまでのニプロパは自分の事というよりも、小言以外は無口でただ旅についてくる奴、くらいの存在でしかなかった。
まぁ俺たちも無理に話しかけようとは思ってなかったからいいんだけど。
「それは今は俺たちを信用したって事でいいのか?正直、俺たちは、お前が何者なのかさえわからん状況だけに信用もできない状況だ」
「少なくとも悪い魔族ではないことはわかりました。魔族の王子と言え、どんな魔人かはわかりませんでしたから。」
「まぁお互い様ってことだな、俺たちもニプロパさんも知らないことが多すぎる」
ラルフの言葉に素直に頷き「なので」と話を続ける。
「今から私の話をします。喋れない事も多いですが、出来る限り話そうと思います。」
俺とラルフは静かにニプロパが話すのを待つ。
「…」
少ししたあと、意を決したようにニプロパが話し始める。
「私は、先日戦ったシノブさんと同じ、この世界の人間ではありません。世間一般的にいうと、勇者です。」
「うん知ってた」
「だな」
「はい、驚かれるのは当然かと思います。勇者といえば強力なスキルを持ち、殆どその姿を見せない方々です。それがなぜあんなところに二人もいるのか、そしてなぜ仲間のシノブさんではなくあなた方を助けたのか疑問でしょう。まずは勇者である事を隠していた事を謝らせてください…って。え?」
すっごい喋った後に素っ頓狂な声と顔で固まっている。
「え?って?」
「何を知ってたんですか?」
「いやだから、お前が勇者だって事」
「なんで!?」
タメ口になってる、動揺してるからかな?
「そりゃ頭の中に直接話しかける魔法なんて聞いた事ねーし、そもそもシノブの情報なんて同じ勇者くらいしか知ってるはずねーだろ」
ポカーン。
完全に止まってる。
おそらくこいつにとってはすごい事を打ち明けたつもりだったんだろうな。
「話の腰を折って悪かったよ、話を続けてくれ」
見兼ねたラルフがニプロパを我に返そうと肩を揺する、こういう時こいつは気が使えるんだよなーバカのくせに。
ちょっとした後「はっ」と我に帰ったニプロパが平静を装う様にコホンと咳払いをし、何事もなかった様に静かに話を再開する。
「えーと、私が勇者だっていうことは話しましたね。その続きですが、なぜ私がシノブさんと敵対していたかなんですが…実は勇者でも魔族に味方する者もいるのです。」
「あーすまん、それもなんとなく知ってる」
「だな」
「はい、驚愕でしょうね。アグニさん達イフルランド出身、魔族にとっては勇者というのは国を滅ぼした張本人。その勇者が味方なんて信じられないでしょう…って。えぇー!? なんで? なんで知ってるの?」
またすごい喋った。
やっぱり動揺したらタメ口になるんだな。
「俺たちが国を滅ぼされて城が落とされた日、俺たちを逃してくれたのは敵の勇者だった。そいつは俺たちを途中まで逃し、追手から離すために戦って死んだよ。だからうすうすそうなんじゃないかなって思ってたよ。」
「ファー」
あ、今度こそダメだ、変な声出して白目向いちゃった。
これにはラルフもお手上げと首を横に降る。
「すまんすまん、今度パン俺の分食っていいから戻ってこーい」
数秒で覚醒。
食い意地のすごい奴だなこいつ。
「絶対ですよ? でも…それは大変でしたね。」
落ち着かせるためか、コップに残っていたミルクをゆっくり飲み干す。
「それで、お前はそのシノブ達と敵対してる組織が要るってことか?」
「いえ、組織は存在しますが、私は訳あって一人で活動しています…」
訳。ね…
その後を話さないということは、前に言っていた話せないことに関係しているんだろうな。
「無理して言うこともないだろ、旅していけばおのずとわかることなんだ。ゆっくり探していくさ。」
「…助かります。」
焚き火の炎を見ているようで、炎ではないなにかを見ている様に、ニプロパはしばらく黙っていた。
「それとですね。今度は私たち勇者の事。勇者はどこから来たのか、ということについてです。」
どこから? それはどう言うことだろう、勇者はシルフランドが秘密裏に勇者を集めた話じゃないのか?
「私たち勇者は人間国シルフランドに転生してきたのです。」
俺とラルフ「…」
ニプロパ「…」
俺とラルフ「…?」
ニプロパ「これは知らなかったですか?」
「ん?…知らないけど?」
「だな」
「へへ♩…では続けます。」
なんか少し機嫌良くなったなこいつ。
あー成る程。
話の腰を続けて折るもんだから警戒してたのか、どんだけ負けず嫌いなんだこいつ。
「その、転生? っていうのはなんなんだ?」
「転生というのはこことは違う、別の世界で死んだ魂をこの世界に新しく生まれ変わらせる事です。普通は赤ん坊からやり直す様なんですが、私たち転生勇者はなぜかシルフランドの人々の体に魂が宿った形で転生した様です。」
「別の世界? 話がぶっ飛びすぎててよくわからなんだが、要するにどう言う事なんだ?」
「私も転生される前まではアニメやマンガの中のフィクションだと思っていました。そうですね、要するに強力ななスキルを持った大勢の人たちが召喚された様なものです。」
あ、あにめ? まんが? よくわからないけど、そこは触れてはいけない気がする。だが…
「召喚?」
なにかその言葉に引っかかる気がする。
遠い思い出のどこかで聞いた様な…ダメだ、出てこない。
思い出せそうで思い出せない、何故だか記憶に靄がかかった様だ。
「アグニ、大丈夫か?」
いつのまにか話を途切らせてしまっていたらしい。
かなり険しい顔をしていた様だ。
気がつくとラルフとニプロパが心配そうにこっちを見ている。
「ん? あ、あぁ大丈夫だ続けてくれ」
「えぇ。転生して来た勇者。私達は転生勇者と呼んでいますが、その数はぴったり100人。それが一日で転生したのです。」
「100人だと!? あんな化け物みたいな奴らが100人もいるのかよ‼︎」
ラルフが大声を上げる。
無理もない、先日倒したシノブみたいなのがまだまだいるって事だ。
気が遠くなるな、ちくしょう。
「いえ、イフルランドを滅ぼした時など数年のうちに転生勇者の数は今や80人ほどになっています。まぁあまり変わらないですね」
たしかにあんまり変わらないな、まぁ多くなるよりはましか。
「とにかく、その100人の転生勇者はシルフランドの王の元に集められ、魔族領イフルランドを滅ぼす様に言われました。そこからはご存知の通り、イフルランドが滅び、シルフランドは大陸一番の大国になりました。」
「シルフランド王がそんな事を!? それに、それでお前たちはあっさり受け入れたのか?」
「はい、私たちの国では魔族、魔人は悪と教わってきました。いつでも世界を乱すのは悪の権化である魔族たちだと。しかも勇者というのはいろいろな話がありますが結末は必ず魔王を倒す事で平和になるという話ばかりでした。なので私たちは魔族を倒すことに抵抗があまりなかったのかもしれません」
「俺たちはなにも悪いことなんてしちゃいないぞ!世界を乱しているのは人間側の方じゃないか。国を滅ぼしたり、転生勇者どもの良い様に町の人間をこき使ったり魔族を奴隷にしたりしやがって!」
「気持ちはわかりますが、こればっかりは幼少の時から植え付けられた事なので仕方ないのです。シルフランドの人間はその固定概念を良い様に利用し、イフルランドを滅ぼさせたのですね。」
理解はできるが、納得はいかない。
何故シルフランド王がそんな事を?
シルフランドとイフルランドは互いに友好的な関係を築いていたはずだ。
それが何故滅ぼされなければならなかったのか。
「わかった、今話しても解決するとは思えない。もっとシルフランドを知った上で答えを出そう。」
「そうですね…とりあえず、私からの話は以上になります。」
ふぅ、と一息ついてニプロパが力を抜く。
少し緊張していたんだろうな。
「少なからず有益な情報だった、お前が敵ではないってことはまずわかった。あと、勇者の能力と弱点もある程度わかるんだろ?」
「えぇ、全てではないですが、半分位なら顔と能力も知っています。」
シノブとの戦いを経て、勇者の情報がないまま戦うという事はどれだけ無謀な事だかわかった。
情報は多いほうがいい、しかもニプロパは当の転生勇者だ。
転生して来た世界が一緒なら話し合いも、あるいはできるかもしれない。
「すべてを信じるわけじゃないが、今までよりはまだ信じられるな」
「あぁ、改めてよろしくな。」
俺とラルフの温かい言葉を聞けたからか、硬かったニプロパの表情が少しだけほぐれた気がする。
「はい、宜しくお願いします。…あ、」
軽く会釈をした後、思い出したとばかりにかおお上げる。
「そうだ。ひとつ、私からも質問してもいいですか?」
「ん?なんだ?」
これからの旅は長くなるんだ、少しでも早く打ち解けた方が今後の為に快く答えよう。
「アグニさん、なぜシノブさんとの戦いのとき、炎を使わなかったんですか?」
「っ!!!」
自分の中の時間が止まった。
過去の記憶が強制的に頭から引っ張り出され顔から汗が吹き出る。
「炎を使えば、私の助言無しでも勝利できたかと思ったんですが」
ニプロパには悪気はない、この事を知っているのは俺とラルフだけ。
くそ、胸が痛くなって来やがった。
「アグニ、無理すんな」
「はーっ。いや、大丈夫だ。俺が炎を使わなかった理由だな。それは…」
ざっざっざっ
話し始めようとした時、焚き火の炎がギリギリ届かない所こっちに何者かが歩いてくる音がした。
「だれだ!!」
その場は一瞬で戦闘態勢に移行。
ニプロパは後ろに下がり、俺とラルフは自分の武器を取りいつでもとびかかれる様に準備する。
ざっざっざっ
まだ姿は見えない。
野犬か、山賊か。
それとも勇者か…今度は別の意味で汗が頬を伝う。
しかし、現れたのはそのどれにもあたらない人物だった。
「た…たすけ」
ゆらゆらと揺れる焚き火の光で、ゆっくりと映し出されたのは、服と体は泥だらけになり、顔は疲労と痛みで歪んだ少女だった。
俺たちを見て気が抜けたのか、操り人形の糸が切れた様にその場に倒れこむ。
「おい! 大丈夫か!? おい!」
ニプロパが駆け寄って抱き起こす。
ここまで裸足で来た様で足が所々血が滲んでいる。
「大丈夫、息はあるようです」
「いったいこの先でなにがあったんだ…」
この子になにがあったのか、この先になにがあるのか。
夜の闇では、見えないこの先をただ見つめるだけしかできなかった。