5. 決着。そして決断の時
最初は決着までにしようと思ったのですがキリが悪そうだったのでもう少し書いてしまいました。
長くなっておりますが最後まで見ていただけると幸いです。
シノブの圧倒的な力に圧倒されるアグニとラルフ。
頭の声を頼りに二人は攻勢に転じる。
アグニたちとシノブの戦いの行方はいかに!
そしてここからアグニの新しい旅が始まる。
ラルフには簡単にではあるが頭の中に聞こえる声のことを説明した。
いきなり頭の中で聞こえたこと、多分敵ではないこと。
そして何故かシノブの能力、スキルの内容と弱点を知っていること。
そう、簡単に…
「その、まぁ、黙って言うこと聞いとけ」
「そんなんでわかるかっ!」
…動揺はしていたがそこまで時間がなかったからか、すんなりと受け入れてくれた。
俺とラルフの信頼関係のなせる技だぜ!
それは置いといて、本題に移ろう。
「さぁ、どうやってあいつを倒す? 言っておくが武器が来たからってあんなバケモンみたいな反応速度には対応できないぞ?」
ーそうですね、ですがこれであなた達もいつも通りの動きができるでしょ? 今はそれで十分。ー
確かに自分の獲物を手に入れたことで自分本来の間合いで戦闘ができる分、幾分かは楽だが、あんなスピードの相手に対してはどうなるか分からない。
「ちっおいお前ら! さっきから何をぶつぶつ言ってんだ。こっちは暑くてかなわないんだ、さっさと終わらせるぞ!」
「く、せっかちな野郎だ」
シノブは拳を構え、ものすごいスピードで接近する。
明らかに人間の運動能力を超えたスピードだ。
でもなんだろう、さっきまでは余裕だったシノブがなぜか今は焦っていらついているように見える。
ラルフとともに武器を構えて応戦。
ガリッと槍が音を立てて悲鳴を上げている。
シノブの強力な拳を武器でギリギリ防御することしかできない。
ラルフも同じく籠手でシノブの攻撃を防いでいる。
ん?
でも辛うじてだけど防御できてる。
ー武器があることによってシノブとの間合いがとれて反応できているのですね。しかし、長々説明している時間はないようです、手っ取り早く説明しますよ。ー
「うわっ! 手短におわっ! 頼む!」
シノブのラッシュを紙一重で避けながら頭で聞こえる声に耳を…頭を傾ける。
「ちぃっ邪魔な棒だな!」
ーまず、シノブのスキルはスロー、自分以外のもの全てを数秒だけスローモーションにすることができる能力です。ー
「ぐはっ! なん…だよそれ、どういうことだ?」
頭の声が衝撃的な事を言ったせいで一瞬攻撃の判断が遅れてしまった。
シノブの蹴りが肩口に直撃し吹っ飛ばされる。
ー簡単に言えば、数秒だけシノブは高速移動できるという事ですね。あなた方の攻撃が全て見切られていたり、素早い攻撃ができたのは、スローを使って移動し攻撃していたからですー
「そんな事が可能なのか!それが本当ならどうりで死角から狙った攻撃もすぐにかわされるわけだ。そんな奴に勝てるのか?」
ーえぇ、シノブはそのスキルを駆使して勇者の中でも最速のスピードを持っています。しかし最速ゆえの弱点も当然ありますー
そういうと頭の声はシノブに対する戦略を伝授してくれた。
ーこうすれば勝てます。というよりそれしか勝てる可能性はありません。ー
「おいおいまじかよ、そんなんで勝てるってのか?」
ーはい、しかもシノブは自分の弱点に気づいていません。それにあの熱量、攻めるなら今ですー
疑いの心がないと言ったら嘘になるが、今は声に従うしか勝てる道筋が見つからない。
やるしかないか。
ラルフにも作戦を伝える。
「わかった。やるだけやってやる!ラルフ!」
シノブに張り付いていたラルフを呼ぶ。
返事をする余裕もなさそうだが一応獣耳がこっちを向いているようだ。
忙しそうだからここも手短に説明を…
「えーっと、とりあえず攻め続けろ!」
「さっきから説明はしょりすぎだろ!わかんねーって!がふっ!」
こっちを向いてツッコミするもんだからシノブに一発食らってしまった、敵を前に気をぬくとは危ないやつだなまったくー。
「いいんだよ、いいから攻め続けろ!」
「ったく、説明はないし人使いは荒い。寝返りてーなっと!」
「はっ」
二本の槍をシノブ目掛けてなぎ払い、ラルフはぐちぐち言いながらもすぐに立ち上がり、攻撃の手を緩めず、獣人のスピードを生かして肉薄する。
「そんな攻撃、俺には通用しないっつってんだろ! おらぁ!」
「うわっと、ここに来て威力が増して来てないかあいつ?」
シノブの熱気がより一層増し、それに伴い攻撃スピードも増していく。
「あぁ、あいつ、どれだけ早くなるんだ?」
―このままで構いません、シノブはもう限界です―
「そんなこと言ってもな、実感がわかねーんだよ!」
シノブはどんどんスピードを上げてきている。
これ以上速くなれば武器があっても防ぐことができなくなるか、もし武器で防げたとしてもこの攻撃を受け続けたら破壊されてしまうな。
「お前らの攻撃なんて武器があってもゆっくりすぎて当たりもしねーな。俺のスピードには着いていけないんだよ。こんなに長く戦ったのは初めてだが、それももう終わりだ。早く潰れちまえ!」
シノブの攻撃の手は止まらない。
槍から伝わる攻撃の衝撃で手の感覚がなくなってきた。
こちらも戦うのは限界。
でもこれでいいんだ。
限界は相手も同じだと信じる。
そして戦いの終わりは突然訪れた。
とうとう俺の体が限界に達した。
腕に力が入らなくなり、辛うじて防いだシノブの攻撃を足で踏ん張ることも出来ず吹っ飛ばされる。
ラルフも同様に転がってきている。
「はぁはぁ、ようやく倒れたか。時間かけさせやがって、お前らの命だけじゃ足りねぇ。ここの農場全て焼き払ってやる」
「いーや、それは無理だ。お前の負けだよ」
よろよろと立ち上がりながらシノブを睨みつける。
「何言ってやがる、お前らの攻撃は全く当たってねーじゃねーか!ダメージなんて受けるわけねーだろ」
「お前の体、よく見てみろよ」
シノブの体を指差す。
「あ!?俺の、俺の体がどうしたって…」
シノブの腕や足から突然火が吹き出した。
「な、なんだこりゃ!どうなってやがる!」
シノブは慌てて腕や足を振って消化しようとするが、炎はさらに燃え広がる。
「ほんとに発火しやがった。ただ攻撃の手を緩めるなと言われた時は正直疑ってたが、本当だったんだな」
ー空力加圧、物体が空気中を運動すると、物体を押しのけようとする空気は圧縮され、温度が上昇する。
その高温になった空気がシノブを燃やしたのです。
彼はそこまで長時間の戦闘をしなかった、だからこのことを知らなかったのですー
「よくわからねーが、自分自身の能力が弱点だったってことだな。」
シノブが戦闘開始時から熱を帯びていたのは、能力のせいで体に熱が蓄積していたからだったのか。
「お前の能力に体がついてこれなかったんだ、もうろくに能力も使えないだろう」
「そんなわけねーだろ!お、俺が…俺が負けるはずねー!」
シノブは自分の腕や足の事など気にせず強引に突進してくる。
しかし、今のシノブには能力を使うだけの力は残っていない。さっきまでの超人的なスピードは無く、ふらふらと大振りに拳を振り回すだけだ。
「おい、やめとけ! それ以上やったらほんとに死ぬぞ!」
ーもう手遅れです、あそこまで発火してしまえばどうすることもできません…ー
シノブはバランスを崩し地面に倒れこむ。
頭の声は、どこか寂しい雰囲気が出ている。
今までシノブを倒そうと戦ってきたが、人が一人死のうとしているんだ。虚しくなるのも無理もない。
「そうか、ならひと思いに楽にしてやる」
横たわっているシノブに近づき、槍をシノブの胸の上で構える。
「……お前さっきから誰と話してやがる?
…!!
まさか、大逆の英雄と話してるんじゃねーだろうな!?」
「なに? 大逆の英雄? なんの話だ。おい声のやつ、どういう事だ?」
―……………―
頭の声はなにも話さない。
「そんなこともアウターは知らないのか。魔王も味方に言わないとはどうかしてるぜ」
魔王?
魔王ってもしかして。
「魔王って、父さんのことか!? どういう事だか話せ!」
胸で構えていた槍を喉元に突きつけ話を促す。
しかしシノブは最後の抵抗とばかりに不気味な笑みを浮かべる。
「ふん、そんなもの誰が言うか! 自分で調べて自分で絶望するといいさ! ハハハハハハハッ!!!」
そう言い残し、シノブは炎に包まれ息を引き取った。
黒くなった顔でさえも、不気味な笑みを崩さずに…
ーシノブ、どうか安らかにお眠りくださいー
「自分の熱で焼けるなんて、なんて哀れな最後なんだ」
ラルフがシノブに近づき、シノブが来ていたマントを上からかけてやった。
「仕方ないさ、あいつに殺された者たちに償わせるには足りないくらいだ。でも、最後くらいは看取ってやろう。声のやつ、お前には聞きたいことがある。後で話してもらうからな」
―すみません…私には言えません。ですがこれから先、勇者と相対していくならおのずと明らかになるでしょう。―
「何か言えない理由があるって事か。父さんの事を知りたければ勇者を相手にしろと」
―そうなりますね、ただ一つ言えることは―
頭の声は一瞬言うのをためらっていたように思えたが少し考えた後話を続ける。
―あなたのお父様、ガナルイフリートを私は知っています。これから先、お父様のことを知るためにはこの戦い以上に色々な困難が待ち受けているはずです。アグニさんがこれからどうするかは、魔族の事、人間のことを、アグニさんはどうしたいか考えて決めるといいと思います―
「…俺がどうしたいか、か。俺は…」
横たわっているシノブと、シノブを倒す事で救った農家の主人と息子に目を向ける。
俺は、どうしたいのだろうか。
気づいたら目の前は暗転し、気を失っていた。
シノブとの戦いが終わってから数日が経った。
たったと言うより経ってしまったと言ったほうがいいかもしれない。
俺とラルフは戦いの直後、戦いのダメージからか気を失ってしまっていた。
数日、まったく起きずに眠り続けていたらしい。
起きてから変わったことが2つある。
まず1つ目、主人達の反応。
これには少しびっくりした。
命の恩人だからと、主人の家の柔らかいベッドで介抱され、暖かい食事が提供された。
腐っても俺たちはシルフランドにいれば疎まれ、嫌われるアウターだ。
それが今は手厚いもてなしを受けているのだ、なんだか気持ち悪…
申し訳ない。
そして2つ目。
これが相当びっくりした。
俺たちが身を冷ました直後、介抱してくれていた人間が1人いた。
栗色の髪を背中まで伸ばし、身長はすらっと細く、目鼻立ちがハッキリしている美女。
年にして大体俺より少し上くらいと言ったところか。
最初は主人の嫁かとも思ったが主人とは歳も離れすぎているし、他人行儀に話しているところを見るとここの人間ではないのだろう。
その人間が俺たちが回復した頃を見計らって話しかけて来た。
「直接会うのは初めてですね。私はニプロパと申します。」
「アグニ、知り合いか? お前人間に手出すなんてプレイボーイだなー」
「あ? いや知らん。誰だよあんた? お前なんて知らねーぞ? …いや、でもあんたの声聞き覚えがあるような無いような」
「つれないですねー。シノブとの戦いであんなに話したのに。なら…」
ニプロパと名乗る人間が自分の耳に両手を添える。
―これならどうですか?―
「は? なにがこれでどうですかだ? なにも変わってねーじゃねーか。シノブの時になんてお前いなかったし、もしかしてここで働いてる奴か? 俺たちの世話役になったのか?」
―いやいや、まだわからないんですか? バカなんですか?―
「なんだと!? こっちは病み上がりなんだ。ちょっと顔が可愛いからってなんでも言っていいと許されると思ったら大間違いだぞ!」
言ってやった。
いつかはこの台詞を言ってみたかったランキング第5位。
胸がスッキリしたぜ!
「あー、アグニ?」
「なんだラルフ? お前も何か言いたいのか? 言ってやれ言ってやれ! 顔は美人かもしれないがこういう女が一番性格が悪いんだよ。介抱してくれた事には礼を言うが、こいつは 常識はずな失礼なやつだしな。」
「さっきから何1人で喋ってるんだ? この人さっきから何も喋ってないぞ?」
「?? 何言ってるんだ。さっきからそのニプロパってやつが話して…」
びっくりして呼吸が止まることってあるんだね。
「まったく、あなたと言う人は…」
わかった。
わかっちゃった。
さてはあれだな?
シノブとの戦いで力を貸してくれた声だけの方。
「あのーニプロパさん? いやニプロパ様? 先日はどうもありがとうございましたー! いやぁあなたのご助力があったからこその勝利でした。」
「アグニまだ具合が悪いのか? 情緒不安定すぎやしないか? ついさっきまでニプロパさんに性格ブスとか常識はずれとか言ってた…」
「ふんっ」
「がはっ!」
ラルフの後頭部に元気100倍アグニパンチをお見舞いしてやった。
これで数時間は気を失ったままだろ。
「なんて酷い事をいうんですかねーこいつは。しつけはちゃんとしときますんで。ははははははー」
とまぁこんなことがあり、ニプロパに死ぬほど謝ってとりあえずは許してくれた。
ラルフは少しの間の記憶がないらしい。
記憶喪失ってあるんですねーほんと…
それから少しして俺たちはこの農場を去る事にした。
「シノブ様の事は任せてくれ。俺が王都にどうにか説明しておこう。」
「あぁ、頼む。」
主人はここに残っても良いと言っていたが、丁重に断った。
もしかしたらシノブの死によってここにアウターの俺たちがいると悟られたかもしれない。
そうなって一番被害があるのはこの主人一家なのだ。
ここまでアウターに親切にしてくれたのだ、そこまでの苦労はさせたく無い。
「でもお優しいな、あんなに子供も自分の命も殺されるところだったやつの墓を作るとは。」
驚くことに、起きると主人がシノブの墓を作り、ちゃんと埋葬していた。
「シノブ様は腐っても雇い主だったしな。それに…人間、死んだら善人も悪人もないだろ。弔ってやらないと寝覚めが悪い」
主人がシノブの墓を見ながら息子の頭を撫でる。
息子もどこからか摘んできた花をシノブの墓に手向けている。
「ふん、そうかよ。俺は魔族だ、理解できないがな。」
「礼を言うアグニ。今回の件、お前たちがいなければ俺たち家族は大変なことになっていた。」
「にーちゃんありがとう!」
息子が俺の顔を見てニンマリ笑う。
主人の家で過ごして数日やけにこの息子に懐かれてしまった。困りはしないがなんとも言えない気持ちだった。
「これからどうするんだ?」
「俺たちは魔王国に向かう」
「なっ! おいアグニまじか!?」
ラルフとニプロパが複雑な表情をしている。
まぁ予想通りだけどね。
「今更あんなところに行ったってなにもないぞ?それに、あそこには勇者もいるって話だ、そんなところにお前たちで行くっていうのは無謀だろう!」
「主人の言う通りです、あそこには勇者の中でも上位クラスの勇者がいます。それでもいくと言うのですか?」
「あぁ、俺にはやらなきゃいけないことがある」
「やらなきゃいけないこと?なんだそれ?」
「俺は…この人間と魔族がまた一緒に暮らせる国を…イフルランドを蘇らせる」
ラルフの目をしっかりと見ながら答える。
今まではのらりくらりとやってきた。
俺たちは国が滅ぼされた時は、憎しみだけでその日その日が死んでもいいくらいの厳しい日々を乗り切った。
でも今はどうだろうか、無気力に仕事を続けるだけ。なんの感情もなく過ごす毎日…
それでも良いと思っていた、もう俺には何もできないのだと。
この国がこんなに豊かで平和であればそれをわざわざ乱すようなことをするべきではないのではないかと思った。
でも実際はシノブの事を見てわかった。
勇者と一部の人間がこの国を支配し、人間や魔族を苦しめている。
この国は間違っている、でもそれを誰も正そうとはしない。
勇者の力が強大すぎるんだ。
勇者に立ち向かえる者はもういない、父さんのような強く優しい人物はいないんだ。
なら俺が、ガナルイフリートの息子、イフルランド王子アグニイフリートがこの世界を壊して、人間も、魔族も穏やかに暮らせる国を作る。
「そうですか、であれば止めません。ですが戦いの時に話したように、簡単な旅にはなりませんよ」
「あぁ、承知の上だ」
「…アグニ、俺は頭はよくねーけど、お前の気持ちはわかってるつもりだ。俺はお前の相棒として、俺の主としてお前に着いていくからな」
知ってかしらずか、俺の肩に手を回しにかっと屈託のない笑顔を見せる。
こいつには何度助けられ、なんど支えられたことか。
こいつがいるならなんとかやっていけそうだと思える。
「当然だ、お前に拒否権はない」
「俺のかっこいいセリフと決意の気持ちを返せっ! それと、心で思ってる事と言ってる事違うだろ多分!」
ギャーギャーうるさいが、まぁ放っておくことにする。
これからの旅は長いんだ出来るだけ体力を温存したい。
「私もお供します。あなたには話さなければいけない事もいくつかありますからね」
ニプロパが隣に並びクスッと笑う。
「話すこと? なんだそれ」
「話は後ほどです。それに…お父様との約束もありますしね」
最後の方はよく聞き取れなかったが、まぁ良しとしよう。
正直、俺とラルフ2人で行ってもおそらく無謀な旅になるだろう。仲間は1人でも多いほうがいい。
主人一家に別れの挨拶をして南に歩き出す。
「にーちゃーん! またねー!」
元気に振っている息子の手に向けて、後ろ手で振り返す。
あの息子が大人になるまでには、世界が変わればいいなと思う。
「それじゃま、行きますかね」
「へーいへい」
「はい」
俺は必ず国を蘇らせるよ。
見ててくれよな、父さん。
優しい太陽の光を浴びながら俺たちの旅が始まった。