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原生魔王と天才勇者×100  作者: 池田池
旅立ち編
3/14

3.勇者

寝坊して遅れて仕事に行くアグニ。

そこで国を滅ぼした勇者の1人に出会う。

アグニが勇者と戦かっていく最初の戦いが始まる。

話は現実にもどる。


「さーってと、今日は確か川沿いの畑の収穫だったな。てことは、そこに奴もいるってわけだな」


 今日の畑は納屋からそこまで離れていないから楽だ。

 遠いところでは片道20分歩かないとつかないところもあるが、今回は片道5分で着く。

 まぁその分サボる時間が短くなってしまうんだけど。


「おやおやアグニ殿、こんなに遅い出勤とはいいご身分だなー?」


 畑に着くと、早速当人が話しかけてきた。


「……おいラルフ。この裏切り者。俺を置いていくとは何事だ。それでも忠義に厚いワーウルフかよ。そのとんがった耳丸く切ってかわいくしてやろうか。」


 不機嫌な顔でラルフを睨みつけ、頭の上あたりに付いている灰色で三角の獣耳を指差す。

 ラルフとは、幼い頃からの幼馴染でいつもは人間の姿をしているが戦闘時には人狼に変化するワーウルフという種族だ。

 ワーウルフは代々イフリートの一族に従う種族で、アグニの父ガナルの懐刀がラルフの父親だったため、割とラルフとは接する機会が多く、いつのまにか仲良くなっていた。

 容姿はアグニよりは少し身長が高くワーウルフだけあって狼顔だ。


「まぁそんな怖い事言うなよ。これでも俺は気を使って起こさなかったんだぜ?」


「ん? どう言う事だ?」


 起こさない理由が本当にあったのであれば怒るのは筋違いだろう。

 でもなんだろう、昨日は夜更かしもしてないし全く心当たりがない。

 もし自分が知らない間に体が疲れていて、それをラルフが感じ取って休ませてくれているなら感謝しなくちゃな。

 でもまぁ…こいつに限ってそんなことは


「朝起こそうと思ったら気持ちよさそうにうなされてたからな、これは起こしちゃいけねーと思って寝かせておいたんだ。な? 優しいだろ?」


 …なかったな。

 とりあえず何も言わずに足を蹴っておく。

 ラルフは「ぎゃー」と悲鳴を上げているが気にせず仕事に取り掛かる。


「ふんっ、お前のお陰で悪夢で寝起きは悪いわ主人に怒られるわで朝から散々なんだ。これくらいで済んでありがたいと思うんだな。」


「悪夢は俺のせいじゃねーよ!」


 とりあえず全部ラルフのせいにしておけば俺の気も晴れるってもんだ、尊い犠牲って奴だ。

 許せラルフ。

 そんな事を思っていたらすぐ近くにある主人の家のそばに見覚えのない馬車が止まっているのが見える。

 見たところ、馬車はここでは滅多に見ない貴族が使うとされている立派なもので、馬も色艶が綺麗ないかにもな白馬が2頭。


「なんだあの馬車は?随分大きいな。」


「あーあれはな、勇者の1人が来てるらしいぞ。」


「勇者だと?こんなど田舎までか…」


 勇者はこの国では英雄だ。

 そんな勇者はいつも国の中心、王都に集中して暮らしている。

 理由は王を守るとか色々あるらしいが大半の理由は裕福な暮らしが約束されているかららしい。

 自分の心の奥底でどす黒いものが湧き上がってくるのを感じる。

 勇者、祖国を滅ぼした相手、仲間達を無残に殺した相手、そして父親を、母を殺した相手。

 クワを持つ手に自然と力が入る。


「おい、やめとけよ?お前が捕まれば確実に殺されるぞ」


 ラルフが後ろから肩をガシッと掴む。


「…わかってるよ。心配すんな。」


 こんなんじゃダメだな。

 今騒動を起こすとここにいられなくなってしまう。

 ここは割と居心地がいい、我慢我慢。

 頭の布がずり落ちない様に再度キュッと締め直す。


「で?なんでこんなとこに勇者がいるんだ?」


「なんでもここの畑を取り仕切ってるトップらしいぜ。知らん間に勇者の下で働かされてたなんてな、まったく反吐がでるぜ。」


「お前も落ち着けよ。…しっぽ、出てるぞ。それで、その勇者様はどこにいるんだ?」


 先ほども説明した通りワーウルフは戦闘時には人狼に変身する。

 大人のワーウルフはちょっとしたことでは人狼化したりはしないが、ラルフは気持ちが高ぶると爪なりしっぽなりがすぐ出てしまう。

 それほどまだ若い魔族なのだ。

 まぁこいつも色々思うところがあるんだろう。

「やべっ」と尻尾をズボンの中に入れる。


「あそこだ、主人の家の前で話してる大男がいるだろ? あいつらしいぜ。なんでもカラテとか言う武術を使うらしい」


「聞いたことねーな。まぁ勇者は100人全員が別の世界からきたって話だからな、知らないのも無理ないか」


 ここから勇者がいる主人の家までは割と近い距離にある。

 そのため2人が何を話しているか、辛うじてだが聞き取れる。


「シノブ様、こんな辺境までどのようなご用件ですか?」


「あぁなんてことはない。近くに寄ったから様子を見に来ただけだ。変わったことはねーだろうな?」


 あの勇者はシノブと言うらしい。

 派手なローブや指にはきらびやかな宝石が散りばめられた指輪などして、一見金持ちの大男にしか見えないが、肉体は鎧のように分厚く全身を覆っていることがうかがえるため、かなり戦闘能力はありそうだ。


「もちろんです! 今年の麦の収穫も例年以上に豊作でございます」


 主人は両手をこねこねし、貼り付けたような笑顔で勇者に媚を売る。


「そうか、なら去年より倍の麦を納めろ。例年以上に豊作なら問題ねーよな?」


 そんな主人の顔が一瞬で引きつった。


「去年の倍ですか!? 恐れながらシノブ様、倍の量を納めるとなると冬に私たちが食べる分がなくなってしま、ぐっ…!」


 主人が話し合える間も無くシノブは片腕で小太りな主人の体を軽々と持ち上げる。

 主人は呼吸ができないのかシノブの手を必死に振り払おうともがいているようだ。

 しかし、あの主人を軽々と持ち上げるなんて、なんでパワーだ。


「あぁ!? 今なんて言った? お前、俺様に向かって口答えしやがったのかー?」


「い、いえ。滅相も…ぐはっございませっ…」


「そうだろうなー。この世界を救ってやった勇者様に向かって口答えなんかできないよなー?」


 ニヤッと気味の悪い笑顔をして主人をつかんでいる手を強める。

 あのままだと首がへし折れそうだ。


 知らない間にクワを持つ手に力が入る。


「アグニ、ダメだぞ? さっきも言ったが変な気は起こすな」


「あぁ?なんもしようとなんかしてねーよ。主人も、一回死んだら俺達にも優しく接してるかもしれねーしな」


 主人は俺たちアウターを安い賃金で朝から晩まで馬車馬のように働かせやがる。

 少しは俺たちの苦しみを味わえってんだ


「まぁ、気の毒ではあるがな。」


「いいからほっとけよ。匿われてる分は仕事で返してんだ。文句はねーだろ」


 そう、雇われてる分はちゃんと仕事で返してんだ。

 上のいざこざは上の奴らがなんとかすればいいんだ。


「さー。もう一回チャンスをやる。お前はなんて答えるべきだ?」


「わ、くほっかりま…した。今年は去年の倍の麦を納め…」


 主人がシノブの理不尽な要求を受けようとした時、シノブの後頭部に石が当たった。

 対してダメージは無いみたいだがその場の空気が凍りつく。

 ラルフは俺の方を見ているが俺はやってない。

 まぁ石は握ってたけど。


「あ? 誰だ? 俺様に石ころぶつけた奴は」


 あたりを見回すと麦畑から小さな人影が飛び出してきた。

 シノブの前に現れたのは主人の一人息子だった。

 小石を両手いっぱいに持ち、目の前の大男と相対している。


「お父さんをいじめるな! お父さんを離せ!」


「っ! よせ! お父さんは大丈夫だから! 早く謝るんだ!」


「おいおい、お前のガキか? 随分元気がいいじゃねーか。」


 もう一度ニヤッと笑い、主人をつかんでいた手を放す。

 主人はドサッと地面に落とされると同時に、呼吸をするよりも早く息子ともとに向かう。


「ごほっごほごほっ。うちのせがれが申し訳ございません! どうかお許しを! 今年は2倍麦を収めますから!」


「はっ威勢がいい奴は嫌いじゃねーぜ。今回は特別だ許してやる」


「あ、ありがとうございます! 今後このようなことがないようにちゃんとしつけて...」


「ただし」


 主人の喜びにかぶせるようにシノブが割って入る。


「ガキの腕一本と引き換えにな」


 喜びから反転、一瞬で主人の顔が青ざめる。


「なっ! シノブ様それだけは何卒お許しください!」


「いーやダメだ。石を投げた腕一本で許してやるって言ってんだぞ?ありがたく思えよ。」


 あぁ、こいつはこうやって人を人と思わず傷つけるのか。

 魔族を殺したように。


「くっ、勇者ってのはあんなにゲスなのかよ…ふざけてやがる」


 こんな世界狂ってる。


「………」


 ラルフの独り言に無言の怒りで返す。


「いやしかし、この子はまだ子供でございます! どうか慈悲を!」


「だからなんだよ。俺はな、女子供区別するのが大嫌いなんだよ! あんまり口答えしてっとお前ら2人とも叩き斬るぞ!」


 主人は息子を庇うように抱え、しばらく考えた後、意を決したようにシノブを見据えた。


「…わかりました。では代わりに私の命で今回の息子のことは無かったことにしてください!」


「お父さん!」


 父親の苦渋の決断に息子は涙を流しながら主人の胸にしがみつく。


「お父さんは大丈夫だから、うちに入ってなさい」


 主人の命令で母親が息子を主人から引き剥がし、涙を流しながら家に入る。


「いやだー! うわぁん! おとうさーん!」


 息子は主人に向かって手を出すが距離はどんどん離れていく。

 手を伸ばしても離れていく絶望感、わかるよ。

 俺も味わったことがある。


「ふん…おもしれーじゃねーか。いいだろう。

じゃああんたの命で今回は水に流してやる。」


 しばらく見ていたシノブが豪華なローブを脱ぎ捨て、その肉体があらわになる。

 まさに鋼の肉体。

 一発食らっただけでぺしゃんこになりそうな程の太い腕と足だ。


「息子の事はくれぐれもよろしくお願いします」


「安心しろ、息子は後で俺がよーく可愛がってやるからな」


「そんな!話が違うじゃないですか!」


「さて、そんな約束したかな。くははっじゃ、あばよ」


 絶望を前にしてうなだれた主人に向かって隕石のような拳が放たれる。


「お父さーーん‼︎!」


 息子の声がこだまする。

 あたりに響き渡る爆裂音。

 しかし拳が主人を捉える事はなかった。

 主人のすぐ横の地面をクレーターのように破壊している。


「…っ!! おいおい誰だよおめーは? こんな事して許されると思ってんじゃねーだろうな?」


 気付いたら足が勝手に動いていた。

 足が勝手に動き、手が勝手にシノブの拳を横にいなした。

 頭の布がはらりと取れ、頭の角が太陽の光を浴びて赤黒く光沢を帯びている。


「おまえ! なんで出てきた! お前には関係ない事だ! さっさと仕事に戻れ!」


 主人が驚きの眼差しでこっちを見てる。

 なんだか気分いいな。


「寝坊」


「なに…?」


 主人が俺の突然の言葉に素っ頓狂な声が出ている。

 それも無理ないと思うけど。


「今日は寝坊しちまったからな、人間に借りは作りたくねーから、これでチャラだ」


「おまえ、なにを…殺されるぞ!」


「俺は…まだ死ねない」


 本当は息子が昔、国を滅ぼされた時の自分に似ていたなんて事は言えるはずがない。

 言えないが、そのまま放っておく気にもなれなかった。


「あーあ、とうとうって感じだな。やっちまったもんはしかたねー。そんじゃいっちょやりますか」


「あんまり暴れるなよ。麦がダメになってタダ働きはごめんだ」


「それ、飛び出したお前が言うか?ったく世話がかりはつらいねー」


 ラルフはやれやれと首を振るがもう狼男化し、臨戦態勢を取っている。

 やる気満々だったんじゃねーかと内心突っ込みつつ俺もシノブに向かって拳を構える。


「てめーら、アウターだったのか! まだこんなところで生き残ってたとはなぁ。面白い、面白いぜ。

2人まとめて殺してやる!」


 シノブのがもう一度拳をアグニ達に向け、ニヤッと不気味な笑みを浮かべた。

 こうしてアグニとシノブの戦いの火蓋は切って落とされた。

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