2.滅亡の始まり
これは昔の話。
僕の名前はアグニ=イフリート。
悪魔やワーウルフ、バンパイアなどの魔族を治める国イフルランドの王子だ。
当時は12歳。
もちろん僕も例に漏れず魔族で、炎を操る力をもつイフリートという種族だ。
人間と姿形はそう変わらないけど、唯一変わっているところといえば頭の横から黒いツノが生えていることぐらいか。
イフリートは大昔起こった大陸大戦の時に魔族を率いて戦い、イフルランドを建国した魔族の祖先だと言われている。
そして父上はイフルランドの現王ガナル=イフリート。
当時長年の種族間での争いが絶えなかったイフルランドを当時まだ王子だった父さんが、たった3年でまとめ上げたり
他国とのいざこざも争いを起こすことなく和平を結んでしまった歴代の王の中で最も力を持つ王の中の1人で、僕が尊敬する優しい父さんでもある。
ちなみに父さんはかなり強いらしい。
僕が生まれる前、西にあったドワーフが治めるノーマランドとの戦争での事、父上は当時数万の敵を相手に先陣をきって乗り込み、怪我ひとつせず勝利したという伝説を残す程だ。
いつか父上の様な立派な角を生やし、国民から慕われるいい王様になるのが僕の夢だ。
イフルランドは大陸の南に位置し、北の人間族が治めるシルフランド、東のエルフが治めるウンディーランドとは友好的な関係を保ちながら繁栄してきた。
そんな国でのある夜に起こった話。
僕は久しぶりに時間が空いた父さんと、城のベランダでゆっくりした時間の中で星を眺めていた。
すると夜空に一筋、流れ星が降った。
あ、お願い事しなきゃ、なににしようかな…
っていってる間に星は落ちてしまった。残念。
くそぅ、なんで流れ星って突然なんだろ、事前に言ってくれないと願えもしない。
もう一回降ってくれたら願い事もできるのに。
そんな冗談を思いながらまた星空を見上げる。
あ、また降ってきた。
驚きのあまり願い事をする事も忘れてた。
だって本当に降るなんて思わないでしょ。
今日は運がいいんだな、1日に2回も流れ星が見れるんだから。
そう思っている間にももう一筋。
僕の驚きに呼応するように一筋また一筋と時間が経つごとに流れ星の数が多くなる。
次第に空一面を覆う沢山の星が北の方角にある人間領シルフラントに降り注いでいるのが見える。
すごい、星がこんなに降るなんて。
驚きと興奮で胸が高鳴る。
「父さん見てください!シルフランドの方にお星様が降ってますよ! シルフランドの人たちはきっとお祭り騒ぎでしょうね! 」
キラキラした瞳が夜空を写し、無邪気な声が夜風に澄み渡る。
僕はあぐらをかいた父上の足の間に、すっぽりと収まって無数に降り注ぐ流れ星を指差した。
真っ暗な空には今もなお七色に輝く星々が、人間領シルフランドに降り注いでいる。
「流れ星がこんなにいっぱい降るなんて今までにあったでしょうか! 流星群って言うんですよね!」
「ん? …あぁそうだな、あれは流星群だ。アグニは本当に物知りだな」
そう言って父上は大きな手で僕の頭を優しく撫でる。
父さんの大きくて暖かい手が僕は大好きだ。
しかし父上の顔を見上げるといつも暖かで太陽のような笑顔とは裏腹に、なぜか険しい顔になっていた。
あの強くて優しい父さんがこんなに顔をしかめている。
どうしたんだろう。
この流れ星に何かあるのだろうか。
「いや、あれは流星群と言うよりはむしろ魔法陣で出現させたかのような…なにか胸騒ぎがする。
ノールー! シルフランドに急ぎで使者を送ってくれ。必要なら支援もすると王に伝えるのだ」
「承知いたしました」
父上がベランダの入り口に立っていた執事のノールーさんに呼びかけると一礼して王宮の中に入って行く。
心なしか王宮の中が騒がしい気がする、みんなあの流星群を見ているのだろうか。
騒然とした空気に突然立たされ、さっきまで綺麗だと思っていた流星群がなにかとてつもなく恐ろしい物なのではないかと思えてきた。
「父上? 」
「すまないアグニ、少し仕事ができてしまったようだ。」
父上は膝に乗っけていた僕をひょいと持ち上げて立たせる。
僕よりもずっと高い身長の父上がゆっくりと立ち上がり、また僕の頭を優しくなでる。
僕は心細さからその手をつかみぎゅっと握りしめ、父上の顔を見上げた。
言葉に表せないような不安がもやもやと胸のあたりを漂っている。
そんな僕を見た父上が頭の横に生えている立派な二本の角をさすりながらにかっと笑う。
「大丈夫だアグニ、ただ少し気になっただけでなんともないだろう。もしものことがあっても父さんに任せておけ!お前と母さんくらいは守ってやる!」
「国民を守らないなんて、ひどいお父さんですねーアグニ?」
「アイシャ、そんな事言わないでくれよー。それは言葉のあやであってだな…もちろん、国民も守るぞ!」
いつのまにか側に来ていた母さんが父さんをからかってクスクス笑う。
ちなみに母さんも同じイフリートで力は弱いが誰にでも優しくいつも父さんを支えている。
「ふふ、わかっていますよ。アグニと一緒に帰りをお待ちしています。」
「あぁ、頼む。アグニ本当にすまないな。今度またゆっくり時間を作るからな」
僕は心細さから何も言えなかった。
ただ父さんが必ず解決してくれることを信じて小さくうなずいた。
それを見て安心したのか父さんはもう一度微笑んだ。
父上の命を果たし、入り口で待っていたノールーさんのところへ向かう。
その後ろ姿は父親の背中ではなく、この魔族領イフルランドの魔王アグニ王としての威厳に満ちた背中になっていた。
「流れ星はいくつ落ちた?」
「詳細はまだなんとも…おそらく100は落ちたでしょう」
「100か、不吉な数字だ。何事もなければいいが。」
僕はこの時、子供心に何か凄いことが起こるんじゃないかって思ってたんだ。
今までのたわいもない毎日の、ほんの一日から平和な暮らしが壊されるなんて誰も思っていなかっただろう。
それから数ヶ月後の事だ。
シルフランドの人間たちが突如魔族領に宣戦布告し、父上はあっけなく戦死したと聞かされた。
シルフランドに制圧された城にこだまするのは
「勇者様万歳!」
という人間の歓喜の声だけだった。