【おまけ】馬鹿につける薬はどこにも売っていない side ミランダ
気付いたら弥生。
年内どころか年度末。
この街には生花を挿さない花売り娘がいる。
何十年も前は本当に路上で生花を売っていた娘がいたらしい。
その花よりも美しかった娘に手をつけた男が居て、そこから花売り娘も売り物になった。
夕方以降、髪に生花を挿していれば餓死するようなことはない。
そして今は生花の種類や色で、どの置屋に所属しているのか、何人を相手に出来るのかという目印にもなっている。
私はいつも真っ赤な大輪を1本。
一晩につき1人だけ。
最初から太客の1本釣りでやってきた。
危ない目にもあったし、上手く金を回収できないこともあった。
それでも「これくらいでいいか」なんてお茶を濁すような妥協だけはしないと決めた。
無理をしなくなったら立っていられないし、抜け出せないと思った。
絶対、安売りはしない。
覚悟を決めて、必ず最下層から這い出そうと自分に誓った。
そんな私とは何もかも間逆の、花売り娘がひとり。
幼い容姿で、客を選ばない。
髪に挿す真っ白な紙の花は、花売りでいたくないという心の現われなのだろう。
ものすごく腹が立つ。
花を挿して生きていたい女なんか誰もいやしない。
それでも生きていくための最善がコレしか選べないから、歯をくいしばって立っている。
「私はみんなと違います」みたいな顔をして「仕方なく」なんて妥協で、「ここまでしか出来ない」と、やりたくないだけの限界を決めて、同じ場所に同じ職で立っていてほしくない。
自分以外の花売りを馬鹿にするな。
「私カワイソウでしょう」を戦略的にするのではなく、心から本気で思っているのがにじみ出ている。
それでもそれがうまく功を奏して、幼い容姿にプラスとなり常連もついて置屋からは出ていった。
私がこの世で一番嫌いなタイプの女。
唯一共通点があるとすれば、迎合しあうような女同士で群れないところだけ。
きっと私もあの娘も、自分の意思を曲げることはない。
そして客層や狩場が違う相手だから、どれだけ嫌いなタイプであろうと敵にはならない。
他の花売り娘にぶつければ蹴落とし合いになる言葉も、メルティにぶつければただの罵詈雑言だから私はストレス発散、メルティは客から「カワイソウ」を獲易くなる。
だからいつも嫌そうに耳を傾けているクセに、いつもあの娘は現れる。
私は売り出し時間もデートコースも曜日ごとに決まっている。
少し時間をずらすか、場所をずらすだけで一生会うことがないのにだ。
ほんと面倒くさい女。
こういう女が一番嫌いだわ。
そんなに嫌ならもっと花売り辞める努力しなさいよ。
―――とかそんなことを思っていた時期が私にもありました。
辞める努力どうこうより客を選べと伝えるべきだった。
急に見かけなくなったから、危険薬物マッチに手を出して死んだのかと思っていたけど、どうやら囲われていたらしい。
早めに捕まえることができたその夜の相手と一緒に食事をしていたら、あの2人も店に入ってきた。
何この偶然。私がこんな安いワインを飲むのも1年に数えるほどしかないのに、何でこう被るのか。
奥まった席から中央で2人の世界を作ろうとしている男のヤバさに周りも何となく引いていて、結果、望みどおりの世界が出来上がっている。怖い。
「あぁっその咀嚼されて唾液に包まれたグラタンになりたい」とかいう音を耳が拾うくらい静かな店内。
おかしい。
いつもなら安酒代表の店、元冒険者が始めた「冒険者による冒険者のための飯屋」は、家族連れが居なくなる時間帯なんて馬鹿な男の馬鹿騒ぎの声で明るく賑わっているはずなのに。
「ああっ…!嚥下されるその音もセクシーだし僕もメルティ様の胆のうで凝縮された魅惑の汁を浴びたいよ…!」
これ…なんの緊張感なのよ…!
声も出したくなげれば息もしたくないし全力で関りたくない。
ちょっとどうにかしなさいよ店主!
ここ飲食店でしょうが出禁にしなさいよ!
金縛りにあったかのような身体で唯一動く目でどうにか視線だけ店主を睨んだけれど、「マジですまん」のジェスチャーしか返ってこない。
え、なにこれ何の耐久レースなの?あと何秒我慢すればいいの?とさらに睨んでいれば男どもの雄たけびが上がる。
「おっ…おめでとーー!!!!」
「そっそうだそうだ!!めでてぇな!!!」
メルティは咽ながらも祝福の声に頭を下げている。
どうやら全力で店主に念を送っている間に肝心のプロポーズらしい言葉は聞き逃せたらしい。
良かった。悪夢は見ないで済みそうだ。けど今夜この店に連れて来た男は寝かせない。絶対泣かす。
まぁ花売りから足を洗えるようで何よりだけど…酒を振舞いに各席を回ってきた2人に何とも言えず黙っていることしかできない。
本ッ当にその男でいいの?なんて、少し頬を染めた嬉しそうなメルティには言えず。
しかし…そのメルティはゴホゴホとむせ続けている。
貸切にしてしまえば巻き込まれなかったのにという恨みを込め店主に向かって「何かヘンなもの食べたんじゃないのォ?」なんて大声で言えば…
「ヘンなものじゃないですよ!結婚指輪です!僕の!」
シーンとする店内。
「ああ…楽しみだな…メルティ様の濃い胆汁にコーティングされた僕の指輪…」
「うわっ、気持ち悪っ、サイテー」
信じられない…ここの店主は異物入りのグラタン出すのね。
もう何があっても2度と利用しないわ!
延々と異様な執着を醸す呟きに耳を奪われた私は堂々と店内で安いワインを吐いたし、全員吐いた。
何人かは治療院に運ばれたので原因不明の集団食中毒という事件へと発展し、店は半年の営業停止になった。
店は何故か潰れなかった。
あの時あの現場に居た客はいつでも半額だが誰も通っていないらしい。
殆どの人間が安心と安全が買えるように、生き方を変えたから。
真っ当な対人関係を築けるような、真っ当な生活と環境で生きる。
無害そうに振舞うような危ないやつとは関らない。接点を作らない。
大切な訓戒である。
もちろん私も、もう花は売っていない。
製造マシーン化したメルティと触れ合え無さすぎて
残念な進化を遂げてしまいましたとさ。(終)