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【3】動悸・息切れ・気付けにはハグと… side ギルバート




「ごめんね!ほんっとうにごめん!でもありがとう!!」 

 


 最後にメルティを抱いたのはもう4ヶ月前だ。


 謝り倒すよりも本当にヤりたいことはあるし、そろそろ発狂して下半身が爆発しそうなんだけど…こんなに疲れた目をした彼女を労わらずに抱くなんて非道なことはできない。否したいけど!



 ひとつひとつ美しく丁寧に作られた商品の数を数えていく。


 中身の検品はいくつか見るだけで、店頭に並べる直前にきちんと確認するから問題ない。

 今まで店で弾かれた箱は1万箱中4箱だ。それもこっちの扱いが理由だったから、ほとんど形式、商品を受け取るための儀式みたいなもんだ。



 多分この200箱も即完する。

 そろそろ3度目の値上げも視野に入れなければメルティが倒れてしまう。


 でも…、でも…メルティはこの4ヶ月【合法マッチ】の製作に追われて僕以外の客を取っていない。

 その事実だけは嬉しい。嬉しいけど!!!けーーどーーーー!!!



 早く治験薬の成果が出て、認可下りないのかな!?

 症状を抑える薬さえ出れば、【合法マッチ】の人気ももう少し落ち着くはず!!そうしたらメルティとの1年契約を切って、正式にグルセス商会に雇用できるのに!!!

 


 違約金を払って囲い込むのは商会も賛同してくれているけれど、新薬開発中のせいでまだマッチを製造できる場所が商会のどこにもないのが問題で交渉を持ちかけることは先延ばしにしろと言われている。




-----




 危険薬物マッチが流通し、違法だと国から指定された頃、商会内の医療薬部門は荒れに荒れていた。

 国から受注した依存症患者へ使われる投薬、その新薬の開発を急げと厳命を受けたからだ。

 

 国主導ではなく民間に任せるとかどれだけクズ王なんだとか思っていたら、うちの商会長は金だけ出させて口を挟ませないようにした。


 噂によると他の商会は監査が国から来る度に、業務も開発も滞るらしい。



 ただうちのボスが凄かっただけだった。



 そうして王都から6日も離れたリンゲージ子爵領にある研究所を改装し、国中に散っている優秀な商会子飼いの研究者を集め、なんとか治験出来るレベルの薬が出来た頃には危険薬物マッチは王都を中心に広がっていた。


 まだ一部の貴族が我先にと治験を受けに馬車を子爵領へ走らせている頃、国から声の掛かっている医薬品を扱う商会・その商店の店には、マトモな営業が難しくなるほど多くの罹患者やその家族が詰め掛けていた。




 僕自身は知識は多少あっても調薬出来ない、ただ王都の隅っこにある店舗2つを任されているだけの雇われ店長だ。


 それでも2店舗の従業員を路頭に迷わせないようにするだけの責任はあって、今まで以上に開かれる臨時の合同会議に出たり、医療の水準を保つためにもチームを作って1軒ずつ訪問し、地域の皆さんの健康が損なわれないよう注視して過ごしていた。



 疲労はどんどん溜まっていく。


 今までだってガラにもなく店長に就任してからは胃に穴が開きそうなくらいプレッシャーの毎日で、売上台帳の数字にもスタッフの小さな不満やウッカリ聞いてしまった愚痴でストレスいっぱいだった。


 

 そのストレスの捌け口にしていたのが…メルティ、白い紙の花を挿した花売りの少女だった。




-----




「ダッサいの相手してんのねぇ」

「・・・・・」



 クスクスとあざ笑う女は毎回メルティに絡んでいる同じ花売りで、毎回無言でやり過ごす彼女の影に隠れるように僕も無言であることが多い。

 …この手のタイプの女のひと苦手なんだよな…というか仕事じゃないのにこーいうクレーマーっぽい人と関りたくないんだよ…。

 


 2店舗を預かっている身としては、花をしょっちゅう買うような店長だと思われるのもあまり宜しくないだろうということで、風でも靡かない重くて暗い色のフードを被って、さらに保険として伊達眼鏡と黒髪のカツラも被っている。



 実際は暗闇でも光りそうなくらいの派手な金髪なんだよ…小さい時から目立ちたくないのにやたら絡まれるし…!



「やっと行ったね…」

「ごめんねギルバート様、いつもちゃんと庇えなくって」

「ううん、僕こそごめんメルティの後ろに隠れるなんて男らしくないよね」



 150cmにも満たない18歳の女性を盾にする170cm32歳のかわいこぶるおっさん。


 …うん最低。

 死ねばいいのに。 



 とぼとぼと、いつもの常宿へと手を引かれてリードされているのも自己嫌悪に拍車がかかる。

 メルティはいつも温かい言葉で、温かい身体で、冷え固まった全部を解してくれる。


 そんな変わらない日々の、ふぅっとひと息ついて生き返った夜更けにした、何気ない世間話のひとつが僕らの生活を変えた。



「やっぱり大きな商会ってやることの規模が違いますねぇ」

「だよねぇ…もう商会長のいる本店には100通を越えるの企画書が届いてるらしいよ」

「それだけアイディアを出せる人たちがたくさんいらっしゃることがすでに凄いですよ」



 宿の1階で注文したスープがどこぞの地方の激辛スープで僕らには飲めたもんじゃなく、「今まで食べた料理で何が美味しかった?」みたいな話をしていた延長で、そういえば商会内のコンペでの副賞に一流レストランのお食事券があったな、と思い出してコンペの要項を纏めたチラシを見せた。



 いつか一緒に行こうね、くらいは言ってもいいだろうか、えぇい言っちゃえ!…なぁんてドキドキしながら腕枕してたんだけど、メルティはチラシを眺めながら少しずつ意識を僕らの会話からどこか遠くへ飛んでいっている。



「【違法マッチ】売ってた子たち…知り合いでも何でもないんですけど顔は覚えてるんですよね…」


「…そうなんだ」



「もし生まれるのがあと少し遅かったら…私が売ってたかもしれないんですよね…」


「…そう、かな」


 

「それで、私みたいなのはなかなか売れないからきっとひとりで燃やして…ひとりで狂って死んでたと思います…」


「…そう、ならなくて、良かった、って…」



 そんなこと言う不出来な僕でごめん、個人や地域の平和は願えても国や世界の平和を祈れない僕が隣に居てごめんね。


 抱きしめながら懺悔のようになってしまった、ダメな大人代表の僕の腕の中にいるのに、彼女には届いていなかったようで―――



「だから、ちょっとあの子たちの代わりにリベンジしたくって…弔い合戦?みたいな企画ってどうでしょうかね?」


「ん?どういうこと?」



「だってこのコンペって、新薬が出るまでのつなぎになるものを出したいんですよね?」


「…そうなの?」


 

 忙しくてちゃんとは目を通してないけれど、新商品企画のコンペ募集要項チラシには提出期限と、提出先「医薬品部門」と1位から10位までの賞金や副賞くらいしか書かれていなかったはず。



「ほら、優勝賞金の後ろにカッコで(材料・製造費)になってます」

「…ちっさ!!!文字ちっさ!!!」


 詐欺か!!!商会内詐欺か!!!

 パァッと使うとか出来ない夢もなにもない賞金じゃないか!!コレじゃただの補助金!!



「新商品の原価設定も決まってますし…この原価でいくと、この賞金で作れる個数は…えっと…まぁ失敗しないとすると2000個くらいですよね?」

「そうなる、の?」


 …メルティ計算早くない?



「2000個だとすると王都とか…主要都市で寒くなる前とか、季節の変わり目に出回る商会の最小ロットじゃないですか?」

「・・・・・かな?」


 …え、何の話してんのか分かんない僕の頭が悪いのかな?



「きっとそうですよ!グルセス商会の風邪薬ってどこよりも早くそれくらい出てますもんね!」

「風邪薬!」


 言われて見ればそうかも!!っていうか店やってる僕より勘が良くない!?



「締め切り期限も早いってことは…近々、大都市で、一気に売りたい、医薬品関連商品ってことでしょう?」

「そうだね…!?」


「だとしたら、今この王都で一番やっかいな薬を凌ぐような、新薬が出せるまでどうにかこの騒ぎを抑えるような新商品のアイディアが欲しいっていうコンペですよね?」


 …なんかドドドと惚れ直す勢いと同じくらい、僕の情けなさが浮き彫りになるんですけど!?



「…いいコンペですね、さすがグルセス商会です…そっか、もう100通越えてるんだ…」



 …多分、賞金の大きさに釣られて何にも分からずに応募してるのが8割だと思うよ…ごめん…。


 思わず謝罪の気持ちを込めてぎゅっとしてしまう…あぁでもこれ僕が安らぐだけだった…抱きしめてるだけで幸せとかナニコレ最高…。



「そういえばさっきリベンジ?のアイディアがあるって言ってたっけ、メルティのアイディア出してみる?」

「え、商会内のコンペに部外者が参加していいんですか?」

「僕と連名にしちゃえば平気平気、たぶん調薬の知識がない職員は薬師と連名で出してるし、その薬師が商会内の人間とは限らないしね」



 商会内コンペではよくあることで、そこから専属で短期契約だったり場合によっては引き抜いてきたりもしているからこそ、人材が増えた分、他国にも支店が増え続けている。



「ね、やってみようよ」


 僕らの共同作業!!名前が並ぶ!共同作業!!!これはもう夫婦と言ってもいいんじゃないかな!?どうしよう指輪用意しちゃう!?


 





 …とか何とかバカなことを考えたせいなのか、そうなのか神さま。




 4ヶ月ちょっと前にコンペでまさかの優勝。


 そこから1ヶ月ちょっとでどうにか伝手を辿り場所を見つけて生産体制を整えながら、製造だけはメルティひとりで2000箱用意。


 さらにその1ヶ月後―――店舗を開けるに開けれない状況の中、販路を確保しボスが国から認可を取り付け、販売に漕ぎ着けて…まぁその1ヶ月もメルティはひたすら製造マシーンと化し、花売りは当然休業状態。



 そして販売が始まってからこの2ヶ月間の製造も合わせて8000箱。



 やっと新薬も認可が下りたので、この大ヒット商品も落ち着くはず…落ち着くと信じたい…!でも200箱はありがたい…!


 何せ類似品も粗悪なもの以外が出始めたので、ここで押され負けるわけにもいかない。



 でも折角他の客と切れたんだから、このままメルティが花売りを卒業して僕に永久就職してくれるようにどうにか…どうにかしたい…!


 その為にもメルティに頼りっぱなしのこの状態から!どうにか脱け出したい!


 まだ客のうちのひとりでしかない状態から!オンリーワンになりたい!


僕の涙を拭ってくれるのはメルティがいい!メルティを抱きしめるのは僕だけがいい!



 ああ!疲れてくったり顔も可愛い!!

 でも元気なほうがもっと好き!!きゅん!!





 そんな愛しい気持ちを萌やしながらその後プロポーズに到るまで半年掛かるんだけど、その場に居合わせたミランダさんから「うわっ、気持ち悪っ、サイテー」と、低評価なお言葉を頂いた。


 えっ?!そそそそんなにダ、ダメだった!?



「まぁギルバートさん以外なら接近禁止令を取り付けるくらいにはダメですね」


 えええええええええ!!!!

 ごめんなさい!!!

 捨てないで!!!離れないで!!!



「大丈夫ですよ、ギルバートさんだからそのプロポーズでお受けします」


 僕が僕でよかった!!!

 ってああ、違う!こうやって許してくれるメルティがメルティでよかった!

 


 …でもあんまり甘やかされると僕、調子乗っちゃうよ?ハグして…ちゅーしちゃっていい?いいよね?



「メルティ、…大好きっ」

「私も大好きですよ。じゃなきゃあんなに働きませんって笑」




おしまい。

あと+1話オマケを年内に書く予定です。

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