【2】成分の半分は私の優しさ(尊い犠牲)で出来ています。 side メルティ
繁華街の奥にある白く高い塀と、大きな緑の扉が目印の ”クレアの店”。
小さな看板に刻まれた文字だけじゃあ何の店だか全く分からないけれど、知る人ぞ知る、とんでもない美女が10名在籍する高級娼館だ。
ざっくりと建物の中を紹介すると、美女たちの部屋が12部屋、衣裳部屋、世話係の大部屋2つに事務所、宴会場がある。
正直、花売りをやっている私には敷居が高すぎるくらい高く、当然部屋を与えられるような契約をクレアさんと結んでいるわけではない。
けれど、ここに在籍している美女は10名。
部屋は12部屋。
余っている2部屋のうち1部屋をクレアさんのご好意と少しの下心から格安で貸してもらっている。
ここほど防犯レベルが高く、商談に向いている場所はない。
緑の扉は飾りなので裏口の守衛さんに部屋の鍵を借りて館内へと足を踏み入れると庭で晩酌中のクレアさんが居た。
ちなみにクレアさんも年齢不詳の美女である。
「いらっしゃいメルティちゃん」
「こんばんは」
庭にあるランプの灯りがピンクやオレンジと暖色系なせいか、柔らかく照らされたクレアさんがますます人間離れした美しさになっている。
神話の中の女神様かな、女神様だな。
しかも美を司る系の。
合掌。ありがとうございます。
ミランダさんで疲れた目と心が浄化されるようだ。
「あ、これダリオさんからの差し入れです」
「ありがとう……ぇっ…やだもう…あの人ったら…」
渡したバスケットにはいつも通り夜食になりそうな軽食と、ラブレターが1通。
恐ろしいことに、この美しすぎる女神様とムサくるしい元冒険者さんは夫婦なのである!
どんなミラクル!!!!
しかも未だに甘酸っぱい感じの永遠の恋人!!!
どうやって口説いたんだダリオさん!!!
未だにドキドキしすぎるからって、ずっと一緒に居られない別居夫婦!!
でもどっちも好き過ぎてメロメロ!!!
一風変わった希少な夫婦がこの世に存在していることを、多分この娼館の関係者くらいしか知らない。
クレアさんがラブレターに夢中になっているので、コソコソと音を立てないよう部屋へと向かった。
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部屋の鍵を開けると部屋の空調が動き出し吊らされたシャンデリアにほんわりと灯りが点る。
「すみません、いつも散らかっていて…どうぞそちらのソファにお掛けくださいギルバート様」
「ううん、気にしないでいつも急かすみたいに待ちきれなくってゴメンね」
「いえ…あの、すぐお持ちしますので…」
一礼して応接間のようになっている部屋から奥へと下がる。
12部屋あるうちの1部屋ではあるものの、部屋の中はそこらへんのアパートよりも広く、応接間、ベッドルーム、簡易キッチン、無駄に広いお風呂とどこの調度品も美しい。
私の借りている2階の部屋からはクレアさんの居る幻想的な中庭も見下ろせるし、本来は非現実的な雰囲気たっぷりの宮殿のような部屋だったのだろう。
私が4ヶ月前に借りてからは…何という事でしょう、見るも無残な生活感溢れる部屋になりましたよ!
机から溢れる資料、絨毯に染み込んだ黒いインク花たち、広いお風呂場は今や作業部屋となり一定の温度と湿度で培養する菌類のシャーレ棚!そして水を張った浴槽で水耕栽培されるハーブたち!
…どうしよう、部屋を返す時、元通りに戻せる気がしない。いくら掛かるんだろう…。
唯一綺麗なままなのはベッドルームのベッドだけ。
何故なら眠るのも、そのベッドの下の絨毯で検品しながら寝落ちが多いから…。
そりゃベッドで眠ればいいんだろうけど…こんな汚い格好で、白いレースの天蓋付きベッドなんて…ふわふわベッドなんて…この店の美しいお姉さまたちの聖域すぎて、私には侵せない領域だ。
悔しいことに、ミランダさんの言うことは的確である。
18歳なのに身長はサバを読んでも150cm、胸元の開いた服なんて着られないくらい凹凸もなく、昼間出歩いて外食でもしようと店を選んでいたら「お嬢ちゃん迷子かな?」なんて誘拐されかけることもある。
子どものお使い程度のことならいくらでも声を掛けられるのに、普通に就職することがとても難しい外見。
こんな見た目じゃあ劇場や馬車が子ども料金で済むくらいしかメリットがなく、身寄りもない私は孤児院を出た15歳から花売りになった。
最初から個人でやっていけるわけもなく、衛生的とは言えないけれど雨風を凌げる程度の大部屋がある置き屋に所属した。
月に3人お客を取れば、朝昼兼用の食事には困らない生活になった。
月に5人お客を取れば、連れ込み宿にあるぬるい湯ではなく、お風呂屋で汗を流せるようになった。
月に10人お客を取れば、置き屋から抜け出して、小さなアパートで1人暮らしできるようになった。
ミランダさんの言うことは本当に的確である。
どうやら私は一部の男性からはとても好評なのだ。
ただし、これ以上は無理だった。
肌を合わせれば心も合わせたくなってしまい、擦り切れていく。
これ以上、生活の質を向上させるだけのお客を取る気にもなれず、かと言っていつまでもこの仕事を出来ないのが花売りの宿命。
ミランダさんはあんなクソみたいな性格をしているけれど、ほぼ毎日お客を取っているだけに…実はちょびっと尊敬をしている。
ド派手な化粧に高そうな装飾品。
派手な女性を連れまわしたいという男は多いらしく、いいマーケットに定住していると思う。
ミランダさんは花売りの中では高額で、それに見合った高そうな女である。
そう、「高そう」であって、実際あの装飾品は全部イミテーションの安物だ。
どれだけ溜め込んでるのか気になるところだけれど、私もこの数ヶ月で随分と稼いだ。
ベッド下にある検品済のトランクを持ち応接間へと向かう。
「お待たせ致しました、納品200箱、どうぞご確認ください」
「ホントにごめんねごめんね!ホントに助かるよ!!」
1箱24本入り、鎮痛薬入りマッチ、通称【合法マッチ】。
白猫印のものは、すべて私が作り、卸している商品である。
国内は勿論、国外でも知らない人は居ない白猫印のグルセス商会。
取り扱われる商品は高品質でブランド力もあり、この新商品も商会への信頼から世間に出回っている40000箱のうち1万箱は白猫印だ。
ただし失敗作や不良品を含めると確実に24万本以上のマッチを作った私には最早効果は分からない。
安眠どころか寝落ちしていても夢でマッチを作っている。終わらない。つらい。
「ちょっと小銭が稼げて、副業になったらいいな」なんて、軽い気持ちで参加したグルセス商会の商会内コンペ。
共同でやろうと参加を誘ったほうも軽い気持ちだったんだと思う。
企画コンペで優勝はしなくても、7位8位くらいのお食事券とか…あわよくば4位くらいの旅行ペアチケットで「一緒に行けたらいいね」なんてよくあるピロートークのひとつだった。
特に気負いもなく、ふたりの話のネタのひとつとして軽い気持ちで作った資料と見本品。
どうブラッシュアップしたのかまでは見届けることなく、その後もいつも通りに過ごしていた。
ギルバート様が「メルティおめでとう!どうしよう!!!」と涙目で白い猫のトロフィー(大)と優勝賞金を持ってくるまでは。