【1】皆さん、用法用量を守って正しくお使いください。 side メルティ
夕暮れ時。
街灯に火が灯されるようになると、ふわりふわりと飲食店からは美味しそうな香りと楽しげな笑い声が流れてくる。
そうして1軒目、2軒目とはしご酒を楽しむ男たちにとって多少の美醜は気にならなくなるような時間帯になると、店の角や馬車の停留所近くに1人、また1人と女たちが服や髪に生花を挿して立ち、花を売っていた。
娼館もあるにはあるが如何せん高級なため一見さんお断りの店が多く、所属している選ばれし女も限られている。
そのため庶民が少し背伸びした程度のお金で遊べるのは花売りの女たちだ。
ただし、安い酒があるような賑やかな店の前は要注意である。
「マッチィィィイイイイー!!!!マッチはいかがぁー!?」
「マッチ!!!!合法!!合法マッチありますぅ!!!」
「うちのは成分含有量マックスですわーーー!!!!」
何故なら半年前、火をつけると幻覚が見えるマッチがバカ売れしたのである。
マッチの先―――頭薬に危険薬物が混ぜられてあったため、連続使用すると酩酊状態になり、頭の中枢神経を破壊し、頭痛や吐き気が引き起こされるのに「いい夢が見られる」と依存性は高く、売り物にこっそり1人で手を付けていた少女も、少女の常連客も心肺停止で死亡していた。
危険薬物マッチは未成年の花売りの少女を中心に20名ほどが販売していた。
そのうち半分以上が客と一緒になって使っていたことで、幼い中毒患者の集団は今後病院から生きて出られそうにもなく、世間を騒がせる一大ニュースとなり、少女たちを束ねていた元締めがスピード検挙された。
マッチに塗りこまれていた薬物もマッチ自体もすぐ国で取り締まり対象となり、違法薬物に指定され全て処分されたが、一度か二度使ったことがある軽度のリピーターがあまりにも多かった。
暴動が起きるよりはと、成分は全く違うものの安眠作用が強い薬効を含んだ【鎮痛薬入りマッチ】の販売が許可された。
それがいわゆる【合法マッチ】。
危険薬物マッチが花売り市場に登場し消えるまでに約3ヶ月。
花売り約20名、売れたマッチ箱はおよそ7000箱。
そこから1ヶ月後に登場した合法マッチはこの2ヶ月で花売り約70名、売れたマッチ箱はおよそ40000箱。
今年一番の大ヒット商品である。
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安酒代表の店、元冒険者が始めた「冒険者による冒険者のための飯屋」の店先は、日が沈んでから少しした後…食事の家族連れの客が居なくなった頃合になると賑やかだ。
ここで腹を満たした冒険者や小金を持ってる軍人たちの2軒目3軒目に同伴し…あわよくば連れ込まれたいと合法マッチを片手に花売りの女も店先に集まる。
店主も営業妨害だけはしてくれるなと通達しているので、花売りたちも客層が変わりきるまでは露出の高い格好で店先をうろついたりしないし、叫ぶのだって「宵の口だけ」と弁えている。
まぁ…叫んで客寄せするような女は実は短時間でマッチだけ売りたい商人や薬屋の売り子で、生花を挿しておらず―――花売りではない者が殆どだ。
それを知っていて、今夜も皮肉を赤い唇から垂れ流して絡んでくる花売りがいる。
「まぁまぁまぁ!今夜も良く燃えそうな花なのね!叫んで燃えて見せればあなたでも売れるんじゃあないかしら?」
「・・・・・」
そんなアクロバットなことしたら酒場の店主であるダリオさんに水ぶっかけられた後ブッとばされるっつーの。
「というかそんな地味な格好じゃあ紙の花が浮いているみたいで存在感ないわよねぇ」
「・・・・・」
その存在感のない相手をよくもまぁ速攻見つけて毎回つっかかってくんな、暇か暇なんか。
「同じ花売りとして恥ずかしいわぁ…そんなちんちくりんで18だなんてターゲット層がマニアック過ぎて私には無理だわぁ」
「・・・・・」
私もあんたが毎回捕まえてるアホそうな酔っ払いを相手に一晩明かすなんて絶対無理よ。絶対性病持ってそう。
「ああ愛しのカナリア、もういいじゃないか早く宿で俺のためだけに鳴いてくれ」
「ええもちろんよジェフ、今夜はアロマキャンドルも持ってきたのよ」
「・・・・・ぅぁ」
うぉぇぇぇぇぇぇっキッッモ!!!!
お前レベルが囁いていいセリフじゃないぞ!!!!
「・・・ぁ、あのぅ・・・ミランダさんも・・・その、マッチを・・・?」
「?当たり前じゃないの、花売りならマッチは必需品でしょう?ああ!マッチを仕入れるお金も無いのかしら!!無いわよね!あはは!!!」
「・・・・・」
うざーーー!
ちょーーーっっと乳とケツが腫れてるだけの花売りだろうが!
10年後はずぇーったいタレてるだろうに!
寧ろ垂れて伸びきって乳マフラーにしてしまえ!!
「あらおチビちゃん、あの裏路地にいらっしゃるの気味の悪いフードの方あなたのお客じゃなくって?」
「・・・・・」
「ああ本当にカワイソウ!合法ロリだとあんな客ばっかりよね…!せめて合法マッチの1箱くらい譲ってあげるわ!」
「・・・どうも」
「なぁに、もっと感謝してくれていいのよ?!正真正銘の白猫印の合法マッチよ!?」
「・・・ですね、ありがとうございます」
「ああ嫌だ嫌だ、物の価値が分からないちんちくりんなんてああいうキモい客とお似合いね!もう行きましょジェフ♪」
「・・・・・」
「何か…いつ見てもすごい人たちだね…怖くて近寄れないんだけど…」
「ああ申し訳ございません、お待たせ致しました」
「んーん、だいじょぶ。僕らも早く行こ」
嵐が去ったあとは静かなもので、気付けばミランダさんも叫んでマッチを売っていた女たちも店前からは消えていた。