第1話 ハーメラの決断 後編
奴隷商人の言葉に衝撃を受けたハーメラ。
あの男が差し金とは一体どういう意味なのか?
話の続きを待っていたその時、
「...帰ってきたのね」
マースの魔力を間近に感じる。
彼が家の扉に手を掛けると同時にハーメラは使い魔を召還させた。
マースとの時間が何よりも大切、ターニャの事は後にすれば良い。
ハーメラは次にする事を決めていた、
「ただいまハーメラ」
玄関の扉を開けるマース。
愛しい人の帰宅、ハーメラは満面の笑顔で迎えた。
「おかえりなさい、どうだった?」
「もちろん全部売れたよ、さすがはハーメラのポーションだね」
空になったリュックを見せるマース。
底に小さな袋が入っているのを見逃さなかった。
さっき露店で買ってくれたネックレスだろう。
ハーメラは敢えて気付かないフリをした。
明日にでもマースが渡してくれると分かっていたのだ。
「ポーションを作ったのはマースよ、私は見ていただけだから」
「そんな事無いよ」
他愛もない会話を楽しむ二人に幸せな時間が過ぎる。
着替えたマースは夕飯を作りだした。
この家での食事は全てマースが用意していた。
ハーメラが作る事は殆ど無い。
彼女が下手という訳では無い、それには理由があったのだ。
「おいしいわ」
マースの作った食事を食べるハーメラ。
彼の料理はとても美味しく、ハーメラは次々と平らげて行った。
「良かった...」
嬉しそうなマースだが様子がおかしい。
「どうしたのマース?」
「...疲れたのかな...なんだか眠くって」
「たくさん歩いたからでしょ。
今日は早く寝なさい、後片付けはやっておくから」
「...ごめん、ハーメラまた明日」
マースが寝室に消えて行く。
しばらくテーブルに待機してハーメラも寝室に向かった。
「よく寝てる...ごめんねマース、睡眠」
眠るマースにハーメラは眠りの魔術を重ね掛けする。
先ほどの食事中からマースに気付かれないよう、ゆっくり睡眠魔法を掛けていた。
これでマースは明日の昼過ぎまで起きる心配は無い。
「さて...」
マースに口づけ、ハーメラは立ち上がる。
クローゼットから一着の服を取り出し着替え始めた。
「行きますか」
着替え終えたハーメラ、ギルド公認の大魔道士である証明の刺繍が入ったローブに身を包んでいた。
「転移」
ハーメラが詠唱する。
光が降り注ぎ、彼女の姿が寝室から消え失せた。
「久しぶりに来たわね」
無人の部屋に転移したハーメラ。
室内は立派な調度品、壁の本棚には膨大な書籍が並んでいた。
「情報部のアレクは居る?」
部屋から出たハーメラは通り掛かった1人の男に尋ねる。
ハーメラに声を掛けられた男は驚く様子もなく頭を下げた。
「これはハーメラ様お久しぶりです、アレク部長は在室されておりますよ」
「ありがとう」
男に軽く手を振り立ち去るハーメラ。
ここは世界のギルドを統括する本部。
そしてハーメラが転位したのは彼女の為にギルド本部が用意している私室だった。
「アレク入るわよ」
「ハーメラ様じゃないですか、ご機嫌麗しく...」
ノックもせずハーメラは大きな扉を開き中に入る。
部屋に居たのは1人の男。
立派な体格で目付きは鋭い、ただ者では無いのは明らだった。
「余計な挨拶は良いのよ、私が来たのは気付いていたでしょ?」
「まあな」
アレクの態度が変わる。
顔馴染みの二人に遠慮は不要だった。
「今日は何だ、依頼でも受ける気になったのか?」
「それなら調査室に来ないわ、聞きたい事があるの」
「ターニャか?」
アレクはハーメラが聞く前にターニャの名前を出した。
「ええ、私の住む街にターニャのパーティーメンバーが奴隷として売られて来たわ」
「そうか...なら理由は知ってるな?」
「詳しく教えて欲しいの」
「分かった、奴隷としてお前が見たのはおそらくターニャのパーティーメンバー、戦士のへカンだ」
「どうして分かるの?」
「へカン以外他の奴はターニャに皆殺しにされたからな」
「へえ~」
特に気にするで無くハーメラは頷いた。
奴隷市で見たへカンは正に生きる屍。
激しい拷問と恐怖、簡単に想像出来た。
「奴はターニャを自分達の性奴隷にする為、姦淫の紋をターニャに刻んだのさ。
怪我をして療養所で休むターニャに、治療と称して買収した医者に刻むよう命じてな」
「...姦淫の紋ね」
姦淫の紋を刻まれた女は淫靡に墜ちる。
恋人がいたなら、それが背徳となり一層の淫蕩に耽ってしまうのだ。
こうなれば冒険どころでは無い、
「良く外せたわね」
姦淫の紋を刻まれた女は性奴隷になってしまう。
頭の中がセックスの事以外無くなるのだから仕方ない。
「自力で外したそうだ」
「まさか....」
正気を保てない状態のターニャがどうやって姦淫の紋を外す事が出来たのだろう?
「男が居なくなって正気に戻ったんだろう。
背徳感が無くなって我に返る、前例が無いわけじゃない。
もっとも女は全て自殺したそうだが...」
「....ターニャは死ななかった」
「ああ、ターニャは行く先々のギルドに依頼を出してるそうだ。
マースの行方捜索をな」
「そう...で?」
「ギルドは断ったんだが、諦め切れないターニャの願いに依頼を受けたそうだ...」
「冒険者のマースはもう死んだ事になってるからね」
「お前が奴の死亡届けを出したんだろ、ハーメラ」
「そうよ」
三年前、ギルド本部の依頼で遺跡調査に赴いたハーメラ。
ギルドが結成した調査隊に加わったのがターニャに捨てられ、雑用仕事で食い繋いでいたマースだった。
困難を極めた調査、窮地を救ったのがマースだった。
『何かして欲しい事があったら言って』
帰還したハーメラがマースに言った。
『弟子にして下さい』
マースの願いにハーメラは聞いた、
『どうしてなの?』
『1人で生きて行く力が欲しいんです』
『...それって?』
詳しく訳を聞いたハーメラ。
そして誓った。
『私は絶対に貴方を裏切らない』
マースの死亡届を出し、新たな戸籍を与えたハーメラ。
生まれ変わったマースを弟子に迎え、ハーメラは全身全霊をつくして彼を癒した。
そんなハーメラにマースも心を許し、二人は結ばれたのだ。
『絶対にマースは渡さない。
死にかけた私を助けてくれたマースを、愛する貴方をあんな女なんかに...』
ハーメラの目が血走った。
「気を付けな、今のターニャは狂っているぜ」
「でしょうね」
「報告によれば完全に目が逝っちまってるそうだ」
「薬でもやってるの?」
「多分な、ターニャは無茶苦茶な依頼を次々こなしている。
身体は薬でボロボロだろう」
「...勝てないか」
「今のターニャにはな」
「分かった」
ハーメラはマースを連れて旅に出る事を決めた。
ターニャが薬で狂い死ぬまで。




