きっかけ
夕陽が少しずつ傾く様子が窓から見える。
そんなサークル室で、星野は北川に幼いころの記憶を語った。
俺は小さいころから内気な性格で、友達なんて全然いなかったんだ。
一人で公園で遊んだり、家でひたすら絵本を読んでいたり。
でも唯一、そんな俺と仲良くしてくれる友達がいた。
名前も顔も覚えていない。出会った場所すら覚えていない。
だけれども一緒に遊んだことだけは覚えているんだ。
女の子だった。
そんな彼女は、星を見ることが好きだった。
たしか…そう、たしかそうだった。
彼女が星のことについて楽しそうに語っていた、その文字面だけが脳内に残っている。
音声もシチュエーションも削ぎ落した無機質な状態で。まるでそこへたどり着く道を断つかの様に。
そのうち俺も星を見ることが好きになった。
「その子のこと、好きだったの?」
「どうだろう。幼いながらに未完成な恋心は抱いていたのかもしれない。でも、もしかしたらそれは憧れで、彼女と対等に話したいから星を好きになったのかも」
星野は深いため息を吐いた。
「結局、本当のところは自分でも分からない。」
「その子とはその後どうなったの?」
「俺が小学校に上がるくらいの頃に遠くへ行っちゃったと思う。その後のことは全く分からないんだ」
星野の返答を聞いた後、北川は気まずそうに沈黙してしまった。
夕陽の終末の光が2人を照らし、部屋全体を赤く染める。
「そろそろ帰ろうか」
北川がそう言うと、2人は部屋を後にした。
中学校での講義当日
「緊張してるの?」
北川が心配そうに星野に話しかけた。
「大丈夫。そういえばきっかけ、北川のやつ聞いてないな」
北川は一瞬笑みを浮かべた。
「私のはね、本番のお楽しみ」
そしてついに開演の時間となった。
星野から天文を好きになったきっかけを話す。
曖昧な記憶を丁寧に辿って、時に説明を付け加えながら。
それを北川は横で見つめていた。
星野のスピーチが終わり、会場から拍手が起こる。
星野は深々と礼をしてステージを去り、北川を横目で見てバトンタッチをした。
ステージに登壇した北川が口を開く。
「私が天文を好きになったきっかけは、背伸びです」
そう言って北川は話を続ける。
「高校生の頃、私は近所の天文台でバイトをしていました。時給が良かったから。単純でしょ? そこである男性に出会ったの」
「その人は毎日毎日その天文台に足を運んでひたすら星を眺めてた。私には当時、星に対してそんなに興味を持てる理由が分からなかった。でもだからこそ、私にとってある意味未知なものに興味を持って熱中できるその人が大人っぽく見えた」
そこで北川は軽く笑った。
「この時期って丁度大人になりたくて仕方のない時期だから。一生懸命背伸びして少しでもその人に近づけるように、大人になれるように、私は星に興味を持った」
きっかけを語り終わり、北川は星野のもとへ向かった。
「お疲れ様。きっかけ聞いて驚いたよ。そんな人がいたんだね」
「そうなの。不純な動機って言われそうで中々他人には言えないけどね」
そんなことないと星野が言おうとした時、1人の男の子がやってきた。