絵本
星野がそんなことを回想していると、高橋に呼びかけられた。
その声で懐かしさに浸る自分から解放される。
「この絵本は何?」
高橋はそう言って、さっき星野が見つけた絵本を手に取る。
北川も不思議そうに高橋の後ろからその本を覗く。
「分からないんだよね、全く記憶にないんだ」
そう星野が答えると、高橋は絵本の内容を声に出して読み始めた。
むかしむかし、お空の星のおひめさまがいました。
おひめさまは遠いところにいる男の子のことが気になっていました。
おひめさまは、どうしても男の子と遊びたいと思いました。
でも、男の子のところまでは遠くおひめさまは行けません。
そこでおひめさまは、まほうを使うことにしたのです。
そしてそのまほうのおかげで、おひめさまは男の子と会うことができました。
ずっと遊びたかったおひめさま。
男の子とかけっこしたり2人でゆっくり話したり
男の子も、おひめさまをひみつの場所へつれていって、いっしょに遊びました。
でも…
「あれ…?」
絵本はそのページで終わっていた。
厳密に言うならば、それ以降のページが無造作に破られていたのである。
「ガキの頃の星野が破ったのか?」
冗談交じりに高橋が言う。
星野はというと、ここまで絵本の内容を読んでも全く思い出せていなかった。
「“でも”の後、何が続くんだろうね」
北川が呟く。
「お姫様が男の子と遊べなくなっちゃったのかな」
そんな北川をよそに、高橋はどうせ絵本だからとすぐさま別のものへと興味を移していた。
星野も絵本のことについて真相を究明することを諦め、絵本を捨てるもの用の段ボールへ入れようとした。
すると北川が星野に話しかける。
「その絵本に描かれてる星、とても綺麗だよね」
北川が絵本を開き、とある1ページを選ぶ。
それは丸ごと挿絵のページで、お姫様の住む星とその周辺の星たちが描かれていた。
「たしかに綺麗だね」
星野も同意を示す。
「こんな星、見られたら良いのにね」
そう言うと北川も再び高橋の荷物整理に合流した。
星野は少し考えて、新居に持っていく用の段ボールにその絵本をしまい直したのであった。
ある日、天文サークルでの出来事
大学の近くにある中学校の生徒に対して天文の素晴らしさを教えるということで、何人かが講義に行くことになった。
こういうときのメンバー決めはどのように行われるのか。大体相場は決まっている。
意欲ある人の立候補で終わるならば穏便に迅速に終わるのだが、残念ながら例のごとくくじ引きに帰結した。
「マジか…」
先が赤色、すなわち講義に行くメンバーのくじを引いてしまった星野は、苦い表情を浮かべていた。
座っていた席に戻りくじ引きの方向に目を向けると、星野の次の順番だった北川がくじを引いている最中だった。
結果は…北川の表情で火を見るよりも明らかだった。
結果的に星野と北川とその他数人が選ばれて、高橋は見事メンバー入りを回避した。
勝ち誇った笑みを見せる高橋と適当に絡んだあと、星野と北川は早速講義の準備に取り掛かった。
今回の講義はいくつかのパートに区切られている。
2人が担当するのは「天文に興味を持ったきっかけ」というパートだった。
「きっかけか…」
サークル室の天井を見上げながら星野は呟いた
「何で天文に興味を持ったの?」
北川が尋ねる。しかし、星野はすぐには口を開こうとしなかった。
「幼いころの記憶にあると思うんだけど…正確には思い出せないんだよね」