第6話 商売開始
俺とマルティーヌは製作した武具を身に付け、冒険者ギルドの待合室で、その時を待っていた。
「――受付のお姉さん、この5匹のゴブリン退治の依頼を受けます」
「かしこまりました。傷薬と松明は、ギルドを出てすぐ左のサルヴァトーレ錬金付呪店でお買い求めください」
「分かりました。――よし、行こうぜお前ら!」
「おお!」
まだ15歳もいっていなさそうな少年たちが、ギルドの外へと出ていく。
俺は彼等の後を追い、出口を出た時にリーダーの肩を叩いた。
驚いて振り向いた少年たちに、にこやかに話し掛ける。
「俺達が今身に付けている、ゴブリン退治用の装備をレンタルする気はないか?」
「――いや、この武器があれば十分なんで必要ないです」
リーダーは、長い木の棒に包丁を括りつけた物を自慢げに掲げる。
予想通りの展開だ。
これまで装備レンタル業なんてものはなかったので、彼等にはこのサービスのメリットがどれ程のものなのかが想像つかないのである。
レンタル料は依頼報酬の2割。
それ以上の価値があると思わせなくてはいけない。
つまり、ここからが俺の腕――いや口の見せ所という訳だ。
「ほう、その槍は自分で作ったのか? 悪くはないな。ゴブリンが村に攻めてきた時、柵越しに攻撃するにはもってこいだ」
褒められたと受け取ったのだろう。リーダーは照れ臭そうに鼻の下を指でこする。
「――だが、巣に攻め込むとなると、話は別だ。その長さは不利にしかならない。奴等の巣は驚くほど狭いぞ?」
リーダーはムッとした顔をする。
「アンタ別に冒険者じゃないんだろ? 何でそんな事分かんだよ?」
「確かに俺は冒険者ではない。でもゴブリンなら何百匹も殺している」
「え……?」
「わうん!? 本当ですか!? エージさんって、そんなに強いんですかー!?」
少年たちを驚かすつもりで言ったのに、マルティーヌが一番びっくりしてしまった。
「ゴブリンを倒すなら、リーチの短い武器を使え」
「うーん、でも……分け前が減っちゃうし……」
「ケガをして傷薬を使う方が、報酬は格段に減る。それは分かるか?」
「うん、まあ……」
彼は傷薬の高さがちゃんと分かっているようだ。ならば簡単に落とせるだろう。
「お前達がケガをしたら、ウチの傷薬で治療してやる」
「――えっ、本当ですか!?」
リーダーが食いついた。完全にこちらのペースである。
報酬額の2割では、傷薬を1本使用するだけで赤字になってしまう。
だが俺は、無傷で依頼を達成させてやれる自信がある。
いや、別に赤字になってもいいのだ。リピーターになってくれれば、次回に利益を出すチャンスが生まれるのだから。
「ああ、本当だ。――それと、この防具には毒耐性が付いている。毒消しも買わずに済むぞ? つまり装備をレンタルすれば、お前達は薬を買う必要が無い」
「おお……!」
リーダーは、仲間たちの顔色をうかがい始めた。――よし、最後の一押しだ。
俺はマルティーヌに目配せをする。
「――防具をちゃんと着ないと、こうなっちゃいますよ?」
マルティーヌは自分の左手を少年たちに見せた。
彼等の顔色が一気に変わる。
リーダーは他の3人と小声で相談すると、俺にゆっくりとうなずいた。
「よし、交渉成立だな。じゃあウチの店まで来てもらおう」
彼等が工房で防具を身に付けている間に、俺はマルティーヌに見世物のように扱ってしまった事を詫びる。
予想通りと言うべきか、彼女は「これで皆さんの命が助かるなら、全然かまわないです!」と笑顔で答えてくれた。
それを見て、何があっても彼女だけは守ろうと、俺は心に誓ったのであった。
* * *
俺達は依頼主の村から足跡をたどり、ゴブリンの巣の近くに到着した。
「これから奴等の巣に踏み込むが、俺の指示には絶対に従ってもらう。いいな?」
俺が始めたサービスは、装備レンタルだけではない。ハンティングガイドもおこなう。
というより、むしろ、こっちが本命といっても良いだろう。知識が最も生存率を向上させるからだ。
「はい!! エージさんの言う事には逆らいません!!」
少年達ではなく、マルティーヌが大きな声で返事してしまう。
困ったことに、彼女はゴブリン退治についてきてしまった。
「危険だから店で待っていてくれ」と何度も頼んだのだが、「私も行きます!」と言う事を聞いてくれないのだ。巣穴にも入るつもりらしい。
俺の身を案じながら待っているのが辛いのだそうだ。
そう言われてしまうと、駄目だとは言いづらい。俺は渋々了承する。
「……できれば出発前にそう言ってほしかったよ、マルティーヌ。――もう一度確認するぞ。お前達、いいな?」
少年たちはこくりとうなずく。
足は震えており、体はガチガチだ。これはまず、緊張をほぐすところから始めなければいけないだろう。
カンッ! カンッ! カンッ!
「そのまま打ち続けながらでいい。――何か質問はあるか?」
俺は少年たちと木の棒で軽く打ち合いながら、質疑応答をする事にした。
体と頭、両方を柔軟にするのが目的だ。
「はい! 何でメイスなんですか! 剣の方がカッコイイのに! ――おりゃあ!」
カァァァンッ!
マルティーヌが質問してきてしまった。しかも、俺に豪快な振り下ろしを浴びせながらだ。
「君には聞いていなかったんだが、まあいいだろう。素人に剣を扱うのは無理なんだ。動き回る敵に刃筋を立てるには、かなりの技術がいる」
「なるほど! 包丁で食材を切るのとは訳が違うんですね!」
俺は笑顔でうなずく。
マルティーヌが先陣を切ったことにより、少年たちも質問しやすくなったようだ。次々と質問が飛んでくる。
カンッ! カンッ!
「――何で兜だけ鉄製なんですか?」
「5匹程度の群れは、ほぼ刃物を持っていない。攻撃手段は、こん棒か獣の骨による殴打、そして一番脅威となる投石に限定される。しかし、どれも革製の兜では防げない」
「よく分かりました! ありがとうございます!」
カンッ!
「防具に毒耐性が付いてるって言ってましたけど、ゴブリンって毒あるんすか?」
「いや、奴等自体に毒は無い。だが10匹以上の群れは、自分達の糞で毒を作るようになる。それを冒険者から奪った刃物に塗って攻撃してくるんだ。この毒による死者は多い。ほとんどの新米冒険者が毒消しの購入を怠るからだ」
カンッ! カンカンッ!
「じゃあ今回の依頼は大丈夫って事すか?」
「いや、ゴブリンの巣がある場所には、毒ヘビが生息している事が多い。コイツに噛まれて死ぬ新米も結構いる。よく覚えておけ」
「すげー勉強になりました! エージさん、半端じゃねえっすわ!」
その後も質問は続き、それが終わる頃には全員いい感じに体がほぐれ、頭もよく回るようになっていた。
そして何より、少年たちが俺に尊敬と信頼を寄せてくれるようになった。
これはとても重要な事だ。この商売は信用なくしては務まらない。
――ちなみに、一番尊敬の眼差しを向けて来るのがこの人だ。
「エージさん! 最後の質問をお願いします!」
マルティーヌがビシィっと右手を挙げる。さっきから興奮冷めやらぬといった感じだ。
「ああ。これで本当に最後だからな……?」
これで4回目の最後の質問だ。いい加減ゴブリンを退治しに行きたい。
「普通、発光の付呪は指輪にしますけど、何故兜にしたんですか?」
「確かに指輪に付ければ、自由自在に光を照らす方向を変えられる。――だが、それは移動中だけの話だ。戦闘になれば武器を握るから、光はあさっての方を向いてしまう。しかし、兜に付ければ、光は常に目線の先にあるだろう?」
マルティーヌと少年達から「おおー……!」という声が漏れる。
これらの工夫は、魂収集を何度もおこなった経験から編み出したものだ。新米の彼等には、どれもが貴重な知識となる。
「よし、ではいくぞ!」
「おおおお!!」
声に張りがある。
適度な緊張感と高い士気。良い仕上がりだ。
俺達はついにゴブリンの巣へと踏み込んだ。
ファンタジーものの定番として、新米冒険者は武器防具屋で、安い剣と革の防具を買うのが当たり前かと思います。
しかし、この世界の冒険者は貧しい農民です。武器や防具を買える金はありませんし、そんな金があるのなら食料を買います。
その為、装備レンタルという手段でしか、彼等に装備を提供する事ができなかった訳です。
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