第5話 商売準備
マルティーヌの両親の部屋に泊めさせてもらった俺は、翌日店の在庫を確認しながら、客の入りを調査した。
そしてそのまま夜を迎える。
「予想はしていたがゼロとはな……」
「わうん……1日2人来る時もあるんですよ?」
つまり多くても、それだけしか来ない訳だ。これでは利子すら払えないのも当然である。
「……もしかして私が犬臭いから、お客さんが来ないんでしょうか?」
俺は思わず笑ってしまったが、マルティーヌは本気でそう思っている。
犬耳族種は人間に比べ、良い言い方をすれば純粋、悪い言い方をすればちょっぴりお馬鹿な種族なのだ。
「大丈夫、君は臭くない。客が来ないのは、サルヴァトーレ商会と冒険者ギルドがズブズブだからだ」
「わうん? 私は馬鹿だから、意味がよく分からないです」
分からないものは分からないと正直に言う。その素直さは素晴らしい。
「錬金付呪店のメインの客は冒険者だが、冒険者ギルドは彼等にサルヴァトーレ錬金付呪店しか紹介しない。つまり、黙って待っているだけでは、客はいつまで経っても来ないんだ」
「なるほど! じゃあこっちから、積極的に売りに行かなくちゃいけないって事ですね!」
「その通りだ。だが、奴等の商品はこのマリオンベリーの街で一番安い。普通に売るだけじゃ絶対に勝てない。――さて、どうするか……」
「わうん……もっと安く売るというのはどうでしょう? 傷薬が買えないせいで亡くなってしまう冒険者さんも減るはずです!」
「それは無理だマルティーヌ。ウチはサルヴァトーレ商会のように大量に仕入れる事ができないから、価格では絶対に勝てない。向こうより安く売ろうとすると、大赤字になってしまう」
「うう、そうですよね……ああ、傷を負わなくなる薬なんてものが作れればなぁ。お金も儲けられるし、冒険者の人達も助けられるのに……」
「ははは、確かにそんなものがあれば――いや、待てよ……」
俺の脳を雷撃が駆けめぐる。
「マルティーヌ、礼を言うぞ!」
「わうん!? まさか無敵薬あるんですか!?」
「いや、そんな薬はないさ。だが、ケガさえしなければ冒険者は何とか暮らしていける。――そうだろ?」
「はい、その通りです。――でも、どうやって?」
俺はニヤリと笑う。
「彼等に装備と知識を提供する」
翌日の朝、俺とマルティーヌは貧民街にある、寂れた鍛冶屋の前にいた。
よほど売れていないのだろう。何度も値下げした形跡がある。絶好の取引相手だ。
「――そのスパイクメイスを6つ。あとハードレザーアーマー、革の盾と小手とブーツ。その鉄製の兜も6つずつだ」
「ちっ、安物ばかり買いやがって。――銀貨2枚だ」
俺とマルティーヌは財布を開けて中身を見せる。二人共すっからかんだ。
「すまんが今は金を持っていない。なのでツケにしておいてくれないか?」
「おじさん、お願いします!」
「はぁ!? ふざけんじゃねえ! 冷やかしならとっとと帰れってんだ!」
「俺達はこの武具を使って商売をする。それで儲けた分で必ず支払う」
「そんな話、どうやって信用しろってんだ!?」
オヤジの反応は当然だ。今の俺には信用がまったくない。
そのまま持ち逃げされるとしか考えられないだろう。
「――こいつを担保として置いていく」
「ああん?」
俺は腰に差した剣をオヤジに渡す。
オヤジは剣を抜き、刃にルーンが刻んであるのを見ると、表情が変わった。
「……分かった。いいだろう。持っていけ」
「よし、取引成立だな」
あの剣は、俺が魂収集の際に使用していた剣だ。大家さんが預かってくれていた。
剣も付呪もそんなに大したものでは無い。だが、付呪がしてあるというだけで値段はグンと跳ね上がる。
あの剣一本で、オヤジから購入した武具一式より、はるかに価値があるのだ。
俺はリヴァイヴァ工房に戻り、スパイクメイスと防具に二つのルーンを刻んでいく。
スパイクメイス:雷撃(ダメージ0.1)
魔力制御
鉄の兜:発光(LV3)
聴力強化(LV3)
ハードレザーアーマー:耐久力強化(LV3)
毒耐性(LV3)
革の盾:耐久力強化(LV3)
耐久力強化(LV3)
革の小手:耐久力強化(LV3)
毒耐性(LV3)
革のブーツ:耐久力強化(LV3)
毒耐性(LV3)
「よし、完成だ」
「わうん!? もうできちゃったんですか!?」
俺にお茶を持ってきてくれたマルティーヌが目を丸くする。
「ん? 早いか? むしろ遅いだろう?」
サルヴァトーレ錬金付呪店にいた時と違って、急いで仕事を片付けないと寝る時間が無くなる訳ではない。
のびのびと作業をしていたはずなのだが……。
「わうわうん!? こんなに早くルーンを彫れる人なんていませんよ!」
「そうだったのか……俺はてっきり、他の奴等が手を抜いているんだと思っていた」
あのクソな職場でこき使われていたせいで、俺の作業速度はかなり上昇していたようだ。だからと言って、感謝する気はまったくないが。
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
マルティーヌは付呪した武具を鑑定していく。
「……わう!? エージさん、まさか中魂石使っちゃったんですかー!?」
あたふたと慌てるマルティーヌを見て、俺は笑ってしまった。
「心配するな、マルティーヌ。俺が使ったのは、君が先日依頼で手に入れた極小魂石だよ」
「え、でも……」
マルティーヌが不安になるのも無理は無い。
LV3の付呪をおこなうには、普通は中魂石が必要なのだ。
だが俺の高い付呪スキルは、極小魂石でそれを可能にする。
「じゃあ目の前で見せてやる。マルティーヌ、帽子は持っているか?」
「えーっと……はいどうぞ」
マルティーヌから、犬の肉球のアップリケが付いた麦わら帽子を受け取り、発光と耐久力強化の付呪を施す。
「本当にLV3ができてるー! なんでー!? わうわうわうーん!」
マルティーヌは帽子を被り、ビカビカと発光させている。
「エージさん! こんな凄い付呪スキルがあるんだったら、いくらでもお客さん来ますよ!」
「そう単純な話じゃないんだ、マルティーヌ。付呪はとても高額な代物だ、冒険者達は、信頼した店にしか任せない」
「わうん……この店にはまだ、信用が足りないという事ですね……」
俺は申し訳なさそうにうなずく。
「すまんが、その通りだ。だから俺達はまず、冒険者達から信頼を得なくてはいけない」
「なるほど! まずは下地作りからという事ですね!」
「ああ、そういう事だ。そしてもう1つは、現時点で付呪業に手を出すのは危険だからだ」
「わう? 危険? どういう事ですか?」
「自分で言うのも何なんだが、俺の錬金付呪スキルはこの街一番だろう。本気で付呪業務に乗り出せば、サルヴァトーレ錬金付呪店の客をゴッソリ奪える自信はある。――だが、それをやってしまうと、奴等は俺達を潰しにかかってくるはずだ」
「ひえー! そんなに悪い人達なんですか!? 私、サルヴァトーレさんから、お金借りちゃいました!」
俺は苦笑いする。
借金取りたちに娼館で働くよう言われ、利子を体で支払う事を求められたというのに、まだ悪人だと思っていないのだ。――だが、それがいい。
「サルヴァトーレ商会は、裏で相当汚い事をやっている。暴力も平気で使ってくるだろう。君とこの店を守る為にも、奴等に対抗できる力をつけるまでは、連中に目をつけられないように商売しなくちゃならない」
「よく分かりました! しばらくは、サービスを競合しないようにするって事ですね!」
案外分かっている。マルティーヌの理解力は低くないようだ。
「――ところでエージさん、何でこの付呪なんですか? あまり人気があるものではありませんよ? しかも雷撃が0.1ダメージしかないです。これで倒せるのは、ハエくらいです」
マルティーヌはスパイクメイスを手に取り、ブンブンと素振りする。
俺は再びニヤリと笑った。
「この付呪はゴブリン退治に特化させてあるんだ。もちろん雷撃が0.1ダメージしかないのにも意味がある」
「わうん?」
俺もスパイクメイスを手に取り、それを眺める。
普通の付呪では最小ダメージは1だ。俺は魔力制御を同時に付呪する事により、それを10分の1にまで抑えた。
「威力が10分の1になるという事は、逆に何かが上がるよな?」
「えっと、使用回数ですよね?」
俺は首を縦に振る。
「そう、代わりに使用回数が10倍になったんだ。これで魔力の補充コストが下がる」
「でも、ダメージにならないものを何回使っても……」
マルティーヌの気まずそうな顔を見て、俺は笑ってしまう。
お馬鹿なエージ君を、どうやったら傷付けずに納得させられるのかと悩んでいるのだ。
「ふふ、そんな顔をするなよマルティーヌ。――もし、0.1ダメージの雷撃でゴブリンを倒せるとしたら?」
「ゴブリンはハエと同じ強さって事になります!」
そういう事じゃない。――でも、まあいいか。
「さあ冒険者ギルドに行こう! 早速商売開始だ!」
「わうわうわうーん!」
マルティーヌは勢いよく右腕を上に突き上げた。
天才的な付呪スキルがあるから、これですぐに大金持ちだ! ……などと、単純にはいきません。
エージは高い戦闘能力を持ってはいますが、チートスキルはありません。無敵ではないのです。
武力や権力で、しっかり自分達の身を守る必要があります。
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