第3話 冒険者の実態
「やはりどこも駄目か……」
バルウィンに圧力をかけられている上に俺は前科者。雇ってくれるはずがない。
というより、そもそも人を雇う余裕が無いのだろう。
知っている錬金付呪店は一通り回ったが、半分は潰れており、残りのもう半分も潰れる寸前と言ったところだった。
「……うーむ。俺にできる事と言えば、魂集めくらいか?」
魂石に魂を封入するには、対象となる魔物に魂縛の魔法をかけてから倒す必要がある。
この魔法を使えるのは一部の付呪師だけなので、普通の冒険者では魂収集をする事はできない。
魂縛を使える付呪師をパーティーに加える必要があるのだ。
「となれば、冒険者ギルドの待合室にいるのが得策か」
付呪師を探しているパーティーを見つけるには、依頼掲示板の近くで張っているのが一番だ。
俺は冒険者ギルドに向かう。
「そう簡単には見つからないか……」
魂収集の依頼自体が無い。
どこの錬金付呪店も潰れかけ。客が来なければ魂石も消費しない。依頼が無いのは必然と言える。
「皆さん、サルヴァトーレ錬金付呪店さんから魂収集の依頼です」
受付嬢が掲示板に依頼書を張り出すと、冒険者達がその前に群がる。
「あいつ等、魂収集を外注にしたのか……」
考えてみれば当然の結果だ。
魂縛の魔法を使えるのは、素材収集部門主任のベルトランのみ。あいつが1人で魂集めをできる訳がない。
内容が気になったので、そばまで行ってみる。
「――なんだと……!?」
依頼の報酬額を見て驚く。
中魂石20個分で銀貨6枚。俺の経費の10倍の額だ。
「ははは! あいつ等も、やっと適正額が分かったみたいだな!」
おそらく最初は、経費と同額で依頼したはずだ。
だがそれでは、冒険者は赤字なのだ。受ける奴など誰もいなかっただろう。
依頼を受けてくれるまで、報酬額を釣り上げて行ったに違いない。
「魂収集のコストが上がって、上からドヤされてるかもな。いい気味だ」
受付嬢がもう一枚、依頼書を持って来た。
「こちらも魂収集です。【リヴァイヴァ工房】さんからですが、中級者の方限定となります」
これはもしかしたら仕事になるかもしれない。俺は依頼内容を見る。
「――なになに、極小魂石30個に小銀貨3枚……何だと?」
この依頼内容はどう見てもおかしい。
極小魂石は、ゴブリンやバブリースライムなどの、新米冒険者でも相手できる魔物の魂で満たす事ができる。中級冒険者に頼むような依頼ではない。
当然報酬も、相場よりだいぶ高い。
初級冒険者に頼むのであれば、小銀貨1枚と銅貨2枚もあれば十分だ。
「よし! これは俺達が受けるぜ!」
早速1組の中級冒険者が飛びついた。それはそうだろう。この依頼は美味しすぎる。
「――この中に魂縛が使える者はいるかー!?」
依頼を受けたパーティーのリーダーが、大声で呼びかける。
俺は静かに右手を挙げた。
何か裏でもあるかと思ったが、特に問題無く依頼を完了し、俺はパーティーリーダーから銅貨6枚を受け取る。
「これで今日の宿と食事が確保できた。だが念の為、もうしばらく仕事を探していよう」
いつ次の仕事にありつけるか分からないのだ。可能な限り、ギルドの待合室で待機しているべきだろう。
「よし! お前ら行くぞ! ゴブリン5匹なんて大した事ねえ!」
「おおおお!」
まだ少年と言った方がいい4人の冒険者が、ギルドを出て行った。
ゴブリンは村の作物を荒らす魔物で、農村の天敵だ。
依頼の大半は、このゴブリン退治である。
つまり冒険者は、ゴブリンハンターと言っても差し支えないだろう。
「あの希望に満ちた顔……初めての依頼だな……」
持っている武器は鉈や鎌、ピッチフォークなど農具ばかり。防具は当然無く、ボロい服一枚。要するに彼等はただの農民。それが新米冒険者の実態だ。
不作やゴブリンによる被害で作物がとれないと、農民たちは現金収入を得る為、冒険者となる。もちろん食料を買うためだ。
新米冒険者の1年生存率は3割以下という絶望的な数字だが、これで飢えた家族を養えるという期待が、彼等に希望を抱かせてしまう。
だがその表情も、あと数時間もすれば消えるはずだ。
「……え? 報酬ってこれだけ?」
「これじゃあ赤字じゃん……」
先程の新米冒険者達が無事依頼を達成し、青ざめた顔で報酬を受け取った。
なぜ赤字になってしまうのか? 俺は少年達の全身を見回す。
「――やはりな。4人の内2人が、傷薬で治療した跡がある」
ゴブリンの襲撃から村を守る時は、柵越しにピッチフォークなどの長物で有利に戦えるので、大抵無傷で勝利できる
しかし、こちらからゴブリンの巣へと攻め込むとなると、話は全く変わる。
狭く暗い洞窟で、奴等の不意打ちを受けるのだ。
ただの農民でしかない新米冒険者では、確実に傷を負ってしまう。
結局依頼は達成できても、傷薬などの消耗品の方が高くついてしまい、赤字になってしまうのだ。
そうすると、どうなるか? 彼等がとる行動は一つだけである。
「――よし、じゃあ次は、このゴブリン10匹の依頼にしようぜ?」
「お、ゴブリンの数は2倍になっただけなのに、報酬は3倍なのか! 超お得じゃん!」
「受付さん。次はこの――」
俺は彼等の背後から近づき、リーダーと思わしき少年の肩を叩いた。
「その依頼はお前達には無理だ。やめておけ」
少年たちは驚き振り返る。
「いや、大丈夫ですって! 5匹増えたくらいじゃ変わらないですよ!」
「いや、まったく違う。――見ろ。あれがお前達の未来だ」
俺はギルドに入って来た2人の少年を指差す。
「――彼等は出発時4人いた。お前達と同じようにな」
4人はゴクリと唾を飲む。
「うう……」
「ひぐ……ひぐ……」
泣きながら2人の少年が、ギルドのカウンターに向かう。
「すみません……依頼に失敗しました……その、ミッチとギルは死にました……」
「かしこまりました。ではミッチさんとギルさんの登録を抹消しておきます」
受付嬢は淡々と事務処理をこなす。
新米冒険者が死ぬ事など日常茶飯事なのだ。何も思っていないのだろう。
「うぐぅ……全然強さが違うじゃないかぁ……」
「たった5匹しか違わないのに……」
二人は待合室の椅子に座り、ひたすら泣いている。
「――分かったか? これが新米冒険者のたどる運命だ」
4人の顔は完全に青ざめている。
リーダーは震える声で、恐る恐る俺に尋ねた。
「……な、なんで5匹増えただけで、そんなに違うんですか?」
俺は空いてる席に座り、少年たちにも座るよう合図する。
「いいか、人間で考えて見ろ。5人を従えられる者と10人を従えられる者が、同じ能力だと思うか?」
少年たちはハッとした表情を見せる。
「気付いたようだな。10匹の群れを従えられるゴブリンは賢く強い。お前達は狩られる側になる」
「そうなんだ……単純に5匹増えただけじゃないんですね」
俺はコクリとうなずく。
「ありがとうございます! おかげで命拾いしました! じゃあまた、5匹以下のゴブリン討伐を受けてきます!」
4人は俺に頭を下げると、依頼カウンターに駆けていく。
「受付さん、このゴブリン5匹の依頼でお願いします!」
「かしこまりました。傷薬や松明は、サルヴァトーレ錬金付呪店でお買い求めください」
「……分かりました」
気の無い声でリーダーが返事をすると、4人は俺に頭を下げてからギルドを出る。
そして、店には寄らずに街の外に向けて歩いて行った。
「だろうな……あいつ等にはもう薬を買う金がないんだ……」
新米冒険者の死因の多くは、身の丈に合わない依頼を受ける事と、傷や毒を負っても治療ができない事によるものだ。
「前者は何とか回避させたが、後者はどうしてやる事もできない……」
俺はやるせない気持ちを抱きながら、まだ泣き続けている2人を後目にギルドを後にした。
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