第21話 ブチギレバルウィン
「この豚野郎があああああああああ!!」
バルウィンはロックウェルの机を蹴り倒した。
周囲の従業員がビクッとする。
「貴様のせいで! 貴様のせいで! 貴様のせいでえええええ!」
ガンッ! ガンンッ! ガンッ! と何度もロックウェルの机を蹴る。
貸し出したミスリル装備4セットは、結局1つも返ってこなかった。
この大損害を出した事により、ロックウェルは養豚場に追放、バルウィンは純利益を上げるまで給料9割カットの処分を言い渡される。
「貴様らああああああ! 何とかして利益を上げろおおおおお!」
「は、はい!」
相変わらず、自分で案を出す事はしない。というより出せないのだ。
彼の所持スキルは【部下に丸投げ】と、【八つ当たり】だけである。
「よし! 気合を入れてやる! 1列に並ぶのだ!」
「は、はい!」
従業員は1列に並び、歯を食いしばる。
「この出っ歯が!」
「うびゅっ!」
バチーンッ! 副店長のオスカールがビンタされる。
「このアバズレが!」
「おぼっ!」
バチーンッ! 錬金部門主任のサマンサがビンタされる。
バチーンッ!
バチーンッ!
バチーンッ!
バチーンッ!
続けて、平の従業員達がビンタされていく。
バルウィンは気合を入れる為などとほざいているが、実際はただの八つ当たりだ。
だが、彼が人事権を持っている以上、誰も文句を言う事はできない。
「もう一丁!」
「うびゅっ! ――何でですか!?」
オスカールが、もう一発ビンタされた。
何となく顔がムカつくからという理由だけで、ぶっ叩かれたのだ。
「ふう……すっきりした。よし、諸君。何かいい案はあるかね?」
オスカールが左手で頬を押さえながら、右手を挙げる。
「おお、オスカール。何だね?」
「やはり錬金素材と魂の収集コストが高いので、それを減らす必要があるかと」
「うむ、その通りだ。――で、どうする?」
「魂縛役をやっている錬金付呪師と中級冒険者の何人かを、当店の従業員として雇うというのはどうでしょう?」
「馬鹿者! その分の人件費がかかるだろう! それで利益が上がるなら、どこの店でもやっているはずだ! 違うか!?」
オスカールは心の中でため息をつき、この馬鹿にも理解できるよう言葉を選ぶ。
「ゴミクズ店は客が少ないので、当然仕入れの頻度も少ないです。冒険者にその都度調達させた方が安上がりでしょう。しかし、当店の仕入れ数は、ゴミクズ店とはケタ違いなのです。毎回依頼するよりも、安く済むかと」
サマンサを始めとした従業員が、うんうんとうなずく。
「う、うむ……実は私も前からそう思っていたのだ。君たちが自分自身の力で問題を解決できるよう、あえてこのように振る舞っていたのだよ」
従業員達はだんまりだ。
「で、では、オスカール……この件は君に任せて良いな?」
「えーっと……はい、お任せください」
左頬をさすりながら、オスカールは軽く頭を下げる。
「……まさか当店が、ここまで冒険者達に嫌われていたとは……」
顔に吐かれた唾と痰をハンカチで拭きながら、オスカールは唖然とする。
冒険者ギルドで何人もの中級冒険者に声を掛けたが、その対応はどれも冷ややかなものだった。
「ゴミクズ店に雇われるなんて、まっぴらごめんだぜ! ぺっ!」
「お前らみたいなクズと、誰が一緒に仕事するかよ! ぺっぺっ!」
「黙れ、ウジ虫。――ぺっ! ぺっぺっぺっぺっ!」
「何だあ? 痰壺が話し掛けてきやがったぞ? かぁーっ! ぺっ!」
サルヴァトーレ錬金付呪店がエージに対しておこなった卑劣な行為の数々は、すでに冒険者達に知れ渡っていた。
彼等は、自分達の身を案じてくれているエージを、心から敬愛している。
サルヴァトーレ錬金付呪店の幹部は、敵と見なされていた。
「――という訳で、誰も雇う事ができませんでした……」
「馬鹿者おおおおお! 罰として、お前は素材収集部門主任に降格だあああああ!」
「そ、そんなー!」
オスカールの目の付け所は、決して悪くはなかった。
うまく解決策を練れば、素材収集チームを雇い入れる事は可能だったかもしれない。
だが、バルウィンの心の狭さが、そのチャンスを潰したのだ。




