第12話 革防具の幕開け
「ほら、今週の分だ」
俺は借金取りに小銀貨1枚を渡す。
実際はもっと支払えるのだが、今は手元に資金を残しておきたいので、最低限の返済しかおこなわない。
「チッ……また来週来るからな!」
「来るからな!」
借金取り2人が店を出る。――カランコロンとカウベルが陽気な音を奏でた。
「うふふ! 借金取りさん達、なんだか悔しそうでしたね!」
「ああ、いい表情だったな」
装備のレンタルとハンティングガイド業は順調にいき、冒険者ギルドの椅子に座っているような時間はほとんどなくなった。
――カランコロン。再びカウベルが鳴る。
「こんにちは、エージさん!」
いつもの4人組が来た。この店一番のお得意客だ。
「ゴブリン5匹の依頼を受けたんでお願いします」
リーダーが俺に依頼書を見せる。
「今のお前達なら俺のハンティングガイドはもう必要ない。装備だけ貸すから、報酬の1割を後で支払いに来てくれ」
「わうん!?」
「え!? いいんですか!?」
俺はリーダーにうなずいた。
いつかは独り立ちしなくてはいけない。今がまさにその時なのだ。――と言っても、5匹のゴブリン相手までではあるのだが。
「じゃあ行ってきまーす!」
4人はいつものセットを装備し、元気よく出発した。
最近はしっかり飯を食えているようで、肌艶もいい。
「エージさん。ハンティングガイドしないと儲けが減っちゃいますけど、いいんですか?」
「そろそろ次のステップに進もうと思っているんだ。――この空いた時間で、その準備を進めていきたい」
「わうん? 次のステップ? ……あ、分かりました! もっと強い装備を作るって事ですね!」
「うーん、半分正解ってところだな。質も高めたいが、何よりまず量を確保したい」
「6セットでは足りませんか? 何とか回っているかと思いますが?」
「いや、ハンティングガイドを続けていけば、装備のレンタルだけで大丈夫なパーティーが増えてくる。そうなると6セットでは足りないよ。その前に、今の内から数を確保しておきたいんだ」
「なるほどー! さっすがエージさんです! そんな先の事まで考えているんですね! 私が考えられる先の事は、料理の献立だけです!」
「ははは! それも十分立派な事だよ、マルティーヌ。――じゃあ早速行こうか。いつものセットを装備してくれ」
「わうん!? 鍛冶屋さんに行くんじゃないんですか!?」
* * *
俺とマルティーヌは、マリオンベリーの街から南にある沼地に来ていた。
「あのー、エージさん……そのショボイ槍は何なんでしょう? それじゃあ、まともに戦えないと思いますが?」
俺は肩に担いでいた槍を掲げる。
まあ槍と言っても、ホウキの柄にダガーを縛り付けただけのものなのだが。
「このダガーには、ゴブリンのボスを倒して手に入れた小魂石で付呪がしてある」
「へー、何の付呪ですか?」
「雷撃ダメージ60と雷撃ダメージ60だ。最大出力にしてある」
「え!? 小魂石で60ダメージが出ちゃったんですか!? 普通は20くらいまでですよ!?」
「これも、こき使われた結果だよ」
「うう……可哀そうに。いい子いい子」
なでなでなで。
背伸びして俺の頭を撫でるマルティーヌが微笑ましい。
「でも最大パワーって事は、1回しか使えませんね」
「ああ、でもそれで十分なんだ。――ところでマルティーヌ。君は皮を剥ぐのは得意か?」
「わう!?」
俺とマルティーヌは、草むらから沼の様子をうかがう。
「エージさん、ヤバいです! ポイズンサラマンダーが、うじゃうじゃいます!」
「ほお、それは好都合だ。俺はそれを狩りに来たんだからな」
「え゛!?」
ポイズンサラマンダーは、名前の通り猛毒のブレスを吐く、凶悪な魔物だ。
それなりの硬さと耐熱性を持ったウロコは、沼地や草むらに溶け込めるような柄となっている。
足も異様に速く、人間の足では簡単に追い付かれるので、中級以上の冒険者でないと一瞬で全滅する
「――以上が、ポイズンサラマンダーの解説だ」
「そんな恐ろしい魔物をどうやって倒すんですかー!」
両腕を振り上げて怒るマルティーヌを、心配するなという意味で頭を撫でる。
「わうん……」
「まあ、見ていろ」
俺はそろりそろりと岸辺に向かう。
ポイズンサラマンダー達は日光浴を終え、全員水の中だ。
俺は奴等に魂縛の魔法を掛け終えてから槍を手に取り、ダガーの部分を沼の水に浸した。
「――雷撃発動」
バチバチーンッ!
10匹以上のポイズンサラマンダーがプカリと水面に浮かび、小魂石に魂が封入された。
俺は後ろを振り返る。
マルティーヌは目を真ん丸くしていた。
「――この方法でよく夕飯の魚を捕っていたんだ。給料安かったからな」
俺はニコリと笑った。
数時間かけて皮を剥ぎ終えた俺達は、それをカゴに入れて背負い、マリオンベリーの街へと戻る。
「この皮を防具に使えるように加工して欲しい」
俺は貧民街にある、革なめし職人の元を訪ねていた。
「これは……ポイズンサラマンダーか? こいつの皮を防具にしようとする奴は初めてだな……」
職人は怪訝な表情を見せているが、目の奥には炎が宿っているのが分かる。職人魂に火が付いたのだ。良い兆候である。
「それなりの強度もあるし、熱にも強い。中々防具に適した素材だと思うが?」
「柄が良くないからな。高級感がまったくねえんだ」
「あはは! 確かに汚いというか、地味ですよねー」
茶色が並、白や黒が高級とされている。
緑のまだら模様は最低という訳だ。
「俺は逆にそれが気に入っている。この模様は草むらに溶け込める。狩人や斥候にとって最高の防具となるはずだ」
「……なるほど。確かにそうかもな」
「その有用性が世間に伝われば、革防具の時代が来るかもしれないぞ?」
「ほう……!」
革なめし職人の目に力がこもる。そうなるのも無理は無い。
革防具という物は、世間一般では貧乏な初心者用の装備と認識されている。
チェインメイルに完全に劣ってしまうからだ。
だが革鎧にチェインメイル以上の有用性がある事が分かれば、その認識は一気にくつがえされる。
それは革を扱う職人たちにとっては、この上ない名誉となるのだ。
「俺はこの革を使った防具の素晴らしさを、装備レンタル業を通じてこの街から広めていくつもりだ」
「おお! それは素晴らしい! ぜひ応援させてくれ! 工賃はうんと安くしといてやろう!」
「それは助かる」
「おじさん、ありがとうございます!」
普通なら小銀貨2枚以上はかかるところを、銅貨5枚にまけてもらった。
これは非常に大きい。
「今日はちょっぴり贅沢しちゃってもいいかもしれませんね!」
「ははは、そうだな! じゃあ、スープに肉を入れようか!」
俺達は笑いながら手をつなぎ、市場の方へと向かった。
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