第1話 愛する者の死
「オエエエエエエエッ……!」
過労と睡眠不足のせいだろう。俺は職場のトイレで吐いていた。
3日ぶりに街の外から戻ってきたら、一切の休息が貰えないまま仕事を振られたのだ。
魔物がいる野外で満足に眠れるはずがない。俺の肉体は限界にきていた。
「……遅くなりました」
「いつまでクソしてんだ、この低能が! さっさと始めろ! ……つうか、お前クセエな。近くに寄るんじゃねえ」
「す、すみません……」
素材調達部門主任のベルトランが、俺に非情な言葉を浴びせる。
顔も服も土だらけで、おまけに魔物の返り血まで浴びている。確かに臭いだろう。
だが俺だって、好きでそうしている訳じゃない。
水浴びをする時間すらもらえないのだから、そうせざるを得ないのだ。
「謝っている暇があったらさっさと手を動かしたまえ! このグズが! 君が遅れたせいで仕事が山積みなのだよ!」
棚の上に未付呪の品物が山積みにされているのを見て、俺は再び吐き気を催してしまう。
「うっ……すみません。ですが遅れてはいません。中魂石20個分の魂を集めるには、一週間はかかるのが普通で――」
「貴様! この僕に口答えするつもりなのかい! 仕事をしたくないからって、わざと時間を掛けてるんだろう!」
付呪部門主任のロックウェルに襟をつかまれる。
武器や防具に魔法の力を付与する為、ルーン文字を刻む事を付呪と呼ぶ。
付呪をおこなうには、魂石という特殊な石に、魔物の魂を封入させたものが必要になる。
中サイズの魂石に魂を満たすには、かなり強力な魔物を倒す必要があり、そう簡単にできる事ではない。
しかし、その経験が無いこいつには、それが分からないのだ。
「違いますよ! 俺だって好きで外に行ってる訳じゃないんです! 魂石集めを外注にしてくれれば、俺は錬金と付呪に専念できます! 店長にそう言ってくださいよ!」
俺はロックウェルの手を振り払う。
魂集めは、どこの店も冒険者に依頼している。だがこの店は、依頼料をケチるために俺にやらせやがる。
しかも予定より短期間で終わらせているにもかかわらず、毎回毎回サボっていると言ってくるのだ。
疲労している事もあり、俺もついムキになってしまう。
「ろくな錬金も付呪もできない低能錬金付呪師の癖に、ナメた事言ってんじゃないわよ!」
錬金部門主任のサマンサにののしられる。
実際に俺の錬金と付呪の能力は低い。平均の半分以下の性能の物しか作成できないのだ。
だが、こいつ等だって大した事ない。質は俺より上かもしれないが、作業速度が遅すぎる。
だから俺が不在だと、納期に間に合わなくなり、八つ当たりしてくるわけだ。
「――ずっと聞いていたよ、エージ君。君は私の経営方針に異を唱えようというのかね?」
副店長のオスカールを連れて、店長のバルウィンが俺の目の前に立つ。
「そういう訳じゃないです店長! 魂集めの仕事をサボってると思われるのが心外なんです! 命懸けの仕事なのに! 店長から言ってもら――」
「エージ、君を解雇する。追放だ」
俺が言い終える前に、信じられない言葉を言い渡される。
「……今、なんと?」
「だから君はクビだ。無能の癖に上司に歯向かう人間などいらん」
「いや、そんな……俺がいなくなったら、どうするんですか? こんな少ない経費で、素材を集めて来られるのは俺だけです。しかも在庫だって、こんなに抱えてるのに」
「うぬぼれるな。君の代わりの錬金付呪師などいくらでもいるのだ。こないだも1軒潰れただろう。そこの店員を雇う」
潰れたのではない。潰されたのだ。このサルヴァトーレ錬金付呪店に。
サルヴァトーレ商会は、その圧倒的資金力を武器に、様々な分野に商売を展開する組織で、この店もその内の一つに過ぎない。
大口注文による単価の引き下げと、安い賃金で従業員をこき使うことにより、個人商店とは比べものにならないくらいの、安価な商品価格を実現している。
これにより、この街の錬金付呪店は次々と潰れ、バルウィンは働き場所を失った錬金付呪師を低賃金で雇い、奴隷のようにこき使う。無論俺もその1人である。
「……分かりました。こんな従業員を使い捨てにするような職場、こっちから願い下げです!」
連中が一斉に笑う。
「ぎゃははは! クセエ奴がいなくなって大助かりだぜ!」
「ゴミはさっさと失せたまえ!」
「クソみたいな仕事しかできない癖に、何を言ってるのかしらねー。死ねば?」
「エージ。分かっていないようだから、はっきり言っておこう。この私に盾ついておきながら、次の職場を見つけられると思うなよ……?」
バルウィンの奴、他の店に俺を雇わないよう圧力をかけるつもりだ。
サルヴァトーレ商会はこの街の権力者。本当に実行できるだろう。どこまでも汚い奴め。
「いいかげ――ん」
ドサッ!
俺は不意に力が抜け、その場に倒れ込んでしまった。
体が動かない。肉体的に限界が来ていたところに、さらに精神まで追い詰められてしまったせいなのか……。
連中が地面に倒れた俺を嘲笑う。心配する者は誰一人いない。
「ぎゃはははは! 何、急に寝てんだよ! オラッ、さっさと立て!」
ベルトランが俺の背中に蹴りを入れる。
「仮病を使って同情を誘う作戦かなぁ!? みっともないねぇ!」
ロックウェルが俺の腹に蹴りを入れる。
「臭いんだから、早くどっかいきなさいよ!」
サマンサが俺の顔面に蹴りを入れる。――鼻血が出た。
「うう……やめてくれ……頼む」
鼻から血を流しながら俺は哀願するが、連中は蹴るのをやめてくれない。
もしかしたら、バルウィンがそうさせているのかもしれない。
――ウー……! ワンワン!
その時、1匹の銀色の犬がベルトランの足に噛み付いた。
「ぐわああああああああ!」
「マルティーヌ……よせ……」
この犬は、俺が魂集めに行く時に連れて行く相棒だ。
その優れた嗅覚で、素早く魔物を発見し何度も俺を助けてくれた。この店で唯一の俺の味方である。
「いってええええ! ちくしょう! このクソ犬がああああああ!」
「キャウン!」
マルティーヌがベルトランに蹴り飛ばされる。
「ぶっ殺してやる!」
ベルトランが木の棒を手に取った。
「やめろベルトラン……!」
「オラアッ!」
「キャイン!」
ベルトランは木の棒でマルティーヌを打ち付ける。
「頼む……! やめてくれ……!」
俺は何とか立とうとするが、思うように体が動かない。
「死ね! クソが!」
「キャンッ! キャン……」
「お願いだからやめてくれぇ……! マルティーヌが死んでしまう……!」
泣きながら俺は訴えるが、ベルトランは何度もマルティーヌを叩き続ける。
他の連中もその気迫に圧倒され、じっと見ている事しかできない。
――そして、ついにマルティーヌは動かなくなった。
「ぎゃはははは! ざまあみやがれ! ぶっ殺してやったぜえええ!」
「……ベルトラン! よくもやってくれたなあああああああ!!」
激しい怒りが俺の体を突き動かした。
「うごおっ!」
俺はベルトランにタックルすると、奴に馬乗りになり何度も顔面を殴り付ける。
「殺してやる! 殺してやるぞおおおおおお!」
「おぐっ! おべっ! ぐべっ! べぶしっ!」
ベルトランの首を絞める。マルティーヌの仇だ!
「うごごごごご……!」
「やめろエージ! 殺す気か!?」
周りの連中が俺を引き離そうとするが、そうはさせない。こいつだけは絶対に殺す!
「やめたまえ! 犯罪行為だぞ!」
「知った事か! よくも! よくも! 地獄に堕ちろ!」
「衛兵だ! 衛兵を呼べ!」
副店長のオスカールが外へと駆け出して行った。
「棒で殴れ!」
ロックウェルが、マルティーヌを叩き殺した棒を手に取ったのが見えたので、奴の腹に蹴りを入れる。
「あぐぅっ……!」
そして棒を奪い、ベルトランに振りかぶった。
「う、うわあああああ! やめてくれえええええ!」
「お前はそう言われてやめたか! ベルトラン!」
――バスッ! バスバスッ!
俺の体に矢が何本も突き刺さるのが見えた。
それが最後の記憶だった。
付呪のシステムはス〇イリムの設定そのままです。イメージしやすいように、あえて名称をそのままにしてあります。
ベ〇スダソフトワークス様に怒られたら、差し替えます。
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