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【短編】習作・アイデア切り抜き

過去からの思い出を嗅ぐ

作者: 結崎 梟

あらすじ・タグのご確認をお願いします。

 ゆらりと牛車に揺られながら手元に目を落とし、議会で同じく議員をしているが派閥も違う古い顔見知りに手渡された一通のややくたびれた封筒を眺めた。

 十五のころからの知り合いで、二十になるころに官員の育成をする学舎での意見の食い違いから目の敵にしあってきた相手だ。

 もうお互い五十にもなる事から考えると、三十年近く争ってきたことになる。

 確かに五十にもなればもう余生のためにも引退するのが一般的なこの世ではあるが、自分も相手もまだまだと思っていた内にいきなり向こうが引退を考えているとの噂が流れてきた。

 今日見た相手の目から噂は真実だったのだろうと思うがしばらく国外に出ている間に何があったのだろうと疑問が浮かぶ。

 おそらくこの封筒の中にその答えがあるのだろうとは思うがなかなか勇気がでない。


 カタリと小石でも踏んだのか揺れた車に後押しされるように封を破った。

 出てきたのは二枚の便箋と香りだった。


 僅かに嗅いだだけで痛烈に思い出される幼き頃からの記憶。

 そう、私は苦学生だった。十を数える年のころから新聞やらなにやら量も少なく軽いものばかりではあるが配達をして小金を稼いでいた。

 身体が少しばかり出来上がると重労働にも手を出し、ところどころ体を痛めつつ奨学金もぎりぎりとれる程度に勉学に励みがむしゃらに生きていた。

 奴に出会ったのはそんな耳をとがらせて周囲に耳を澄ませ、目をギラギラとさせた飢えた獣のような様子のころだった。

 向こうはそれなりに裕福な家で家の跡継ぎでもない奴は私の正反対のようであった。

 付き合いが生まれるきっかけとなったのは官員育成の学舎に通うために必死に字を整えつつ代筆などの仕事に手を出していたその先に奴が同じく働き手としてきたことだった。

 一種の教養として代筆の仕事に来た奴は、飢えた獣だと言われる私がそこにいることに驚いていた。

 私も仕事をするには軽い空気を出しながら来た奴が気に食わず、また仕事を盗られると感じたので愛想も最悪だったろう。

 だがあいつは自身にしかできないことなどを感じられず、字の綺麗さでも私に負けていることを知り、私に頭を下げて意見を乞うてきた。

 馬鹿にされてるのかと思った俺は怒鳴り、向こうもふざけてるつもりはないと怒鳴り、取っ組み合いになり両方その代筆業を取りまとめているあいつの父の知り合いの親分に思いっきり拳骨を落とされたものだ。

 そこから親分に命じられお互いの腹の内をさらけ出しあい、親交を深める事となった。

 私が度々体を壊すのを見かねたあいつが多少のつてを辿り代筆のように学びとして行える本の模写なりを紹介してくれ、私はちょっと悪い息抜きや体の動かし方を教えてやり、お互いの不足を埋めていった。


 今思い返せばあいつがいなければ今のような地位までには上ってこれなかったろう。


 そこまで鮮明に思い出される中手紙に目を通すと、お互いの将来に向けて手紙を書こうという事で自分宛と相手宛の二通をそれぞれの封筒にしまっていたことを思い出された。


 まだお互いへのぎこちなさが感じられる文章に、思わず笑みをこぼす。

 それでも競い合う相手としての強い結束を感じさせ、どちらがより高くまで登れたかという質問に勝敗はつかなかったようだぞと呟く。


 意見を違えた時に、いつまでも競い合いいつでも渡しあえると思いお互い宛の物を持っていたのを私から相手に叩きつけたことが苦々しく思い出された。


「あいつは、自分宛の物も俺宛の物も、捨てなかったのだな……」


 そうこぼれた思いは、より郷愁を強く感じさせた。


 どうせ捨てるに捨てれず苦悩して仕舞い込んだのを何かの拍子に見つけたのだろう事が容易に想像でき、破る事も出来ず相手に叩きつけるしかなかった自分と似たもの同士だと思った。


 読み終えた自分はあの時渡してきたあいつと同じような目をしているのだろう。

 この寂莫とした感情をそうしようもなくなったころに、家に着いたと御者から知らされた。

 追加の仕事を申し付け、急いであいつ好みの秘蔵の一本を持ち出して牛車に駆け戻った。

 相手も自分好みの酒を用意しているだろう予感を感じながら御者をせかすのだった。




お読みいただきありがとうございました。

習作ですので様々なご意見ご感想のほどよろしくお願いします。

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