転生と悪役令嬢
現状で全二話しか思いついてないですがそろそろ投稿しなきゃなと思ったので投稿します。
「オードリー・ヒップス公爵令嬢。貴様の悪行にはもううんざりだ!」
マイマウ王立魔法学園で行われていた光の踊り子の誕生を祝うパーティは、フツーダ王太子の糾弾によって緊張感に包まれた。
凛々しい顔つきでオードリーと対立するフツーダ王太子。王太子の隣には手を前でクロスさせて佇む赤髪のヒロイン。二人を守るように周囲に並ぶ王太子のイケメンな取り巻き。それらをみて、縦ロールの髪型が特徴的なド派手な格好のオードリー・ヒップス公爵令嬢は苦々しい表情を浮かべる。
会場に来ていた他の者たちは緊張した面持ちでそれを見守り、そしてどこからともなくユーロビートのイントロが静かに流れ始めた。
……これはダンスがテーマの乙女ゲーム、『どうか貴方と踊らせて』のラストで展開されるシーンの一つだ。
ゲームの舞台はファンタジーな世界。ある日光の力に目覚めたヒロインは、竜神と対話できるという「光の踊り子」になるために魔法学園に入学する。しかしそこで出会うのは一癖も二癖もあるイケメン達。ヒロインは果たして光の踊り子になれるのか。そしてイケメン達との恋の行方は……? と言う王道ストーリーが魅力だと宣伝されていた神ゲーである。
この場で糾弾されたオードリー・ヒップス公爵令嬢は、ゲームに登場する悪役令嬢だ。光の踊り子候補でありフツーダ王太子の婚約者なのだが、同じ光の踊り子候補のヒロインに嫉妬して彼女に様々な嫌がらせをする。しかしメインキャラであるイケメン達との好感度を上げてそれぞれのグッドエンドにたどり着くと、最終的に様々な罪をメインキャラに糾弾されて破滅してしまう。悪役はいつだって正義に敗れるのだ。
そしてメインルートであるフツーダ王太子ルート、もしくは全メインキャラ攻略ルートになると婚約者であったはずのフツーダ王太子から糾弾される。つまりこのシーンはそれらのルートのラスト、ヒロインが光の踊り子になった後に発生するゲームの最大の山場だ。
「今日をもって、貴様との婚約を破棄する! そして私は光の踊り子である○○と婚約することを宣言する!」
<♪デケデケデ~! デケデケデ~! デケデケ! デケデ、デケデ、デケデ、デケデ、デケデケ!>
王太子はオードリーとの婚約を破棄し、ヒロインとの婚約を宣言する。
そして王太子が叫ぶと、どこからか聞こえてきたユーロビートがより激しいサウンドになる。ドラムは四つ打ちのリズムを刻み、シンセサイザーの音がデケデケと鳴り響く。だいぶやかましいが、テンションのあがる音。二千年代のユーロビートブームで誰もが知る名曲、『REIJOU tonight』の有名なイントロだ。
BGMの音のテンションが激しくなった瞬間、手をクロスさせて静止していたヒロインも動き出す。ヒロインは両足をリズミカルに右、左、右、左と小刻みにステップを踏み、両腕は斜めに開く、閉じるを繰り返す。二千年代に同じく流行したダンス、パラパラの動作だ。
「な、なんですって! そんな小汚い娘と婚約するだなんて、正気ですのフツーダ様!」
「口を慎め。彼女が光の踊り子となった今、この国での地位はお前よりも上だ」
「くっ……」
「……○○が話してくれたよ。オードリー、貴様は○○に様々な嫌がらせをしていたようだな」
「な、なにを言ってますの! そんなの、その光の踊り子を偽る小娘の嘘に決まってるじゃないですか!」
「貴様の取り巻きの令嬢から証言は取れているっ! 嘘をついても無駄だっ!」
「そんなバカな! あいつら、裏切ったわねっ!」
王太子とオードリーの言い争いパートが始まった。フツーダ王太子は勇ましく強気に発言し、オードリーは上手く反論できずたじろいでしまう。ここでもヒロインの左右の小刻みなステップは続く。しかし上半身の動作は先ほどとはだいぶ違った形である。右腕を前でくるくると回し、その次は左腕もくるくると回す。ここの腕の回し方は精度が必要で、下手にやるとブーイングを喰らう。
「それだけではない! 先月、○○が盗賊団に誘拐された事件を覚えているな? あの盗賊団が貴様の手の者であるという証拠もつかんだ。言い逃れはできないぞ!」
「う、嘘……。証拠は全てもみ消したはずなのに……!」
「竜神との対話者である光の踊り子候補に対する嫌がらせだけでなく、誘拐まで支援した……。これはもはや、国家に対する反逆と同義だ」
「こ、こんなはずじゃなかったのに! そいつさえいなければ、私が光の踊り子になるはずだったのに! すべて、その女が悪いのよーっ!」
「衛兵! オードリーを牢まで連れていけっ!」
王太子が話題をヒロインが誘拐された事件に変える。ここでの上半身の振り付けは流しの動作が基本だ。腕を斜め上から反対側へ流し、次はもう片方の腕で同様の動作を行う。この動作を何度か繰り返すと、追い詰められたオードリーが発狂し王太子が衛兵を呼ぶ。そしてサビに入るのだ。
「♪REIJOU tonightっ! 今宵は speedy nightっ! ぶっちぎれ、嫌がらせnight~!」
衛兵に掴まれ、連行されようとしているオードリーがそう叫ぶ。このダッサい文言が並べられた叫びこそ、『REIJOU tonight』のサビだ。もはや糾弾とかよりユーロビートの方がこの場のメインになってるが、ヒロインはそんなの気にせずサビの振り付けに切り替え踊り続ける。まずは腕を前で交差させる。次は腕を斜め上に何度か突き上げ、そして片手ずつノックの動作。もちろん小刻みな左右のステップは継続だ。ちなみに表情はずっと真顔である。
「♪覚えておきなさい、○○……! あなたの事は一生怨んでやるnightっ! いつか殺してやるnightっ! Let's REIJOU tonight~!」
<♪デケデケデ~! デケデケデ~! デケデケ! デケデ、デケデ、デケデ、デケデ、デケデケ!>
サビの後半はオードリーが恨みたっぷりかつハイテンションで熱唱する。そのリズムに合わせて、ヒロインはサビの振り付けを踊り続ける。やがて盛り上がったサビが終わり、オードリーは衛兵に会場の外へと連れだされるのだった。
その後はイントロと同じ激しいシンセサイザーサウンドが鳴り響き、ヒロインは序盤の振り付けのもう一度行う。そして……。
「○○。大丈夫かい? 怖かっただろう……」
「フツーダ様。わ、わたしこんなに幸せでいいのでしょうか……? 光の踊り子になれたうえ、貴方と結婚できるなんて。夢みたいです……」
「君の清き心が竜神に届いた結果だよ。ずっと愛しているよ、○○……」
「私も愛しています、フツーダ様!」
……といったヒロインとフツーダ王太子の甘々パートでこのシーンは締めくくられるのだ。無論、ここでもヒロインは真顔でパラパラを踊り続けるし、しばらくしたら取り巻きが「♪REIJOU tonightっ! 明日もspeedy nightっ! ぶっちぎれ、甘々night~!」と二回目のサビを歌うのでヒロインはだいぶ長丁場で踊る事となる。
とにかく、そんな流れでオードリーは断罪され、ヒロインとフツーダ王太子は結ばれる。これが王道乙女ゲーム、『どうか貴方と踊らせて』のメインルートの結末である……。
***
……私の名前はオードリー・ヒップス。光の踊り子候補として選ばれた、縦ロールの髪型が特徴的なド派手な格好の公爵令嬢だ。
つい最近マイマウ王立魔法学園に入学して華やかな学生生活が始まったばかり。やがては光の踊り子になり、王太子のフツーダ様と結婚する未来が待っている! とウキウキ気分だったのもつかの間。突如前世の記憶を思い出した。そしてどこからともなくユーロビートのイントロが静かに流れ始めた。
「このまま、ストーリー通り進むと私は破滅するってことか……」
前世の記憶を思い出した私は手を前でクロスさせて佇む。記憶いわく、この世界は前世で私がハマっていたゲームの世界。そしてこのままゲームのストーリー通りに進行するならば、私は入学したマイマウ王立魔法学園で、世界観ぶち壊しのダンスをするヒロインに王太子を奪われて断罪されるのだとか。
「あのゲームってストーリーはおまけだからよく覚えてないんだよな。まぁ『REIJOU tonight』を踊りながら悪役令嬢断罪するのが楽しかったけどねぇ……」
だが私は、細かいストーリーをよく覚えてなかった。このゲーム、『どうか貴方と踊らせて』は王道ストーリーが魅力だと宣伝されていたが実際はそんなものはおまけだった。
……このゲームはダンスがテーマの乙女ゲームなのだが、ダンスがテーマどころかゲームのすべてを担っているのである。
プレイヤーの操作はモーションキャプチャーが基本。そしてプレイヤーたちはダンスしてヒロインを操作するのだ。ダンスが上手ければ上手いほど高得点が入り、ストーリーも進む。乙女ゲーム要素どこ行った。
そしてファンタジーや恋愛感をことごとくぶち壊す収録ダンスも凄かった。往年のディスコヒット、特徴的な振り付けのJ-POP、テンションが上がるユーロビート、現代的エレクトリックダンスミュージック。それら作品の世界観など無視した古今東西の有名な曲が、原曲のまま5万曲以上収録されていた。曲数多すぎだろ乙女ゲーム名乗るな。
そんな出来なので「究極のダンスゲーム! ダイエットやストレス解消にピッタリ! でも恋愛要素が邪魔!」とか「ダンスめっちゃ楽しいけど恋愛してる最中にヒロインが激しく踊りだすのはどうかと思う」とか言われる、気合い入れるベクトルや宣伝する箇所を間違えすぎた神ゲーとして前世の世界では有名であった。
そういった事情があるので、むしろダンスをやるためにゲームを買った私はストーリーを細かく覚えてないのだ。
「うーん。牢に入れられるのは嫌だけど、回避方法はどうすればいいだろう。まずは悪役ムーブをやめて、そして心も入れ替えて……」
<♪デケデケデ~! デケデケデ~! デケデケ! デケデ、デケデ、デケデ、デケデ、デケデケ!>
私はデケデケデーが始まるまでの間に必死に破滅のラストシーンからの回避方法を考えた。が、たいして考える時間も与えられぬままユーロビートがより激しいサウンドになる。ドラムは四つ打ちのリズムを刻み、シンセサイザーの音がデケデケと鳴り響く。皆さんご存知、『REIJOU tonight』の有名なイントロだ。
「……まぁいいや! とりあえず踊りまくろう!」
私はダンスタイムが始まったという事で、考えるのを放棄した。そして両足をリズミカルに右、左、右、左と小刻みにステップを踏み、両腕は斜めに開く、閉じるを繰り返す。ファンタジーな世界観をぶち壊す、パラパラの動作だ。
せっかくゲームの世界に入ったのだから、ダンスしなければもったいない。将来の破滅の不安でストレスがたまり始めていることだし、今夜は『REIJOU tonight』を踊りあかすことにしよう。それが私の最終的な結論となった。
「失礼します、お嬢様。お紅茶をお持ちいたしまし……た……」
「♪REIJOU tonightっ! 今宵は speedy nightっ! ぶっちぎれ、嫌がらせnight~!」
「お、お嬢様? お嬢様~~~っ!?」
熱が入って歌いながら踊っていたため、部屋に入ってきたメイドさんにダンスを中断させられそうになった。
が、その程度の軟なソウルで私のダンスを止めることなどできないのだ。
ユーキャントストップダンシング。