恋愛とは綺麗事だけではないのです(友人談)
「佐久間、彼女がいるってどんな感じ?」
「んー、楽しくもあり嬉しくもあると同時に、面倒だし疲れるなーって感じ」
日は変わって休日。
俺は数少ない友人の一人、佐久間洋介の家へ訪れていた。
「だよなー」
「ってかジローがんなこと聞いてくるって珍しいな、何かあった?」
興味津々、とばかりに読んでいた漫画から顔を上げて、こちらを伺ってくる。
一方、俺はそれを気にするでもなく佳境に入った小説から目を離さない。
「いや、俺も彼女できたから先人の意見でも聞こうかとな」
「ほーん」
それだけ言って再び漫画へと顔を落とす。
少し拍子抜けした気がしないでもないが、案外そんなものなのかもしれない。
静寂。
ただお互いの本を捲る音だけが部屋を支配する。
うわ、弥太郎死にそうじゃん。
こいつ相棒ポジだと思ってたのに。
「はぁ!?」
「うわ、なに、どうした」
ちょっとキザでニヒルな悪友キャラ、弥太郎の窮地を嘆いていると唐突に佐久間が声を上げた。
いやマジで何、今めっちゃいいところだったんだけど。
「彼女って、ジローにか!」
「え、うんそうだけど」
あぁそこね?そこに驚いたわけね?
まぁリアクションうっすいなーとは思ったけどね。
時間差は卑怯じゃない? 思わずビクッとなったよ。
ついでに本も閉じちゃったよ。
手から滑り落ちた本を拾い、どこだったかなと先程まで読んでいた所を探す。
「それって三次元の?」
「当たり前だろ」
「ちゃんと生きてる?」
「んな猟奇的な性癖してねぇよ」
「ちなみに兄妹じゃ結婚はできないぜ?」
「人をシスコン、しかも道踏み外した扱いするんじゃない」
矢継早に質問を投げつけてくる佐久間に観念し、俺はやっと探し当てたページへ栞を挟んで閉じる。
すまん、弥太郎。お前の勇姿は後でしっかり読んでやるからな。
「誰、俺知ってる子?」
「多分。佐々木佐紀って子」
「……サイドポニーで明るい元気な?」
「いや俺は他に同姓同名の知り合い居ないから言われてもわからんけども」
てかいるのか?結構珍しいだろ。佐々木はともかく名前がサキな佐々木さん。
「俺こないだ風のうわさで聞いたんだけど」
「何を」
「三年の筑波さん、フラれたらしい」
「誰だよ」
俺はお前ほど交友関係広くもなけりゃ情報網も隙間だらけなんだから名前だけでわかるかよ。
しかも三年て、先輩じゃん。
「サッカー部のキャプテンだよ」
「あー、モテるって噂は聞いたことある」
サッカー部、しかもキャプテン、そしておそらく見るまでもなくイケメンであろう筑波先輩。
「フラれたの?」
「あぁ、それはもう見事に」
マジかよ。時期がわからないからなんとも言えないけど、それって俺のせいだったりするのか?
いやこの場合、俺悪くなくね。関係、無くはないけど何かしたってわけでもないしな。
そう思いつつも、なんとなく罪悪感。
顔も知らない筑波先輩、すんません。
「よく成功したな、どんな告白したわけ?」
「いや、告白は向こうの――」
まずい、と口を塞いだ時には遅かった。
佐久間がありえない物を見るような目で俺を見ていた。
「え、何、告、られたの? お前が?」
「その言い方だと俺ごときがって意味に聞こえるからやめろ」
いや間違ってないけどさ。
間違ってないんだけどさ。
なんか、悲しいじゃん?
「嘘、な訳無いよな。そもそもお前からこういう類の話なんて聞いたの初めてだし」
「お前にこんな嘘つく理由もないしな」
再び静寂。そして。
「あの佐々木ちゃんがお前に告白、いやもう付き合って……?」
佐久間は混乱している。
「とは言え親友に彼女ができたことは羨ま、じゃない嬉しい事で!」
佐久間は激しく混乱している。
「いやそもそも俺には千花って彼女がいるだろ!」
佐久間はわけもわからず自分を攻撃した!
狼狽した佐久間が自分の頬を殴りつけるのを見届け、流石にまずいかと声をかける。
正直ちょっとおもしろかったのは内緒だ。
「まぁそういうわけでどうしたもんかな、と」
「あ、あぁ、なるほどそれで……」
「顔、大丈夫か?」
「……超痛い」
だよな、結構力入れてる感じだったしな。
それなりに力を込めたのか、佐久間の右頬には少し跡が残っていた。