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淡き光の思ひ出

 淡い光が指す古びた古民家の縁側、そこには全て白くきれいに染まった短髪に精悍な顔つきの老人が座っていた。その老人は何をするでもなくただ自分に降り注ぐ淡い光を受けてまるで何かを待っているかのようにその場にたたずむだけであった。

 その老人には見覚えがあった。ただそこにいるだけなのに、まだ話してもいないのに自分の意思では止めることのできない”何か”が心の奥深くから溢れ出すように、まるでいっぱいにたまった桶から水が溢れ出すようにわたしの目から”それ”は流れた。

 その老人に最後にあったのはもう十年以上も前の話。まだ幼く確固たる自分の意思がなにかもわかっていなかった頃、優しく接してくれていたその人を受け入れることも出来ず拒絶していた。

 ただ、その人はわたしがどれだけ拒絶しても笑顔で、怒ることなく、いつも同じように優しく語りかけてくれた。


「嫌なことがあったらちゃんと言う。それができるならこれからちゃんと生きていけるな。安心、安心」


 自分が嫌なことを言っている自覚はあるのに、怒られても当然と思っているのに、その人は本当に安心したように慈しみのこもった優しい笑みをわたしにくれた。

 何だか申し訳なくて、でもこの胸にわきおこる不思議で不快なこの感情に名前をつけれなくて、つけたくなくて、見ていないことにしたくて、その幼いわたしを思って向けてくれた微笑みを受け入れることができなかった。

 少しずつ成長して、自分の考えや思想なんかも固まってきて素直に”あの”微笑みを受け入れることができると思っていた。ある日少し離れたところに住んでいたその人に母が会いに行くことになった。わたしも誘われたがその日は仲のいい友人と遊ぶ日だったため友人を優先した。遊びざかりであったあの頃はその人といるより友人といるほうが楽しく過ごせると思っていた。

 しばらくして、長いことその人とあっていないことに気付いた。そろそろ会いに行こうかな?なんてその時は思っていた。

 わたしは、母一人子一人のいわゆる母子家庭で、母は女手一人でわたしを育ててくれた。そんな母に昔からお世話になっている人からとある話があった。


「今いる田舎町じゃなくてもっと大きい街で働かないか?」


 母は地方では大手のスーパーを運営するグループで働いていた。田舎町より待遇も給与も上がる俗にいう栄転の話はまたとないチャンスであった。

その当時はわたしもすでに中学に入りある程度の家事は出来ていたためとても乗り気であった。もちろんわたしも反対などせずに二つ返事で受け入れた。

 しかし、いざ引っ越してみると慣れない土地、新たに築く人間関係、そして今まで心の支えになっていたあの人の別れ。自分の中に溜まっていくストレスに蝕まれ少しずつ体調を崩してきた。

 母や当時の担任など仲良くなってきた友人などに心配もされ、変に負けず嫌いなわたしは弱っているところを見せるわけにはいかないという謎の意地で隠し続け、受験にも挑んだ。

 無事に第一志望に受かり安心したその油断をついたかのように今まで抑え込んだものがわたしの体で爆発した。

 合格発表のその場で倒れたわたしは近くの総合病院に入院することが決まった。倒れた原因は慢性的なストレスからくる様々な身体防御機能の過剰反応による高血圧とそれによる心臓発作だという。

 今までかかっていたストレスがほんの一瞬緩んだすきにその牙をむいたようだ。下手すれば命に関わった可能性すらあったようですしばらくは絶対安静で何があっても病院からでることはできないとのことであった。

 まあそれでストレスになるのもいけないということで病院の敷地内であれば特に制限などはなく過ごすことができた。


 無事に退院することもでき数週間遅れてではあるが高校にも通うことができるまでになった。そこでふと、まだ高校進学の挨拶をあの人にしていないことを思い出した。

 思いたったらいてもたってもいられなくなり母に会いに行きたいと伝えた。あの人に家までは車などの交通手段を使わないと厳しいものがあったからだ。

もちろん断られるなど思っていないわたしはすでに会ったあとのことを考えていた。そんなわたしに母は辛そうにわたしが入院していた間のことを話してくれた。


わたしが入院してしばらくたった頃あの人はいつものように老後の趣味に畑を借りた本格的な農作業をしていた。その日はそんなに気温も高くなく日差しも強かったわけではなかった。

 一緒に農作業をしてたその妻はふと自分の旦那が見当たらないことに気づいたらしい。もともとヘビースモーカーでだいの酒好きだったあの人のことだから近くの小屋でタバコ吸ってるか酒でも飲んでるのだろうと考えた妻は気にせず作業を続けた。

 作業も終わりあたりを見回すとまだ見当たらないことを不審に思いあたりを探すと鍬を片手に頭から血を流した旦那が倒れているのを見つけた。その体は暖かな太陽の中でもすでに冷え切っていたそうだ。

 原因は不明だが倒れた拍子に近くの石に頭を強く打ち付けたことによる失血死と判断された。

 ストレスをかけないため半ば隔離状態にあったわたしには伝えないほうがいいという意見が多く葬式に参加することすら叶わく、その二ヶ月後にその事実を知った。

 最後までお礼も言えず、整理のついたためていたこの感情を伝えることもできないままに別れすら伝えられずにもう二度とあえなくなった。



 今目の前にいるのは記憶の中と何ら変わらないあの優しい微笑みを向けてくれるのはまぎれもなくあの頃素直になれなかったわたしを見守ってくれていた祖父のものであった。

 死後の世界など信じていなかっし、今でも信じているか、と問われるとNOと言える自信がある。

 ただこれが夢でもいい。ほんの泡沫の幻でもいい。ただ一言伝えたい。


「わたしのことを愛してくれてありがどう。いつも見守ってくれてありかどう。そして不器用で好きなのに素直に伝えられなかったわたしを許してほしい。あなたのその微笑みと言葉がわたしを支えてくれた。大好きだよじいちゃん」



 たとえこの言葉があなたに届かなくても、たとえわたしの自己満足だとしても知っていて欲しい。口では疎ましがっていたけど、あまり会いに行かなかったけど、本当は誰よりも好きで誰よりも頼りにしていたことを。また会いたい。あなたともう一度同じ食卓でくだらない会話をしながら過ごしたい。この気持ちに偽りなどないことを。


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