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乙女ゲームは馬狂いによって成立しませんでした

乙女ゲームは馬狂いによって成立しませんでした

 

 競馬は別名ブラッドスポーツと呼ばれる。

 一定の血統以上の馬が勝つことがほとんどだからだ。

 もちろん例外はあるがそれでも種牡馬になったときに産駒が思うように走らず、一度は逃れたはずの馬肉への運命を誰にも知られることなく辿った名馬も多々いるのだ。

 かといって名馬と名馬の子供でも平凡だということもまたよくあること。

 人との絆、最高の調教、気性、環境など様々なことが合わさって最高の名馬が誕生するのである。


 さて馬はそうだが人間はそうではないという訳ではない。

 勘違いされないように言っておくが血筋が悪ければ下等であるとかそういうことを言いたいのではない。

 いくら血筋がよかろうときちんと教育しなければアホになると言っているのだ。


 そう今、目の前でギャアギャアとうるさくわめいている名君と呼ばれる我が国の国王と王国一の才媛と言われる王妃との間に生まれた第一王子のように。

 見目だけは、黄金の髪に碧眼の正統派美形で最高ではあるが、人間としては……。


「えぇいっ! おまえは口答えせずにさっさとその馬を私に寄越せばいいのだ! 第一王子である私が貰ってやるのだ。ありがたく思え!」


 このとおりの正真正銘の駄馬である。

 これで理解してくれるわけがないと思いつつ、もはや自動的に私の口が同じ口上を述べる。


「恐れながら王子殿下、それはいたしかねますと何度も申し上げております」


 この子は、私が育てた血と涙と汗の結晶。

 私の最高傑作。

 これ以上の馬は今後あらわれないのではないかと言われる馬だ。

 誰が渡すかこのボケ!

 死にさらせ!


 心の中で思う存分に罵倒する。

 本当は王子だろうが何だろうが舌を切り落とした上で拷問器具(ファラリスの雄牛)(処刑法の一つ)で燻製にしてやりたいぐらいなのだ。


 おっとあまりの怒りに自己紹介を忘れていた。

 私は、不本意ながらこの馬鹿王子の婚約者。

 そして、王姉の長女で公爵令嬢のアイリス・リオ・マラカイトだ。

 幼い頃から第一王子が使い物にならないと踏んだ国王と王妃によって王妃教育のみならず帝王学、経営学、語学などなど様々なことを仕込まれてきた。


 諦めが早すぎる!

 もっと努力しろよ!

 せめて常識ぐらい叩き込め!


 淑女にあるまじき罵倒がポンポンと出てくるが日頃のストレスのせいと大目に見てもらいたい。

 私としては面倒な王妃になどなりたくもないし、それ以上にあの王子に嫁ぐという時点で最悪以外の何物でもないからだ。

 もちろん家どころじゃなく国のためだからしかたないと割り切ってはいるのだが……。

 その決心もたびたび崩れそうになっている。


 ストレスの元凶は未だにうるさい。

 まるで小蠅が飛んでいるようだ。

 いやそれは小蠅に失礼か。

 本当に糞だなこの野郎。

 否、糞なら肥料にもなるというのに毒にしかならん。


「無理がわけがないだろうがっ! このジョン・ソラーノ・ロペス、他でもないこの国の第一王子の命令に逆らうと言うのかっ! おまえはいつもいつも生意気で可愛げがない。なんでおまえのような奴が私の婚約者なのだっ!」


「はぁ、申し訳ございません」


 いつまで続くんだこれ?

 いつの間にか私の悪口に変わっているぞ。

 この子が取られないのならば別にいくら私の悪口を言ってもらってもかまわないのだが……。


 私の側でじっと大人しくしていた愛馬が飽きてきたのか私に甘えてくるのを優しくなでてやる。

 あぁ、私のシトリン。

 この眩しいくらい美しい純白の毛は珍しい白毛によるものだ。

 決して名馬とは言えなかった両親から生まれた馬にもかかわらず聡明さを備えたこの子は厳しい調教にも耐え、史上初めての無敗三冠馬となったのである。

 今は5歳になり無敗記録は絶賛更新中でどの馬にも負ける気配がない。

 まぁ、そのせいでこのアホに目をつけられてしまったのだが……。

 シトリンが持つ最高の素質を伸ばすのに必死でそんなことまで気が回らなかった……。


 それはいいとしてこの馬鹿が半ば奪おうとしてでもシトリンを欲しがる理由がある。

 競馬はこの大陸で最も盛んであるスポーツで国の貴族たちはこぞっていい馬を買いあさり調教し、レースに出走させ最高峰のレースでの勝利を求める。

 レースの結果如何によっては一族の進退がかかるのだ。

 いい馬であれば自然とたくさんの調教師が預かりたがり、名手がこぞって乗りたがるのだ。

 皆、いい馬を手に入れようと死に物狂いである。


「聞いているのか? 最近、学園で知り合った男爵令嬢はとても可憐で愛らしい。私に寄り添って甘えさせてくれたり、勉強しろ勉強しろとうるさいおまえと違って私は私のままでいいと言ってくれるのだ。おまえも少しは彼女を見習ったらどうなんだっ! いや、もういい! 父上と母上に言っておまえとの婚約を破棄させてもらう! 婚約破棄の暁にはおまえが育てている馬すべてを慰謝料としてもらうからな!」


  捨て台詞を残し王子殿下は去って行った。

  見えなくなったことを確認し、スッと息を吸い込んだ。


「誰がてめぇなんかに大事な大事なシトリンをやるか!! おととい来やがれ! 婚約破棄はこっちからお願いしたいぐらいだけどな!!」


 我慢しきれなかった叫びを腹の底から出し切り、どこか心配そうに私を見つめるシトリンの首を大丈夫だと伝えるようにポンポンと軽く叩いた。

 だが、次の瞬間ハッとした。

 マズイ。

 非常にマズイ。

 婚約破棄は良いことだ。

 むしろ願ったり叶ったりである。

 最大の難関は、名君のはずの王と王妃だ。

 彼らは自分たちの子供にものすごく甘い。

 それはもう砂糖を吐きださんばかりに。

 とんでもない親馬鹿であるから王子の願いをなんでも叶えようとする嫌いがある。

 内心申し訳なく思っていようとも愛しい我が子のためにどれだけ無茶ぶりであろうともおもちゃを与えるように私からシトリンを取り上げてしまうだろう。

 こういうときは名君というものは面倒だ。

 そして今回の場合は、シトリンだけでなく他の馬たちも両陛下の魔の手にかかってしまう。


「…………逃げてやる。もうこんな国、おまえたちを取られてしまうくらいなら惜しくない」


 つぶやくように言い。

 この時代においてこの国一番の名馬であろう背にためらいなく飛び乗った。


「さぁ、可愛い可愛い私のシトリン。おまえの仲間を連れ出したら一緒に逃げようか? 今の時期なら子馬たちも走れる程度に育ってるからよかったことだ」


 目指すは世界最高峰のレースが開催される帝国。

 シトリンはこの国で勝つべきレースにすべて勝った、この国に用はない。

 シトリンを世界一の名馬にするのだ。

 くだらないこの国に馬たちを盗られ、人生を潰されたくはない。


 腹を軽く蹴りシトリンに合図をすると軽やかに走り出した。

 最高の相棒の背から見える景色には希望が輝いていた。


 調教を失敗し、甘やかされた良血駄馬に用はない。


 *****


「まぁ、そんな感じで家出じゃなく、国出したんだ」


 雪のような長い白銀の髪に藤色の瞳の男装の麗人が色気たっぷりに微笑む。

 心底幸せだというふうに。


「国を出たくなる気持ちはわかるが、結果的にそれが滅亡の第一歩だったんだな」


 複雑そうに彼女を見つめるのは帝国の皇太子であるジュラ・ラー・ラピスラズリ。

 帝室特有の星空が瞬くような濃紺の瞳に蒼黒の髪を持つ中性的な美青年だ。


「あんな国潰れて当然さ。そんなことより目に焼き付けておけよ。私のシトリンが世界一になる瞬間を」


 歌うように言う彼女は見たこともない上機嫌。

 シトリンが勝つことを微塵も疑っていなかった。


「おいおい、レースは始まってもいないぞ」


 苦笑するようにジュラがたしなめるが、彼もシトリンの勝利を疑っていなかった。


「シトリンが負けるわけがないだろう? 他の連中が弱かったから本気を出さなかっただけだというのに着差がどうだとか。あの馬には負けるだろうとか。そればかり。だがシトリンの強さを見せつけられる最高のメンバーのこのレースであの子は伝説の名馬。あぁ、楽しみでしょうがない」


「このレースでは、どんな名手だろうと緊張するものだと思っていたが……楽しみか。そうか。それなら心配は無用だな。じゃあ、勝ってこい」


「もちろんだよ!」


 少し先の未来に伝説の名馬と呼ばれる予定の白馬に希代の若き名手と呼ばれる女が乗り。

 緑のターフに向かって人馬一体となって翔る。


「アイリス! 勝ったら俺の願いを一つ叶えてくれ!」


「それ普通は逆じゃないのか? まぁ、今日の私は機嫌がいい。馬たちをよこせとかいうアホなことじゃなければ聞こう」


「その言葉忘れるなよ!」


 彼女はジュラが笑うのにシトリンと共に不思議そうに首をかしげる。

 馬は主に似るのかとますます笑いが込み上げた。


 *****


 ――数年後


「ジュラ、放せ! 私はどうしてもあの子馬に乗らねばならん」


「妊婦が何を言っている?! せめて安定期まで待ってくれ!」


「不可能だ。シトリンの待望の子がやっと乗れる時期まで来たんだぞ! 気に入った牝馬一頭としか番わないのだからシトリンにも困ったものだったが。あれは走る! 幼いながら最高の馬体! 乗らずにいられるか!」


「誰か! 誰か皇太子妃を止めろ!」


  人々が騒ぐそばで真っ白な子馬はあくびを一つして、図太くも昼寝をはじめた。


 ……皇太子夫妻の子供は無事に生まれたとだけ言っておこう。


 *****


アイリス・リオ・マラカイト

 乙女ゲームの悪役令嬢という設定だったが本人は転生しているわけでもないので知らない。

 国王の姉の長女で公爵令嬢。

 雪のような長い白銀の髪に藤色の瞳の男装の麗人。

 たいていなんでもできるけど残念なほどの馬狂い。

 調教師、騎手、装蹄師、馬医など馬に関する資格ならすべて持っているが最も才能があるのは、騎手。

 第一王子との結婚が嫌だったが受け入れるのも致し方なしと考えていた。

 しかし、馬を取り上げられるのは我慢ならず帝国に逃亡。

 後に伝説の名手として語り継がれる史上初の女騎手兼帝国の皇后。


ジョン・ソラーノ・ロペス

 乙女ゲームのメインヒーローのはず。

 王国の第一王子。

 黄金の髪に碧眼の正統派美形の見た目だけ王子。

 甘やかされて育ったため自分の言うこと誰でも聞くものだと思っている典型的な馬鹿王子。

 主な原因は親馬鹿な両親と本人の何も知ろうとしない無知による。

 国王になる前に国が滅びる。

 本人は死ぬまで自分の愚かさがわからなかった。

 いくら良血でも素質がなければただの駄馬を地でいった人。


シトリン

 アイリスが探し出し手ずから育成した白毛の牡馬。

 実はとうの昔に産駒が走らずほぼ絶滅したといわれている名馬たちの血統を引いている。

 とても聡明で主人が大好き。

 後に伝説の無敗名馬。

 作者的にオグ○キャップの直系牡馬が残り一頭になって成功した感じ。


ジュラ・ラー・ラピスラズリ

 乙女ゲームの隠しキャラ……かもしれない。

 帝国の皇太子。

 帝室特有の星空が瞬くような濃紺の瞳に蒼黒の髪を持つ中性的な美青年。

 馬の大群を連れて帝国にやってきたアイリスを狩猟に出ていたときにたまたま見つけて保護する。

 シトリンを一目で帝国の駿馬たちが相手にならないほどの名馬だと気づいたためそれに乗っていたアイリスに興味を持った。

 アイリスに惚れて妻にする。

 アイリス以上の理屈ではない相馬眼を持っている。

 後の皇帝。


男爵令嬢

 乙女ゲームのヒロインで転生者。

 ゲームの通りに王子の側に寄り添い甘やかす。

 王妃の地位が欲しかっただけの頭お花畑。

 王子の側室となるが数ヶ月で飽きられていつの間にか死んでいた。

 乙女ゲームのいわゆるバッドエンドに進んだものと思われる。


国王と王妃

 名君と才色兼備なはずな人たち。

 子育ての仕方がわからずとりあえずとばかりに甘やかしたため馬鹿が育つ。

 アイリスとその両親(ストッパー)がいなくなったため、甘やかしの延長で第一王子の言うとおりに国を動かした結果国を滅ぼしてしまう。

 アイリスが逃げたとき、さすがにいなくなられては困ると追手を差し向けたがアイリスの英才教育によって鍛えられた馬たちに追いつけなかった。

 そうこうしているうちにアイリスと馬たちはジュラに保護された。


アイリスの両親

 物語に出ていない。

 アイリスが馬たちと共にいなくなったときに王国の未来を悟る。

 馬狂いの娘の行き先が世界最高峰のレースが開催される帝国だと検討をつけ、亡命する。

 娘と無事に再会を果たす。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ファラリスの雄牛も中にウッドチップを敷き詰める姿を想像してホッコリしました(๑╹ω╹๑) チップは何にしようね、桜かな?胡桃かな? それともブレンドに挑戦する?
[良い点] 竹を割ったような暴風のような、いや、暴れ馬のような主役だ……(笑) [気になる点] 本当に名君なら息子が馬鹿だってわかってたわけだし馬鹿の打ち出した馬鹿な政策は施行しないのでは…… あと姉…
[一言] ゲームの方のヒロイン譲、この王子と両親の面倒を押し付けられて、本当にハッピーエンドなのか。王家のやらかしのせいで、最高でも胃に穴が開くんじゃ。下手をするとストレスで心を病むか、若死にしそうな…
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