18
地に伏したルートヴィヒは、目を閉じたまま、ぴくりとも動かなかった。
四人の魔女は彼を仰向けに倒し、額に手を当てた。
「呼吸はしてらァ、脈拍も正常さね」
「体内の水分量に異常はないわ。精神の方に問題が生じたのねえ」
「僕には眠っているように見えるんだけど」
「……各種、刺激に……反応せん。……重度の昏睡だ」
「昔いた、神憑きの末期症状によく似てるねェ。
あれは神が神域側に引き込みすぎないよう、調整した結果だが……旦那はどうしたってんだい」
ダニエルはアザゼルに説明を促す。もし万が一にも、ルートヴィヒに何かがあれば、今度こそエマヌエルは耐えきれないだろう。
アザゼルは青褪めた顔で、呟くように言った。
『旦那様は……わたくしを改ざんした。お前たちも見たろう、あの兵器の数々を』
「馬鹿な!この王子様は普通の人間でしょう?魔女ですら、神の霊質を組み換えるなんて……!」
「いや……アザゼルは、角がない……。アザゼルが受け入れ……彼が自己を希薄化すれば……あるいは」
「じゃあその希薄化で、この人は自分を見失ってしまったの?」
ルートヴィヒの意識を引き上げるには、いくつかの方法がある。
単純に衝撃を与えるか、アザゼルに残っている情報を辿って、釣り上げるか、などだ。
しかし原因が不明瞭だ。間違えれば、ルートヴィヒの意識は失われてしまう。
『違う。わたくしは旦那様の無意識野に、別の力の源を感じた』
「……無意識かァ」
俗にいう深層心理。神と契約すると、自分の意識内に、受け入れた神の意識が侵食してしまう。
だが人の思いという情報も、過ぎれば神という大いなる流れに、影響を及ぼす。
ゆえに神とて、重大な問題が起きない限り、人の無意識野を見たりはしない。
本人が意図しない思考の領域は、思わぬ心傷や願望で溢れている。それを見られたい者などいやしない。
主を心配し、鼻息を吹きかける軍馬をキサラが宥める。
「うんうん、大丈夫だよ。……ダニエル、無意識野に入れる神様は、この中にいないの?」
「……エーギルかバイザクはどうだィ?」
人魚と戦士は、揃って首を横に振る。
「エーギルは受容範囲は広いけれど、探索は専門外なのよ」
「……バイザクは、人の意識に手は出さぬ」
ダニエルは頭を抱え、呟いた。最後の賭けに出る覚悟が、なかなか出ない。
「となれば……アイツしかいないなァ……でもなー」
「その人しかいないなら、頼むしかないよ!どなたなのさ」
「ヘルガだよォ。アイツは人の意識に土足で入り込む。防衛機制も無理矢理壊してな」
神域を通して人の意識に入るのは、困難を極める。
まず他人に見られまいと、防衛機制が働く。それを許されて入ったとしても、欲や記憶、諸々の思考に呑まれず自己を保つのは難しい。
それは意識段階が上がり、深層へ潜っていくほどに難度は上がっていく。
「ヘルガはなァ、自分以外は全て価値のない玩具として見ているのさァ。
全く最低な奴さね、自分の臣民の意識を引っ掻き回して遊んでいるようだし、アタシも昔、ヤラれた」
「まあ怖い。王子様が殺されてしまいそう」
「魔王との……関係性を鑑みれば……奴も愚かではない」
「だといいんだがねェ……。アバドンよ、イツテラコリウキと繋げておくれ」
真っ白い空間を、同じく白いドレスの少女が歩む。
神域と現世の中間地点である境界を、迷うことなく悠々と。
リウォイン国女王にして古き魔女。ヘルガは白鷺を伴い、今しがたルートヴィヒの意識内に入らんとしていた。
アルヴァ王族を呪いで殺してしまうのは簡単だが、あからさまにすぎる。故に今まで侵入するつもりはなかった。
だが魔王の想い人とあっては、問題が違ってくる。何故そうなってしまったのか、誰彼に問い詰めたいところだが、なってしまったものは仕方がない。
「可愛い恋愛を打ち壊すのも、悪い魔女の役目だ。そうは思わないか」
『全くもって、わざわいなり。わが愛しき星は』
額を矢に貫かれた老人が、宙に陣を描く。目隠しをした表情は無そのものだが、声音はどこか楽しげだった。
盲目と氷山、静寂と裁きを司るイツテラコリウキは、ルートヴィヒの意識と繋がると、再び白鷺の姿となった。
早速、勇猛果敢に剣を向けてきたエバ王女を、ヘルガは短槍で心臓を一突きにした。
領域を侵す異分子を排除するための、防衛機制だ。
エバの姿をしていたのは、ルートヴィヒにとって彼女こそが信頼の表れ。何があっても自分を守ってくれるという、確信があるのだろう。
「くはは、甘い甘い」
魔女が一歩踏み出す度に、王宮の廊下に薄氷が張る。
実のところ、人の意識はわずかに神域に繋がっている。一説では、神が神域を通して、こちら側をこっそりと伺っているとも。
「それにしても……」
騒然としている、と感じた。ヘルガは視力が殆ど無く、故に無意味なものを無視し、自己を強く保つことができる。
アルヴァ王宮内ではあるのだが、廊下には脈絡もなく甘い菓子が転がり、扉を開ければ楽団が歌う。
かと思えば、中庭の地べたに座って学者らが議論している。外苑では沢山の子供が遊び、花に水をやったり、絵を描いたりと楽しげな世界だ。
『わかりやすい願望だ』
「ふん、なるほど。王子であるがために叶わぬことか」
しかし表層にあるということは、いいなあ、で済んでいる欲だ。どれもやろうと思えば、今すぐできることばかり。
表層意識にはありがちなものだが、ずいぶんと雑多だ。ルートヴィヒはそれだけ、興味の範囲が広いのだろう。
「それにしても……」
ヘルガは床の蔦を踏み、凍らせて砕いた。
蔦は床だけでなく、壁や天井、人までも侵食している。
「いまだ悪夢は、私を追うか」
防衛機制が働いていないということは、この蔦はルートヴィヒのものか、もしくはルートヴィヒの意図しない、全く別の根本的問題なのだろう。
廊下を奥へと進む。圧が変化し、意識段階が上がったのがわかる。イツテラコリウキが、意識の層の違いを、圧力や感覚で示してくれる。
明らかに蔦が多くなった。のたうち、脚やドレスに絡もうとする蔦を切り落とし、凍らせ、ヘルガは歩む。
「イツテラコリウキ、王子の気配は」
『皆目見当たらない。しかし消失したわけでもなく』
意識の持ち主が、その姿も見せないとは。ますますおかしい。
とにかく目についた扉は開ける。さっさとルートヴィヒを見つけ出し、引き戻さねばならない。
「……っと」
鎧姿のエンディミオが、軍馬に乗り哨戒していた。彼もまた、防衛機制のひとつだろう。もしくはルートヴィヒの願望を阻止する、抑圧の表現かもしれない。どちらにせよ、見つかれば面倒だ。
「待てよ……となれば」
ヘルガが生涯の中でも数少ない、苦手な人物がかつてアルヴァにいた。
弓を全身に受け、女王の首を掻っ切りかけた暴れ牛は、ルートヴィヒの記憶にあるのではなかろうか。
「……慎重にいくか」
『我が星らしくもない。踏破していけ』
認めたくはないが、暴れ牛エリンだけは避けたい。ヘルガはまるで潜入専門の暗殺者のように壁つたいに歩み、扉を開けては中を見る。
大量の本を持ち込む商人、リウォイン兵の惨殺死体、珊瑚や貝殻の加工品――しかし次の扉を開けた時、思わぬ人物に会った。
「あ、ヘルガ様ー」
「っ、……うふふ。久しいな、王妃」
無邪気ともいえる笑みを浮かべ、痩せ細った男が近づく。
イツテラコリウキに短槍と扇を取り替えてもらい、ヘルガは優雅に口元を隠して微笑む。
切り揃えた銀髪、死人のように白い肌。鈍色の眼は、実に穏やかだ。
アルヴァ国王の妻にして、魔王を預言した男。フリードリヒは敵国の女王とあろうが、嬉しそうに話す。
軟禁の身だ。会えれば誰でも嬉しいのだろう。
「どうされたのですかー?陛下をお呼びしますか?」
「いいえ結構。今日はルートヴィヒ王子に会いに来た」
王妃の部屋には、強力な防御がかかっている。フリードリヒも、部屋からは出ようとしない。
ルートヴィヒにとって、母親は守るべき存在なのだろう。
フリードリヒは警戒もせず、ある一点を指した。彼は真実を表すのだろう。常に正確な答えしか出さない。母は王子にとっての指針だ。
「殿下ならー、んと、お部屋におりますよー。あの子と一緒に」
「あの子?」
違和感に振り向いたが、王妃の部屋は閉められてしまった。
ヘルガは言われた通りに、王子の寝所に入る。
「あの時、王妃は“忌まれし森”のムシュフシュを受け入れ、昇華したと思ったが――」
そこは王子の寝所などではなく、東の森だった。
蔦はますます空間を這い、獣の気配のない森は実におどろおどろしい。
『風の処理は完璧だった。ムシュフシュは美しい肢体を持った人となった』
「シリウスは裁定者による昇華。ルートヴィヒはケツァルコアトルによる昇華。この差異による結果か」
『ちがうな。風は人体にくわしい。間違えたりはしない。
王子さまが、引き出しすぎた』
とにかく、蔦を潰さぬ限り、ルートヴィヒが戻る様子は無さそうだ。
槍を持つと、ヘルガの足首に蔦が巻き付き、少女の身体を軽々と持ち上げた。
ヘルガは逆さのまま、短槍を振るい蔦を切断。宙で反転し、さらに向かってくる蔦を踏みつけ、華麗に飛び交う。
現世では絶対にできない動きだが、神域では、自らの意思の強さがものを言う。
ヘルガは全ての身体の動きを、操作するという思考に切り替えることで、人外の身体能力を発揮した。
動作では限界のある動きでも、操作ならば可能。
つまるところ、歩くにしても『右足を踏み込み、左足を奥に動かす』という動作を、いちいち考えなければならない。普通はそんなことを意識して行動すれば、思考と差異が出て、かえって一歩も歩けなくなるというもの。
ヘルガは魔女だ。幾百年、肉体と精神を換え続けた結果、彼女は自らを俯瞰する視点を得ていた。でなくば新しい肉体に、精神が慣れずに硬直するだろう。
神域上では、ヘルガは敵無しだ。白鷺が鳴くと、ヘルガの歩んだ跡が凍り、蔦が止まる。
「煩わしい。全て雪細工にしようか、その方が美しいだろう」
かつて奪われた右腕が疼いた。地面に降り立ち、槍を構え、突き立てる。
蔦が絡み合い、球状を成している。まるで繭のような塊に槍が刺さる。
黒曜石の刃先が震え、氷の粒が跳ねる。力が拮抗し、蔦が閉じようとするのを、イツテラコリウキが阻止する。
『森ではない。こんな力はなかった森ではない』
「こじ開けろ、壊しても構わないだろう」
イツテラコリウキが石の鋲を打ち込み、両の手で氷となった蔦の篭を開く。
蔦が八方に噴出し、ヘルガのドレスや髪が裂けた。女王は気にも止めず、力の中心を見た。
案の定、ルートヴィヒなどいやしなかった。
内部にいたのは、紅鳶色の髪を結い上げた、妙齢の女だった。
女は蔦が絡んだ木に座り、のんびりと本を読んでいた。
ヘルガに気づき、栗色の眼を向けて微笑む。瞳孔は血が凝ったように紅い。
「あら、ヘルガ?そんなに可愛い姿だったかしら」
「……久しいな、ゾーフィア。ティアマトの魔女」
「一昨日会ったばかりじゃない。呆けちゃったの?」
生命の誕生の一端を司る女神“満たされる紅の杯”ティアマト。その魔女が、ただの人間の意識に住みついていた。
かつて教会が設立されたばかりの頃、その中の一派が、人工的に神を創り出そうと試みた。
その犠牲となったのがゾーフィアだった。信じがたいほどに残酷な方法でゾーフィアは神ごと砕かれ、別の力へと変換されてしまった。
「あなた、まだ自分の国の民を苛めているのね。気持ちはわかるけど、駄目よそんなことは。あなたも幸せになれないわ」
「幸せになりたくてやっているわけではない。余計な世話だ」
ゾーフィアは消滅の間際、死にたくないと切に願い、ティアマトの力がそれを叶えた。
だが『死を呑んで新しい命を生み出す』という世界の機能と矛盾し、ただ無意味な力の塊が発生した。
力は十一の意思を持って、それぞれ行動した。そのうち九つは、聖ゲオルギオスが世界に還した。東の森はその副産物だ。
ただしあとの二つを還す前に、上記の不祥事を問われ、ゲオルギオスは斬首刑に処された。
力は神々よって封印されたが、神側にも問題が起き、解放されてしまう。
うちひとつはキサラが神に昇華し、もうひとつは王妃フリードリヒが胎児の身体を与えて、人として生まれ変わらせた。
「シリウス狼がゾーフィアの欲を司り、王子は記憶を保持していた、ということか」
普通に生活していたならば、問題はなかったはずだ。アザゼルの力を引き出すために自己を希薄化したことにより、意識の最奥にいたゾーフィアが露出してしまったのだ。
「ねえヘルガ、本当にデルオラと戦争をするの?犬死によ」
どうやらゾーフィアの記憶は、死の直前で止まっているようだ。
デルオラ王国は、アーブラハムが革命を起こす前のアルヴァの前身。リウォインがまだ国としての体裁を整える前に、芽を摘もうと戦を仕掛けてきた。
「子細ない、王さえ殺せばいい。ダニエ……アザリヤもいる」
「駄目よ、アザリヤに人殺しなんてさせちゃ。彼女は鼠のお墓もつくるぐらい優しい子なのよ」
「ただの強迫観念だろう。――邪魔はするな」
「無理よ。ゲオルギオスはこの世に恒久の平和をもたらすためなら、なんでもするわ。私も、アーブラハムもメトセラも、彼の夢を見るの」
ヘルガは舌打ちした。ゾーフィアは魔女だが、ゲオルギオスに付き従う変人だった。
現在でも偉大な導師として、聖列されている。
「神を砕いてでもか。ベリアルを失った民がどうなるか、想像もできんのか」
「大丈夫よ、ベリアルが復活するよう、私たちは手を打っているから」
「民の血が濃くなれば、だろう。混血児は拒否反応を起こして死ぬ。大した粛正だ」
「極端に民が減った場合も、復活するわ。虚無主義の神が、最後の一人をきちんと護るか、少し興味があるわね」
知的好奇心が旺盛すぎたがために、魔女に堕ちた女は、うっとりと語る。
ゾーフィアは本を閉じ、手を組む。首を巡らせ、ヘルガに尋ねた。
「ところで、ティアマトがどこへ行ったか知らない?ふらりと飛んでいっちゃうのは珍しくないのだけれど、戻るのが遅いわ」
「知らん。興味がない」
「そう……。ねえヘルガ、思慮深いあなたならば、私の話を気に留めてくれるでしょう」
ゾーフィアは言うことを戸惑っているようだ。ヘルガが扇で促し、やっと呟いた。
「アザゼルは本来、争いに進んで参加するような神じゃないわ。彼の魔女もそうよ、拷問器具を造る変な趣味があったけど、アザゼルにしか使わなかったじゃない」
「そんな変態だったのか奴らは」
「おかしいのよ、アザゼルに人体の知識なんてなかったはず。まして魔女の細胞で複製をつくるなんて……いくらアザゼルが超越した技術を持っていたとしても、それを吹き込んだのは誰?」
ヘルガは眉をひそめた。アザゼルがとび抜けて愚かだったのではなく、原因が他にあるというのか。
「私、怖いのよ……。教会が大きくなれば、頂点を貶めようとする者は必ず出る。創成派とかいう、ゲオルギオスの力を研究する者らが怪しいわ」
恐らくゾーフィアは、裏切り者達を調査するうち、逆に利用されたのだろう。のんびりした気質の彼女は、そういった計略は向いていない。
「あの人、ゲオルギオスをどこか嘲笑っていた。嫉妬や憎しみはよくあるけれど、どうして嘲笑うのかしら」
智慧の魔女は、自らの死を予感していたのかもしれない。
他の魔女に伝えたいことがあり、無理矢理に出てきたのではなかろうか。
「お願いヘルガ……どうかゲオルギオスに伝えて。私はできなかったから、あなたとアーブラハムの子に託すわ」
敵の存在を知らせること。それがゾーフィアが死の直前に抱いた、切実な願いだった。
「あの人は世界の真理を知ろうと躍起になっていたわ。その者の名は」
全てを言う前に、ヘルガは槍を振り、ゾーフィアの首を撥ねた。
「死人に口無しだ」
「あ……の……手……届か、なか……た。ゲオ、ルギ……、来て、くれ……のに……まるで、弓を、離す……みたい、ね」
それでもまだ言葉を溢す頭部を、ヘルガは踏みつけた。ぐしゃりと音を立て、ゾーフィアの身体は水となって流れ、消えた。
「魔女ならば、世界の流れに逆らうな」
蔦も水となり、消えゆく。森は煙のようにぼやけ、徐々にルートヴィヒの部屋が構築されていく。
「……そんなことは私も解っている。だからこそ、魔王が必要だ」
アザゼルも、ベリアルも、ゾーフィアも、ゲオルギオスも、全ての歯車が狂った原因が、戦争の他にあるというのならば。
ゲオルギオスを斬首刑にするよう、唆したは、魔女らではない。
ヘルガもダニエルも、当時のデルオラ王に進言できるような立場ではなかった。
「私を欺いた者は、たとえ忠義者でも殺す。
そしてあれだけのことをしたのだ、生まれてきたことを悔いるような目に合わせてやる」
ヘルガは舌なめずりし、獲物を追い込む方法を考えていた。子供が今日のおやつは何かと、想像しているような可愛らしい顔で。
部屋の中、窓の外をぼうと見る王子を認め、白鷺王は呵呵と笑った。
多少は張り合える相手が無くては詰まらない。女王がアルヴァを侵略する理由は、また別にあるが、それはともかく、ヘルガは嫌がらせがとても大好きなのだ。
魔女はもう二度とルートヴィヒが昏倒しないよう、いくつか調整し、部屋を去った。
ルートヴィヒが森で幻覚を見てしまったのは、彼がゾーフィアの最期の記憶を有していたからだ。
東の森は、元はゾーフィアそのものと言える。捻れた力はゲオルギオスによって還され、大自然となった。
ではルートヴィヒが見た幻覚の人物は、一体何者だったのか。
瞼が震え、うっすらと鈍色の目が開く。
ダニエルは思わず、よし、と叫んだ。
四人の魔女と、アザゼルを含めた五羽の鳥に一斉に覗きこまれ、ルートヴィヒは眉間に皺を寄せた。
「……何この……何?」
ルートヴィヒは全裸で仰向けになっていた。両腕に点滴と、股間に排泄処理の管を通されている。
さらに森の中ではなく、ウスフールの領域内だ。温度と湿度が一定に保たれ、ほぼ無菌状態の空間となっている。
「旦那ァ、名前と身分は言えるかィ」
「……ルートヴィヒ・ゾンスト=ジリオムダール。アルヴァ王国王子、アルヴァ国軍総司令代理および第一特殊斥候部隊長、教義学術振興会一級神学士、ブルデン絵画協会名誉理事、民族統一利権復興委員特別顧問、イチェット貿易会社筆頭株主、あとは――」
「身分多いなオイ。まあいいや、旦那は三日ほど眠りっ放しだったんだィ」
それでも早い方だ、とダニエルは続ける。無茶をしたルートヴィヒの意識を引き上げるために、ヘルガが行動したことも言った。
他の魔女は、ルートヴィヒが感染症などで死なないよう、守っていた。ウスフールが環境を整え、クリスティーナが体温や水分量を見て、ダニエルが点滴を施した。
「あら、まだ動いてはいけないわあ」
怠さを堪えて起き上がる王子を、周囲は無理矢理押さえつける。
弱々しく振り払い、アザゼルが差しだす衣服を身に着ける。
三日。三日も眠りほうけていた。情勢が気になるところであるし、エマヌエルは教会にてどうしているのだろうか。
軍靴の紐を結び、腰に剣と矢筒を装備する。多少の目眩はあれど、一週間寝ずに行軍するよりはずっと楽だ。
以外にも、キサラが王子の手を取り、巨躯の狼のそばまで引っ張る。
「僕たちが教会に連れて行くよ。馬よりもずっと速いもの」
「そうか、ならば頼もう」
天狗の司る青星は、現世にも神域にも存在する。天狗はその輝きある限り、この世界のいかなる場所へも瞬時に移動できる。
「でも、帰りは一人。魔女は宗主に力で勝てないから、きっと誰もついてこないよ」
キサラの負った代償は、異様なものだった。森を出たら、日が次に昇るまでに、つまり一日の間に森に帰らねば、天狗もろとも死ぬ。少年は何処にでも行けるが、何処へも往けないのだ。
「充分だ。私は二人で帰る」
導かれるままに、ルートヴィヒは狼に乗る。なんとも乗り心地は悪いが、文句は言えない。
蒼い方陣が展開し、天狗が鳴くと、巨大な姿は掻き消えた。
ダニエルはウスフールに指示を出しながらも、様々に考えていた。
アバドンを通してヘルガより聞いた、ルートヴィヒの有したモノ。
王妃の宿していた胎児が、最初は一人だったとすれば。
生命の誕生を司る神の力で、一人の胎児をもとにもう一つ生まれたとすれば。
「もし旦那が本来、生まれるはずのない人間だったとすればだ……。預言はわずかだが、外れていったことになるのかィ?」
魔女は神と同じだ。同じ記憶と思考で、世界を楽しく生きていく。
だが人は変わり続けなければ生きていけない。それが間違いであったとしても、生きていくために必要な変化なのだ。
「エマヌエル……アンタが一番、旦那のこと解ってないんだよ。何もかも拒否したって、腐っていくだけなのにさァ……」
野暮な言葉を吐き、腐敗の魔女は苛立ちに目を細めた。




