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Feuer bestattung  作者: 嘘吐き
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また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い竜がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。

――ヨハネの黙示録12章3節



 錆色の兵の動きを、甲板から高みの見物と洒落こむ女性二人。

 圧倒的武力と潜入暗殺で海辺の民を伏し、彼らは侵攻する。


 それでもクリスティーナは溜息をついた。南のあまりの暑さに。


「暑いわあ、焼け焦げてしまいそう」


 隣のヘルガは不満どころか、汗ひとつかいていない。すぐにでも海に飛び込みたい気分を抑え、クリスティーナは水の入った杯を煽る。


「ねえヘルガさん、国をお留守にして大丈夫なのかしら」


「国など、所詮は手段に過ぎない。魔王の、ひいては教会に仇なすためだ」


 王とは思えない発言に、海の魔女は関心をひく。リウォインの女王は、現存する魔女のうちで最も古い。次にダニエル。その次にクリスティーナだ。


 魔女は自らのために、神を使う。だがヘルガは世界の流れを汲み、忠実に執行する。まるで彼女自身が神であるかのよう。


「前のヘルガさんは、もう少ぅし楽しい方だったけど」


「前はまだ遊ぶ余裕があった。今はアルヴァをからかう暇も惜しい」


 錆色の軍隊に、紺の旗を掲げたリウォイン国軍が続く。広大なる砂漠の行軍に、果たしてどれだけの兵が生き残るのだろう。


 そんな損害は百も承知で、残酷な女王は侵攻を指揮した。

 彼女にとって国は道具で、民はその部品にすぎない。今までは部品の手入れをしていただけだ。


「陛下、馬の準備が整いました」


「あら、行ってしまうの?」


 立ち上がるヘルガを、面倒くさがりなクリスティーナは引き止める。まだ身体の幼い王が、戦地に赴いて如何にするのか。


「さすがに全滅は、痛手だ」


「そう……じゃあしばらく別行動ね。私の兵は、しばし譲渡するわ」


 クリスティーナは従者に命じ、自身を乗っている神輿ごと海に落とさせた。


 ヘルガはその様子を見届け、舌打ちした。魔王のためとはいえ、やはり他人と組むのは苛立つ。




 エバは砂漠に久しく赴いていなかった。彼女は神よりも現実を重んじ、自身の幼いころより続く戦を終わらせることが、自らの命題と信じているからだ。


 だからこそ、王女がすることはただひとつ。

 東に回り込み、ベリオールを餌に敵軍を叩く。


「王女様。弓兵、戦線整いました。あとは宣戦を上げるのみでございます」


「陛下がお着きになる前に終わらせろ」


 なぜ王までがここに来るのかは、真意は測りかねる。だがアルヴァの王というのは好戦的なもの。これを機に、ヨシリピテをも取ってしまおうという算段か。


 エバは剣を抜き、前方を指し示す。かすかに馬のいななきが聞こえる。敵はもうすぐ、そこまで来ている。


「弓兵は前に出ろ!愚かしい魔女の狗どもに、我らの刃をくれてやれ!」

 




 まるで地鳴りのようであった。大地の怒りかと、砂漠の民が見たものは、嬉々として武器を振り上げる軍隊だった。


 慌てて、馬に鞭を打つ。それよりも先に矢が降り、外にいた者らを射止めた。

 大切な家畜は軍馬に足蹴にされ、逃げるために、あるいは命乞いに馬車から飛び出した者は、尽く剣の餌食となる。


 奴隷も慰みの女もいらぬとばかりに、軍隊はベリオールの民を殺した。


「卑しい狂信者どもめ!我が正義の槍に伏されよ!」


 兵は高らかに告げる。アルヴァの力を削げば、彼らの生活は潤う。家族にもっと良い物を食わせてやれる。そのための正しい行いだ。


「こいつら、本当に武器を持っていない。ポチテカが来る前に叩くぞ」


 だが彼らは黒獅子王の恐ろしさを知らなかった。

 思わぬ方角から、濃紅の旗を掲げた兵たちが殺到する。矢と血が飛び交い、もはや悲鳴か雄叫びか、判別のしようがない。


 


「ぬるい!ぬるいぞヨシリピテの雑兵ども!」


「怯むな!まだ後続の兵はある!」


「死にたくない奴は盾を持て!後続と交代しろ!」


「魔女の手先め!俺の剣を食らって死ね!」


 もしも戦争がたった一人の力で止められるならば、初めから争いなど存在しない。これは嵐にも似た現象。

 砂漠の民は無抵抗なままに殺されていく。だが誰もが誰を殺しているのかは分からない。アルヴァもリウォインもヨシリピテも、尽く殺されていった。

 

 予想以上に、敵兵は多い。徒党を組んだだけのヨシリピテ兵は鍛錬されておらず、雑兵ともいえる。だがその後ろにいるのは、暗殺や不意打ちに秀でるリウォイン軍。あまり兵を消耗するわけにもいかない。


 エバは向かってきた騎馬兵を槍で突き落とす。側の部下がとどめを刺す。

 剣を抜き、歩兵を兜ごと頭部を叩き斬る。馬が後ろ足で敵を蹴り殺す。


「全く、虫のようにわいて出る!」


「王女よ、お退がりください!陛下の軍を待つべきです!」


「ならん!それは陛下も、私も許さない!アルヴァの兵ならば、我が為に死せよ!」


 強情な峻烈姫に、槍兵が隊列を組んでかけて来る。あれでは馬は無事ではすまない。王女の護衛が庇おうと前に出たとき、敵兵の首を矢が貫いた。


 矢は精確に、無慈悲に錆色の兵を射抜く。弓兵はまだ残存していたのか、とヨシリピテ兵が慌てて進路を変える。


 弓取りは馬を走らせ、敵を誘導した。もうすぐにでも着くであろう、アルヴァ王の軍の方へ。


「まさかあれは……殿下」


 ルートヴィヒ王子のよく使う手だ。彼は敵兵を煽り、罠にはめ込む戦術を得意とする。王族らしくはないが、有効である。


 エバはそれに応えるように、剣を握る。敵兵全て討ち倒せと、声を張り上げた。


 

 一体どれほどの時間が過ぎただろう。

 凄まじい絶叫に、近くで聞こえる剣戟の音に、エマヌエルは馬車の中で縮こまっていた。


 馬車の動きはとっくに止まり、ただただ、叫びだけが響く。

 それがあまりにも恐ろしく、エマヌエルは耳をふさいで、嵐が過ぎるのを待った。死にたいとも願ったというに、やはり殺されるのは恐ろしく、情けないことにその場から動こうとはしなかった。


 一体どれほどの時間が過ぎただろう。

 耳が聞こえなくなったのか、と疑うほどに、静けさが襲う。

 自身の息づかいは耳に入る。嵐は過ぎたのだろうか。今はただ、一刻も早く叔母の顔を見たい。


 そろりと外を覗く。燃え上がるような夕日が、エマヌエルを赤く照らす。

 その有様に愕然とした。広大な砂地を埋める、死体の数々。


 どれがどの民だか、判別できない。剣を突き立てられ、旗は無残に破れ、果たして勝者などいるのだろうか。


「そ……んな」


 生き残ったベリオールの民はいないのか。天も地も真っ赤に染まった中を、エマヌエルは歩いた。


 何度も吐き下しながら、兵に見つからないように進む。

 宛もなく歩いているうち、血を吸ったベリオールの旗と、変わり果てた叔母の姿を見つけた。


「あ、ああ……そんな、叔母様……!」


 祈ることも忘れ、エマヌエルは膝をつき、むせび泣く。血の通わないアイゼヤの顔は、不気味ですらある。


「どうして、どうして叔母様が。ベリオールの民が死ぬのですか……」


 一体何をしたというのか。こんな風に殺されるほどの大罪を犯したというのか。

 エマヌエルは全てに絶望した。神に祈り続けた末路が、こんな惨めなものでいいはずがない。

 


「まだいたのか!さっさとくたばれ!」


 エマヌエルが顔を上げた瞬間、胸を撃たれた。衝撃で倒れる。

 何が起きたのかわからないまま、エマヌエルは血を吐いた。いつもと違う胸の熱さ。意識が閉じていく感覚が怖ろしい。


 こんなことがあっていいのか。流れのままにではなく、羽虫のように殺されて。満足に葬ってももらえないだろう。


 闇に引きずり込まれる意識の中、エマヌエルは火炎のような黄昏に祈った。


(神様……我らが偉大なる朱き竜。どうか、我らを憐れに思うのならば――)


 せめて、クロヴィスの無事を知りたかった。この戦局では、彼も戦に駆り出されるであろう。


(ならば、せめて私の血が、この不条理に鉄槌を下したもう……命は、惜しくない)



 酷いものだ、とルートヴィヒは心中嘆いた。

 いくら兵を倒しても、ベリオールの民の死を防げなかった。どころか、全滅と見てもよい。


 数時間に及ぶ戦闘の末、膠着状態に陥った。アルヴァ王の軍が着いたと同時に、見計らったかのようにリウォイン女王の本隊も来た。


 ここで完膚なきまでに潰すか、それとも国の防備を優先するか。

 その迷いに乗じ、ルートヴィヒは馬を降りてエマヌエルを探しに行った。もし天運なく死したならば、せめて葬ってやるべきだ。


 前線にはエバが立っていた。疲れを見せず、血まみれで毅然としている。


「エバ、無事で何よりだ」


「やはりお兄様!お帰りなさいませ」


 慌てて護衛たちが膝をつく。エバは安堵の息をついた。


「こちらにおいででしたの。――お兄様、馬も連れずどちらへ」


「ここに知り合いがいる。少し探す時間をくれ」

 


 

 無数の死体の中から、知り合いを見つける。優しい王子を止める者はいなかった。


「お兄様、お一人では危険すぎますわ」


「ならばエバ、お前が着いてくれ」


 リウォイン兵が、死体を盾に隠れているかもしれない。護衛兵は王女に命じられ、馬をあずかる。


 二人はなるべく死体を踏まないよう歩いた。戦の残酷さなど、とうに知り尽くした身。そしてこれは、二人とその父が引き起こしたことなのだ。


「ベリオールには、教会以前の歴史書があり、独特の哲学と信仰は、恐ろしくも興味深い文化だった」


 知的好奇心旺盛なルートヴィヒは、貴重な資料や文化が失われたことに怒っているのだろう。エバは気まずそうに謝罪した。


「けれども、これが最良の――」


「そうだ、それだ。お前も陛下も兵も、何一つ間違っていない。だがその正義をよしとする世界こそが、間違っている」


 エバは兄の言わんとしていることは分かっていた。しかしそれは言い訳だ。現実はこの惨劇なのだから。

 彼女としてはくだらない押し問答よりも、王子の成果を聞きたかった。


「お兄様、魔王とやらの手がかりは得られましたの?」


「魔王を止める算段はつけている。もう少しかかるが、いい加減戻ろう。仕事を貯めるのはよくない」


 ルートヴィヒの歩みが止まる。目前には、同胞の死骸に囲まれ、ふらふらと立つ青年の姿。


「エマヌエル――」


 生きていたのかと言いかけ、ルートヴィヒは愕然とした。

 青年の押さえる胸からは、血が滴り、一見して致命傷であるとわかる。なのに、なぜ立っているのか。満足に走れもしない病弱な忌み子が。


 地にアイゼヤの遺体を見つけた。ルートヴィヒは痛ましい表情で、相手に近づく。ともかく、保護をしなくてはならない。

 

 

 エマヌエルは赤い旗を持ち、地面に突き立てた。


「もしも……なければ……なかった……しょうか」


「エマヌエル、私だ。傷を見せろ」


『旦那様、急く離れてくださいませ!』


 戴勝の警告と、エマヌエルの声なき慟哭は同時だった。


『民のそのあだうちやぶるまで――日はとどまり、月はやすらいぬ!』


 轟音と、熱風が吹き上げた。ルートヴィヒはそばにいた妹姫と地面に転がる。地面の死体が衝撃を和らげた。


「くっ……な、にが――」


 恐ろしい光景が広がっていた。火種などないにも関わらず、死体が、剣が、ごうごうと燃え盛る。

 幸いにもルートヴィヒはアザゼルが守り、怪我ひとつ無い。しかしエバは髪が焼け焦げ、右半身に火傷を負い、打ちどころが悪く気を失っている。


「……まさか」


 かすかな歌声が、ルートヴィヒの耳に入った。ただただ哀しい、咽び叫ぶような鎮魂歌。

 ルートヴィヒは全て理解した。全て理解し、吐き捨てるように言い放つ。


「お前が……お前が魔王だというのか!エマヌエル!」


 衝動的に剣を抜くが、たちまちに火が燃え移り、ルートヴィヒの手をも呑み込もうとする。


『お逃げください旦那様!わたくしの力は、あまりに相性が悪いのです!』


 ルートヴィヒは剣を捨て、周囲を観察し理解した。火は剣や鎧、盾といった武器から出ている。

 急ぎ自分とエバの装備を外し、腕を肩に回す。アザゼルの武器精製は、ただ命運を絶つのみだ。今は背を向けるしかない。


『魔王は、戦の理を知るがゆえに、人殺しの武器を憎んだのでしょうね』


「何故だ、何故このようなことに……」


『これが、誰にも抗えぬ世界の流れにございます』


 自らの無力をまざまざと見せつけられ、王子は懸命に本陣を目指した。


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