君とキミと私
少し手に触れれば終わってしまう。何故か何度も躊躇して、私はそう思う。少し先に見える景色は心を焦がし、ズクズクと心に鉛が落ちていく。
「キミちゃん…」
月の見える公園のベンチで泣く彼女を、君が抱きしめてあやしている。
少し前に連絡が来た。キミが泣いている、と。仲良し組3人と言われるほど仲良しな私達3人。私とキミと君。キミちゃんは後から仲良くなった綺麗な女の子。でも繊細で傷つきやすいから、あんまり皆は触れたがらない。高嶺の花のような尊い存在。私と君は1人で寂しそうなキミちゃんを迎え入れたんだ。
「迎え、たのは、私」
ならば。何故、君がキミちゃんに触れるのを見ると何でいるのだろうなんて、思うんだろう。
「泣くな、キミちゃん」
その声を聞く度に何故焼けるように心が痛むのだろうか。走ってきたのに、ここで立ち止まって傷つくキミちゃんを見ているだけなんて、最低だ、私。今、私の心臓なんて、止まってしまえばいいのに。
「ーっ!おーい!」
ビクリ、と震えが走った。視線をパッとあげると、君が走ってきている。途端に心臓がバクバクと聞こえる。
「ごめん、来ないでほしい」
「ーはぁっ。何、なんでだよ?キミちゃん泣いてんだ、お前も慰めてやってくれよ」
「いや、キミちゃんには…君がいるから」
君は訝しむような表情をする。私は心臓を落ち着かせるために大きく息を吸った。
「ごめん、キミちゃんは私とは合わないからさ。君とキミちゃん仲いいし、きっと私いなくても大丈夫だし、私…用事あるんだ」
咄嗟につく嘘。自分でも何言ってるのかわからないけど、君の顔は見れない。だって…怖いから。感情爆発する。
「じゃ、ね」
「待てよ」
後ろを向けば、傷つく君の顔が見えた。私は涙が出そうになる。
「何」
「ごめん、ここでは…ちょっと。キミちゃん送ってくのだけ、付いてきてくんないかな」
ここで頷いてしまったのはきっと、未練があるからだ。表面だけ取り繕って私は笑顔を作る。
「キミちゃん」
キミちゃんに呼びかけると、長い黒髪が跳ね上がり、私をじっと見つめた。
「あ、ぅ、来てくれた、の?ごめんね、私のために」
ぎゅうっと抱きしめられ、私は大きく息を吐いた。驚きと、私でも良かったの、というほっとしたような不思議な気持ちになった。
「ごめんね、キミちゃん…遅くなった、とっても」
申し訳なさで心が縮む。その分キミちゃんを優しく抱き締め返してあげた。
「私ね…」
キミちゃんが話してくれたのは、怖い人から嫌がらせを受けたという話だった。多分キミちゃんを好きになった人が気持ちが暴走して陰湿な行動に出たのだろう。私は大きく頷き、立ち上がる。
「もう大丈夫。私達がいればそんな奴ボッコボコのペッタンコにして上げるから」
ガッツポーズをとると、キミちゃんはやっと笑顔になってくれた。私も自然に微笑んだ。
「さぁ、帰ろ」
そうしてキミちゃんを送り、私と君は歩き出した。
「良かった、キミちゃん笑顔戻って」
私が独り言のようにそう言うと、前を歩いていた君は少し拗ねたような表情でこちらを見る。
「お前さぁ…」
「私って馬鹿だからさ、どうしたらいいかすんごく悩んでさ…」
私は怖くなって話をさえぎり独り言を話し始めた。君は口を閉ざし、前を向く。
「キミちゃんは、とてもいいところばっかりだから、私なんかの力なくても全然やってけるって…」
「俺に任せようとしてたもんな」
「そりゃ、強いからさ、大丈夫かなって…上手くやってくれるんじゃないかって」
何度か君は口を挟み、私は気まずさに声を小さくしていく。いつの間にか足は止まり、君は前を歩いていく。
「キミちゃんと君だけでも充分なんじゃないかな?私、邪魔だよ」
この言葉に、君は立ち止まって後ろを振り向いた。私は今、どんな顔してるだろう。絶対、泣きそうなのを我慢して、変な顔に決まってるけど。
「私、明日からはー」
「柚葉!」
突然名前を呼ばれ、言葉が止まる。君の顔が近くにあることに気づき、大きく戸惑った。君は怒っているのか泣きそうなのかわからない顔をしていた。
「何なんだよ、お前は。お前がいなかったら俺はどうやってキミちゃんに接するんだよ。大体俺はー」
君は1度とまって、私の顔を穴があくほど見つめてくる。
「ー晴也?」
「あぁ、くそ。今なのかよ、言うの」
君は顔を赤くし、キョロキョロと周りを見渡す。住宅街の道だが、今は夜なので誰もいない。何を言うつもりなのかと首を傾げたとき、君は私の腕を掴む。
「好きなんだよ、柚葉。正直、キミちゃんが来る前は毎日緊張して上手くお前と話すのもままならなかった。キミちゃんをお前が紹介してくれて、キミちゃんが、その、恋愛について相談乗ってくれたから、お前とも話すの楽しくなったし、気持ちも楽になったっつーか。恥ずかしい話、2人きりだと心臓破裂しそうだったんだよ」
「え、は、晴也…」
突然話をされ、告白もされてしまった。私は顔が熱くなり、思わず顔を逸らしてしまう。
「かっこ悪い俺だけど…ゆず、付き合ってほしい」
おかしい。幸せだ。もしかしたら私、死んでしまうのではないだろうか。さっきの嫉妬はなんだ。モヤモヤはなんだったのか。
「で、でもキミちゃんは…」
「キミちゃん?がどうかしたのか?」
私はしまった、という顔で渋々キミちゃんが晴也を好きなんじゃないか、気まずくなるのではないかと話す。
「はぁ?お前は、ほんと…鈍感なのか、馬鹿なのか。キミちゃんは、彼氏いるだろ、ほら朝の」
肩の力が抜けすぎて、私はへたりこみそうになった。君はやれやれという表情でこちらを一瞥してから
「で?どうなんだよ、返事は」
とボソリと呟く。私はもう答えは決まっている。
「晴也ーーー」
大好き。返事の代わりに私は君の顔に届くように背伸びして口付けをした。晴也は驚きに瞳を大きく開き、嬉しそうに笑い、照れる私の前にかがみ込んでーー。また、キスをした。