3話 異世界でも結構連れまわされてます
中は案外普通でシンプルな内装だった。
不思議なのは、誰も乗っていない事、窓がない事くらいだろう。
「ここ、座ろっか!時間がないから早口ねっ!」
そう言ったアグはどこからか【説明書】を出して読み始めた。
「これからユグドリアに向かう訳ですが注意点があります。
ユグドリアで過ごす1日は、あなたの世界では12時間です。
ユグドリアに2日以上いるとグレンは向こうに戻れなくなるので気をつけてね。
ま、そうならない為に私がいるだけど。
あと、君が異世界の人間だという事は私とある数人にしかバレてはいけません。
国家機密って奴だね~!
あ!やば、もうすぐトンネルだ。
えっと、もうすぐ【境界トンネル】を通るよ。
そこを通る約1分前に私たちは強制的に睡眠させられるんだけど、起きた時にはユグドリアに着いているでしょう!
このトンネルを通ると、ユグドリアに適応した姿、能力を得ます。
私も今はあなたと同じ姿ですが、通ったら本来の姿に戻ります。
そしてあなたもランダムで能力が与えられるので、飛んだり、炎を吐いたりなんて事も出来る可能性がっ!」
お……それはすごいな。
やっぱ飛べるのは便利だけど、ダッサイのだったらやだなぁ。
「今、ダッサイのだったらやだなぁ…とか思ったよね?
ユグドリアにダッサイのなんていませんからぁ!!
さてさて、もうすぐでトンネルを通ります!
じゃ、グレン!死なない事を祈って~、オヤスミナサイっ!!」
なんで心ん中読めてんだよ…とツッコんだ瞬間、すごい事が聞こえた。
「待て待て待て、今死ぬっつった!?
おい、アグ!アグノルト!!」
彼女の肩を掴んで揺らしたが、もう眠ったようで寝息を立てている。
「う…そだ…ろぉ….…Z Z z z z」
俺、どうなっちゃうのぉぉぉぉ!!
「…ように….…ど、レンが……」
どこからかブツブツと呪文のような声が聞こえたと思って、目を開けた。
「グレンが起きま…「アグ、か?」
声を出すと呪文がピタッと止んだと思ったら、アグの顔が急に接近してきた。
「ーグレンッ!?起きたのね!?」
「やっほーいっ」と叫んでるアグを後ろに、俺は体を起こす。
「アグ……その姿っ!お前はエルフなのか?」
先ほどとは違い、アグの耳は長くとんがっている。
それに服もガラリと変わり、背中には木の弓を背負っていた。
「正解っ!私は世界樹の番人、エルフだよ!グレンは………」
あっ、俺も姿が変わるんだっけか…。
俺は自分の体を見たり、耳を触る。
「えっと……なんだ、これ?」
服装はスーツ、耳は多分普通。
要するに何も変わっていない。
「何も変わってないようだが…」
「ちょっと待ってね………えっと、グレンは無能力系。通称、ヒューマン」
ヒューマンって…人間じゃね?
異世界に来ても俺は凡人で無能なのか?
「一見、能力が何もないように見えるがそれは成長過程の証です。
経験を得ることで能力に目覚めます。
だって、良かったね!!」
説明書から顔を上げたアグは満面の笑みを浮かべながらそう言った。
俺たちはまだトーループトレインの中にいたが、いつの間にか窓ができている。
「こ、ここがユグドリアか……?」
窓に顔をくっつけて俺は風景を見る。
おとぎ話に出てくるような街並みの中を走るトレイン。
ところどころに青々しい緑もあってとても綺麗だ。
「そうだよ!あ、グレン!反対側を見て」
アグにそう言われ、反対側の窓を見る。
そこには大きな大大きな大木がユグドリアを見守るように立っていた。
「あれが【世界樹 ユグドラシル】よ。
世界樹がこの街を創り、守ってるの」
あれが…世界樹か、神秘的だな…
「世界樹に近づくことは出来るのか?」
「私と一緒なら出来るよ、あとでいこっか!…さて、もうすぐ駅に着くよ!」
窓から顔を離し、ドア付近に立つ。
すぐに景色がガラリと変わり建物の中に入ったようだ。
プシューと空気が抜ける音がして、扉が開く。
「ようこそ、ユグドリアへ!おいで、グレン」
アグは俺の手を取り、外へと駈け出す。
映像で見た近未来的な駅に降り立った俺は、辺りをキョロキョロする。
周りにはたくさんの人…?と言うか映像で見たような人がいた。
「あ、あれアグノルト様じゃないっ!?」
アグノルト、様ぁぁぁ!?
不意に聞こえたそんな言葉で俺はアグを見ると、手を振っていた。
「帰ってきたよ~、ただいま!」
彼女がそう言うと、周りからアグの名前とも共に歓声が上がった。
「アグって何者なの……?」
「何者って……ただのエルフだよ?」
アグはそう言ったが、後から彼女が何者がを俺は知ることとなった。
街中を歩けば、さらに視線は集まる。
それは俺に対するものではなく、アグにだ。
みんな、俺に無関心だな……
とも思ったが、それはそれで人目を気にすることなく街を見ることができる。
映像で見たとおりの素敵な街並みで、ところどころにあるお店からは活気の良い声が聞こえる。
「なぁ、アグ。ここってユグドリア語なんだよな?俺、普通に分かるんだけど…」
「あ、それはね。トンネルを通ったからだよ!
この世界にグレンは適応能力を身につけた訳で、もちろんグレンはユグドリア語を使えるんだよ!」
じゃあ、今俺が喋ってるのもユグドリア語なのか。
普通に日本語話してるみたいだ。
「ーさて、世界樹にいこっか!」
アグはそう言って、いきなり口笛を吹く。
何をしたんだ…?と思っていたら大きな羽音が聞こえた。
そして、上空から目の前に現れた赤い巨体。
本やゲームで見た事のある、THEファンタジーの象徴。
「ド、ドラゴン…か?これ…」
「そうよ」と答えながらアグはドラゴンの背中に乗った。
「名前はマーチ。私のペット!ほら、行くよっ!」
ペットって…と思いながらも俺もドラゴンにまたがる。
とてもザラザラしていて、皮膚は硬い。
でも1つ1つの鱗が太陽光により、キラキラと輝いていて綺麗だ。
「マーチ、世界樹まで連れて行って!」
アグがそう言うと、ドラゴンは唸ってから翼を羽ばたかせた。
すごい風だ…というか落ちたらやばいだろ。
なんて思っていると、すぐに街は小さくなっていった。
「うわ、みんな飛んでる……」
ずっと街を見てて、気づかなかったが空を飛んでる人はたくさんいる。
それはバードニマルやインセニマルの人々なのだろう。
「マーチがいるわ、ってことはアグノルト様もっ!?」
ここでもか、と思っていると俺らの近くを飛んで声をかけてきた。
「こんにちは、アグノルト様っ!」
「こんにちは、ケイト!元気そうね」
普通の挨拶のように思えるが、ケイトと呼ばれたバードニマルは顔を真っ赤にして離れていった。
今の友達とかなのか?と俺は問う。
「友達っていうか…ここの住民?」
「よく名前知ってたな……」
俺がそう言うと、次はアグが不思議そうな顔をした。
「ユグドリアに住んでる人の名前くらいなら全員知ってるよ?」
あっちがメアリ、そっちがグレイで……
と飛んでる人を指差して名前を言っている。
どうやら本当に覚えているようだ。
なぜアグはここまで人に慕われてるのか…。
明るい性格や、意外とマメ(?)な性格が好かれてるのは間違いないだろう。
あとは普通に可愛い…と思う。
でもそういう好意とは違い、アグのは敬愛、尊敬とかそんな感じだ。
「グレン、もう着くからちょっと踏ん張ってね!」
なんで踏ん張るんだ?と思った瞬間ーー
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドラゴンは急降下したので、内臓が飛び出るかと思った。
その感覚がなくなったなと思い、俺は瞑っていた目を開ける。
よかった…死んでない……
アグがドラゴンから降りていたので、俺も降りる。
辺りは緑に囲まれていて、その中心に太い茶色の幹がある。
上を見上げれば、青々しい葉が風によってさわさわと音を立てていた。
その神秘的な姿に俺は思わず息を呑む。
「これが世界樹よ。私が護ってきたのは街のシンボルであり、オリジンなの」
愛おしそうに世界樹を見つめたアグは幹に手を当て、目を瞑った。
「どうか、これからも我々をお護りください」
いつの間にかアグの表情は凛々しくなっていて、とてもかっこよく見えた。
「アグ、世界樹の番人って何人いるんだ?」
「私1人だよ、私しか護れないのよ」
アグはその理由を話してくれた。
「世界樹からは力が放出されてるの。
その力で街を守っているのだけれど、この距離まで普通の人が近づくことはできないわ。
力に体が耐えられず、死んでしまう。
でも、私は世界樹に選ばれた。
街を、世界樹を、護る番人として。
あ、私と一緒なら世界樹に近づけるんだけどね」
だからだ、彼女が慕われてるのは。
彼女が世界樹を護ることで、街を守ってる。
いわば、彼女は彼らにとって英雄に近い人なのだろう。
「アグってカッコいいな…」
俺がそういうと彼女は恥ずかしそうに笑った。
それから、世界樹を後にした俺らはまたマーチの背中に乗っていた。
「アグ、トンネル通る前に死なないようにって言っただろ?どういう意味だ?」
俺は急に思い出して聞いてみた。
「あそこのトンネルを通ると能力とかき詰め込まれたり、姿が変わったりするからそれに耐えられないで死ぬこともあるの」
俺は生きてるからいいけど…
あのまま、死んだら俺は絶対アグを呪い殺そうとしてただろう。
命の危機があるなんて教えないまま、自分は寝たんだぞ!?
「良かった…生きてて」
「当たり前でしょ?私が選んだのよ」
どこからその自信が出てくるかは分からないが、とりあえず信じておこう。
「次はお城に向かうよ、王様達に挨拶をしなくちゃ!……君をここに連れてきた理由も分かるよ」
ドラゴンの上も慣れてきたので、下を覗いたりしていたら城が見えてきた。
すげー、本当に異世界に来たんだな…
なんて思っていたら、今度は不意打ちで急降下された。
「…アグ、せめて教えてくれ」
「死んでないから大丈夫っしょ!」
彼女の大丈夫はあまり信用できたもんじゃない、ということを知った。
城の近くにある大きな広場から俺たちは歩く。
相変わらず、アグの名前が飛び交っていて改めてすごいなと思う。
「アグはいつから番人なの?」
「番人の仕事を始めたのは12歳の時からだから……5023-12=5011年間だ!」
5011年間だ!…じゃないよっ!!
「アグって今、5023歳なの!?老婆なの!?おばあさんな…ブヘェッ」
「違うわっ!!これでも立派なお姉さんよんっ!」
俺の頬をかなりの力で平手打ちしておいて、体をクネクネしても可愛くない。
そんな様子を見ていた人からはクスクスと笑いが起きていた。