プロローグ
「あ~、異世界に転移してぇなぁ」
俺はたった今読み終わった本を放り投げて、椅子の背もたれに体重をかけた。
今年で28歳、お手本のような立派な会社の犬である俺、齊藤紅蓮 (さいとう ぐれん)は異世界転移に憧れていた。
最近流行ってるよなぁ、こういうの…
主人公が異世界に転移して、最強になったり、性別が変わったり、ハーレムだったり……etc
彼女いない歴=年齢、しかも会社の社畜の冴えない俺って……
「異世界に転移するのになんてピッタリなんでしょう!!」
1Kの部屋に響いた俺の声は、ただただ虚しいだけだ。
分かってる。
そんなこと起きないって、いい加減現実を見なきゃいけないことも。
「………」
いや、ほんと分かってる。
こういうこと思った瞬間転生するかも、なんて思ってないし?
「………思ってないからぁぁぁぁ!!」
そう叫んだ瞬間、携帯が鳴った。
「もしもし…あ、はい。書類は課長の机の上に置いて……えっ、ない!?
俺、昨日置いて帰ったんですけど……
す、すぐに確認します!失礼します」
思い出せ、思い出すんだ俺!
書類を作り終わって、すぐにコピーした俺は……あ、部長にコーヒー頼まれたんだ。
その後、同僚に話しかけられて俺が好きなアイドルのポスターを貰ったな。
んで、俺は課長の机に紙を置きに行った。
俺はやっぱり置いたよなぁ…
そう思いながら、おもむろに昨日貰ったポスターを手に取り、広げる。
「っっ!!!こ、これは…………」
俺はスーツのジャケットと鞄を手に取り、慌てて家を出た。
夏の炎天下の中、俺はダッシュする。
交差点では暑苦しい人混みで揉みくちゃにされながらもなんとか渡りきり、会社に着いた頃には、首筋に汗が滴っていた。
「ー申し訳ございませんでしたっ!」
俺は朝っぱらから課長の机の前で頭をさげる。
俺が先ほど広げた紙、それはポスターではなく提出したはずの書類だった。
「間に合ったからいいけど、私の昇格にも関わるんだぞ!気をつけてくれたまえ」
この、椅子にふんぞり返ってるだけのタヌキおやじがっ!!
自分のことばっか考えやがってぇぇぇ!
心の中で悪態付きながらも、得意の愛想笑いと共にペコペコする。
「いやぁ、出勤とは充実した休日だな、齊藤くーん?」
「わっっ!…んだよ、中島か」
トボトボと自分の席に戻ろうとしていたら、急に頬に冷たい物が当たった。
話しかけてきたのは同僚の中島だった。
頬に当ててきた缶コーヒーを俺はありがたく受け取る。
いいよなぁ、中島は。
頭も良くて、要領もいいから仕事もできる。
そして、そして、そしてーーー
モテていいよなぁぁ!あいつはぁ!
「しかも気遣いもできて優しいとか…」
「ーん?なんか言ったか?」
首を傾げてる中島は男の俺から見てもイケメンだと思う。
「別にー。さて、俺は余ってた仕事片付けるかな」
なんてぼやきながらパソコンのキーボードを叩いて、報告書を作り始めた。
あれ、俺ポスターはどうしたんだ?
ふと課長を見ると、何かを見て鼻の下を伸ばしていた。
ま、まさかあれは俺のポスターなのか?
サイズからしてまったく同じだ。
…さらば、マイスウィートハニー泣泣
今日も俺は現実世界で生きてます。