第3話 大猪
はい、早速遅れてしまいました。
2話連続だったし、いけるかという軽はずみなことをして罪悪感に潰されそうでした。
申し訳ございません。
これからは土日で更新予定です。
僕たちが引き受けた依頼は大猪3頭の討伐だ。依頼主は山の麓で農業をやっており、今回ばかりは自分の力ではどうにもならなかったらしく、この依頼を冒険者ギルドに持ち込んだらしい。
ちなみに大猪は名前通り大きく、小さな馬車と張り合えるくらいにまで成長する。これで大人しければいいのだが、意外と凶暴でそれも群れ単位で動く。
今回は一番最小な群れ単位なのだが、なんとも初依頼にしてはハードルを上げ過ぎている気がするが、あの依頼ボードの中で一番マシな依頼はこれしかなかったのだ。こればっかりは、いくらバカなアルフレッドにも分かったらしく、反論はされなかった。
ギルドのお姉さんに同情するような目で見送られると、ギルドが貸し出している剣を引っさげて、街から1時間ほど歩いたところにある依頼場所の山の麓の村に着いた。村といっても民家らしい建物は4棟くらいしかないが。
「うわーすごい綺麗な山だ。麓より上は」
「珍しく同感だ」
「テレパシー?」
「いや、それはまた別だ」
青々しく輝いている山の麓部分は爆発魔法で焼かれたのかと言いたくなるくらい山肌が抉れていた。
そんな景観にこの依頼の危険性を改めて思い直し帰ろうと振り返ると、いつからそこに立っていたのか。自分の身長をゆうに超えた麦わら帽子を被った厳ついおっさんがいた。おっさんの右腕は怪我をしているのか包帯でぐるぐる巻かれ、固定されている。
「おい」
「は、はい!」
底冷えするようなドスの効いた荒々しいテナーボイスが自然に姿勢を正される。
おっさんは射抜くような鋭い視線で僕とアルフレッドを見比べて続ける。
「新入りか」
「はい! アルフレッド・ロマンソンと言います! 冒険者ギルドの依頼でやって来ました!」
「同じくクリストファー・ブルーです!」
「そうか。遠いところからよく来たな」
おっさんは威圧するような雰囲気を少し緩めると自己紹介を始めた。
「俺はゴルド。依頼主だ。せいぜい俺みたいなヘマを起こしてくれるなよ」
ゴルドさんは険しい表情のまま、右腕を上げる。せめて苦笑の一つでもしてくださいよ。笑っていいのか分からないじゃないですか。
僕がそんな風に狼狽えていると、アルフレッドは胸を張って言う。
「ま、任せてください! オレ鍛えてるんで!」
「ほう。じゃあよろしく頼む」
ゴルドさんは振り返り民家に足を向けようとして止まり、再びこちらを向いた。
「な、なんでしょうか?」
「あの山肌見えるところ気になるだろ?」
「それ、ここに来た時から気になってました! 山頂の方は綺麗のになって!」
「おいコラ、そんな聞き方失礼になったら困るだろ」
「いや、だってさ」
「構わんよ。イキの良い新人は良いことだ。それであそこは元々畑があったんだが、奴らにやられてな」
「奴らってあれですか?」
「言わんでも分かるだろう。まあ、ほどほどに期待はしてはおるからな」
それだけ言うと、ゴルドさんは近くの民家の方に消えていった。
ありがとう、ゴルドさん。おかげで僕、決心が付きました。今日付けで冒険者やめようと思います。
「なあ、アルフレ「よし、クリス! とりあえず、山に入ってみようぜ!」……わかった。大猪の突進はめちゃくちゃ早いから、見つけたらすぐ知らせろ。不意に突進なんか受けたら二人ともお陀仏だからな」
「おう。任せろ!」
ちくしょう。こいつには退却の文字は無えのかよ。それに僕は乗っかってしまったじゃないか。
僕はそろそろプライドを捨てることを学んだ方が良さそうだ。
お昼下がりな空は少し雲がかかっていた。
■ ■ ■
そうやって山を登り始めること30分。中腹辺りで何かが体当たりしたようなバカでかい轟音が鳴り響いた。
「クリス! 今のあれはなんだ!」
「しっ! 大声出すな。慎重に行ってみるぞ」
少し興奮気味なアルフレッドに注意し、茂みを掻き分け音のする方へ行く。最後の茂みを掻き分ける前に目の前に大きな牙が現れた。
「なあ、アルフレッドさん。この牙に見覚えは?」
「うーん。分かんねえな」
「そうか。僕は大猪っぽいなって思うんだけど」
「あ、それかもしれない!」
ブシュンと大きな生温い風が顔に吹き、前髪はその風に乗ってゆらりと浮かんだ。不思議なことに土を蹴る準備をしているような音も聞こえて来た。
「……ヤバイな」
「やることは一つ。わかってるな」
僕とアルフレッドは目配せすると左右に勢いよく飛んだ。
飛ぶ前にいたところはというと、大きな黒い塊がもの凄い速さで通過するのが目の端で見えた。あんなの受けたら冗談無しで本当に死ぬぞ! やっぱり変えればよかった!
パニックで暴れそうな心を鼓舞してアルフレッドへ指示を出す。
「アルフレッド! とりあえず、木に登れ!」
「わかった! っていうか、クリスは木に登れるのか?」
「一応な!」
ドン、ドンとそこいらでぶつかるような音が聞こえたかと思うと、メキメキと唸り木が倒れるような音もする。ちらりと大猪らしいものが通ったところを見ると草木が吹き飛び、道が出来ていた。麓の畑もこいつらが走ってやったのか。
すると何かが飛んできて足元にドサっと落ちた。見ると、先程まで木の上でゆっくりしていたんだろうサルが、白目を剥いて気絶していた。
木の上はおそらくダメなようだ。
「アルフレッド! 作戦変更! とりあえず走るぞ!」
「走って逃げ切れるのか!?」
「滅多に落ちることがないサルが今さっき目の前で白目を剥いてんだ! 関係ねえ!」
返事が上から降って来たのは驚いた。ここにもサルはいたようだ。僕が走っているといつの間にかアルフレッドも並走していた。運動に関しては化け物だな。
「これからどうする! 走っててもいつかは体力が切れるぞ!」
「今考えているところだ!」
これがジリ貧か。と頭の隅で苦笑し、必死に頭を回し始める。
今から罠を仕掛けるにしたって時間はない。剣を抜いて立ち向かうにしても、あの速さは反応するより前に倒されてしまう。まさに詰みだ。ここから二人で生き残るのは無理に違いない。
「おい、クリス! 飛び退け!」
「……っ!」
アルフレッドの声に反応して右へ飛び退くと、再びさっきまでいた場所を黒い塊がゴオッと通過した。黒い塊は目の前の木にぶつかりそれを吹き飛ばすと動きを止め、こちらを振り向く。
その大きな山のような威圧感を放つ大猪は文字通りの大きさで、黒い毛並みはまるで鎧のようだった。それを支える丸太のような足は地面に少し沈み込み、その重さが視覚的に分かりそうだ。そして、その目には敵意しかなく、すぐにでも僕たちへ襲い掛かりそうだ。
これを3頭。なんとも馬鹿げた話だ。僕は自虐的に笑う。
バカに焚き付けられ、後がめんどくさくなってなんとなく冒険者ギルドに入ってその最初の依頼で死ぬって、あっけなさすぎるな。そんな奴の夢が歴史に名前を残そうだなんて聞いて呆れる。
大猪が再びこちらへ突進をしようとするその時だった。
「オラァ!」
アルフレッドが大猪に組み付いたのだ。
「何してんだアルフレッド! そんなことしたら死ぬぞ!」
「オレのことはいい! クリスは逃げろ! 巻き込んじまったオレが悪かった!」
「……くそっ!」
僕は逃げることもせず、地面を殴り付ける。考えろ考えろ! どうしたら二人とも無事で逃げ切れ……ん?
「早く逃げろぉぉ!!」
「……」
僕は今、いったい何を見ているんだろう。おかしなことだ。夢でも見ているに違いない。
目の前でチビの筋肉ダルマことアルフレッドが大猪と組み付いているのは確かだ。しかし、その場所をこいつらは一切動かないのだ。むしろ、大猪側が押されているようにも見える。
一介の人間が、大猪にパワー勝ちする?
そんなバカな。
「クリス! 早く逃げろって!」
「お前が大猪をぶん投げたら逃げてやるよ」
「わかった! いくぞ!」
この世界の法則はいつからおかしくなったんだろう。大猪は宙に浮いた。
「ぷ、ぷぎぃ!?」
「よいしょ!」
さっきまで一切鳴かなかった大猪が困惑するに鳴くと、近くの木々を倒しながら飛んでいった。
「さあ、投げたぞ! 早く逃げろ!」
「……すげえな、お前」
「はっ? わけわかんねえこと言ってねえで、早く……っ! うん? オレはいったい何をしたんだ?」
「僕にもわからない」
投げた本人は飛んでいった大猪の方を見て首を傾げる。この世界に神様がいるなら、酷いほどに挑戦的なパワーバランスをしたと思う。
「とりあえず、見に行ってみるか」
「え? ちょっと待てよ」
確認した大猪は既に息絶えていた。こいつらの唯一、可哀想なところは横向きに寝てしまうと数分で死んでしまうというところだ。巨体すぎるため血を身体中に巡らすためにはそれなりに勢いがいるらしく、横向きに寝るとその勢いを重力などの抵抗を受けずダイレクトに脳へ血流が流れ潰れて死んでしまうのだ。
そのため、大猪は強いというよりも不憫というイメージが強かったりする。もちろん僕もそんなイメージで来たもんだから、泡を食らった。
「これ、どうする?」
「村に運ぶにも少し距離があるし、運ぶには重いだろうし」
「そうだな。この辺で待ち伏せでもするか」
それが決まった時だった。木々を倒す音が近くで聞こえたかと思うと今度はアルフレッドが真上へと打ち上がった。
「アルフレッド! くそっ、二匹目か!」
しかし、さすがは筋肉ダルマと言うべきか。大猪その2に空高く舞い上げられうつ伏せの状態のまま地面に激突したというのに、目に見えるダメージというダメージは少量の鼻血だけで「なんだったんだ!」と大声を上げている。タフにもほどがあるだろう。
戻ってきた大猪その2の顔を見てみろよ。動物にしては表現がオーバー気味の顔をしてるぞ。
「不意打ちとは良い度胸じゃねえか! 正面で勝負だ!」
アルフレッドは鼻血を服の袖で拭き取ると腰を低く落として構える。そこへ、挑発に乗った大猪その2が瞬時に最高速までスピードを上げて突進する。
とてもじゃないが生物同士がぶつかったような音とは思えないほどの抉るような鈍い音が山中に木霊する。受け止めたアルフレッドは少し押され人一人分くらい後退してしまったが、均衡を保ち始めた。本当に人間か? こいつは?
「うおおお! さっきより重い!」
「さっきの奴より小さいのにか?」
「なんか筋肉が締まってるというか、とにかくやばい!」
化け物じみたダルマさんの感想を聞き、下手に大猪その2を刺激してこっちを狙ってきたら恐ろしいので、どうしたもんかと考えているとそこへ新たな刺客が現れた。
「お、おい、アルフレッド。とても悪い知らせなんだが……」
「えっ!? どうしたんだクリス!」
「奴だ……」
そう。もう3回目になるので説明を省くつもりだったが、それは叶わないような風貌をしていた。先ほどの二匹よりも段違いに大きく、より凶悪な顔をした大猪その3である。その迫力は、今の季節はそこまで寒くはないのに、大きな体から湯気が出ているのを幻視してしまうほどだ。
しかも、そいつはアルフレッドの真後ろに現れて走る用意を始める。
「このままじゃ挟み撃ちにされるぞ! 早くそいつをぶん投げて逃げろ!」
「ダメだ! 持ち上げれねえ!」
さすがのアルフレッドでも挟み撃ちは致命傷になるだろう。さっきは飛ばされただけで済んだが、大猪のあの大きな牙で突き刺されたりなんかしたら、怪我で済む範囲じゃない。
ここは一か八か、僕が囮になるしかなさそうだ。覚悟を決めて剣を引き抜いたその時だった。
「ふふふ、何か困っているようだね!」
聞こえたのは少しアルトがかった女の声だった。
ありがとうございます。