第2話 始まる夢
1話目が途中過ぎると思われそうなので、連続投稿です。
誤字脱字の指摘や感想など、待ってます。
ちょっと手直しみたいなのをしました(2017年4月8日現在)
翌日、遅めの朝食を取りリビングで新聞を読んでいた頃だった。
「おい、クリス! あれっ? 鍵がかかっているぞー!」
「普通は掛けるもんだろ」
近所中に聞こえるくらい玄関を派手にノックするいつものアレがいる方向を忌々しく睨み付けながら、椅子から離れたくないとうるさい尻をひっぺがし、玄関へ向かった。
「なあ、本当に開けないとダメか?」
「そんな酷いこと言うなよ。開けてないから悪いんじゃないか。どうしてもって言うなら窓から入ってやる」
「はいはい。参った参った」
大人しく玄関の鍵を開けると、アルフレッドは勢いよくドアを開けた。もし開ける向きが逆だったら、僕は少なくとも死んでいただろう。
そんな誇大妄想を繰り広げている僕を見ることなく、アルフレッドはずかずかと家の中へ入り誰かを探すように歩き回る。
「なあ、クリス」
「母さんも父さんも店に行った」
「あ、そうだった。今日、仕事だったな。っていうかよくオレの知りたいことがわかったな。やっぱりテレパシー? 通じ合ってる?」
「そんなにあからさまだと誰だってわかるさ。あと、通じ合ってるなら僕の気持ちを察して家に来ないだろ」
「ふーん」
アルフレッドはそんな気の抜けた返事を返すと、新聞の傍に置いてあった牛乳をくびくびと飲み始めた。
皮肉を彼は受け止めたのだろうか。前向きに奴の耳はただの飾りかどうか、引き千切ってでも検証する必要がありそうだ。
「あっ! ごめん、つい飲んじゃった! ほら、走ってきたから喉乾いててさ」
無意識かよ。
ひとしきりこいつと知り合ってしまった運命を嘆いた後、僕は再び新聞を取り椅子に座る。尻も椅子とまたくっ付いて幸せだろうさ。
「で、何の用だ」
「ああ! そうだった! クリス、早速で悪いがオレと一緒に冒険者にならねえ?」
「……は? 昨日と今日でどういう風の吹きまわしだ?」
「それが、団体割引っていうのがあってよ。ペア以上で冒険者になると入会金が三割引きになるらしいんだよ」
「へー。最近は冒険者も数が減ってるしな」
この手元の新聞に載っているように、冒険者は年々数を減らしている。それもそのはず。冒険者は冒険だけすればいいってわけじゃない。
冒険をするには当然のように資金が必要になり、それを貯めるために依頼を引き受けて、時に汗を流し、時に血を流しといった感じだ。
最近では、マジックアイテムの普及で掃除や配達などといった簡単な仕事はほとんどなくなり、畑仕事や魔物討伐くらいのはっきり言ってクソハードなものしかない。
そんな具合で簡単な仕事が無くなったら、元々冒険する気もなかった奴らは危険が薄くより安全な仕事を求めて離れていくだろう。
で、だ。こいつは割引を効かせるために僕に冒険者になれと? 当然だが、
「断る」
「なんで!?」
「僕はそんな肉体労働だらけの仕事なんて絶対にやりたくないからだ」
「で、でも、なんとかなるって!」
「気持ちの問題だと言いたいのか? 生憎だが、この骨と皮だけの腕で頑張れと? 骨折するのが目に浮かぶよ。おまけに体力にも自信がない」
自分で言って悲しくなってきた。
街の同級生からのあだ名はガイコツ博士だからな。理由はガリガリすぎるのと毎日本を読んでるだけあって色々と博識だかららしい。未だに呼ばれることもあり、涙が出そうになる。
そんなこんなで冒険者にはなりたくない僕を説得しようとするアルフレッドは断られるとは思わなかったのだろう。とても焦った様子であたふたとしている。いや、性格と体格上でわかるだろ。
「だ、大丈夫だ! オレが二倍働くから!」
「畑仕事はそれでいいかもしれないが、魔物討伐はどうする。僕は完全にお荷物だぞ」
「そりゃそうだけどよ……」
自分で言ったものを簡単に認められると複雑な気持ちになる。この現象に名前があるなら是非とも知りたい。
「ともかく、僕には無理だ。悪いけど他を当たってくれ」
「……」
アルフレッドは思った以上に悲しそうな顔をした。罪悪感など微塵も感じないが、これでいいのだ。僕は他にやりたいことがたくさんあるからな。
「なあ」
「なんだ、アルフレッド。まだ何か言いたいのか?」
「クリスって歴史に名前を残したいんだろ?」
「なっ!? なぜお前がそのことを!?」
「クリスの母ちゃんが言ってた」
くそ! あのアマ! よりにもよってこんな奴に言いやがった!
今から母さんが気に入っているコップを割ってやろうかと考えていると、アルフレッドは続けた。
「オレも考えるには考えたんだ。クリスは年下のオレに力で負けるほど弱っちいし、まるでゴボウみたいな腕をしてるし」
「ほう……」
こいつは殴って欲しいんだよな? 鈍器で殴られたいんだよな?
沸々と込み上げてくる怒りを抑えて、話を聞いてやる。
「でも、クリスは頭がいいし、難しいことをクリス自身ができるくらい簡単にするのが得意なんだ」
「だから、何が言いたい」
「一緒に魔王を倒そう!」
「は?」
こいつは何を言っているんだ。魔王を倒すだって? 何をバカバカしいことを言っているんだ。
魔王っていうのは知性を持ち、同じ種族の魔物をまとめ上げるほどの力を持った強力な魔物のことなんだぞ?
「それくらいやってのけたら充分に名前が残ると思うんだ!」
「まあ、それは当然だろうけどハードルが高過ぎやしないか?」
「いや、出来るよ!」
「……」
こいつの頭に無茶や無謀という言葉はないのか……? 呆れなど通り越して感心すら抱く。
そもそも、僕はそういう形で歴史に名前を残したいわけじゃなくて、もっとこう……
「本だって書ける!」
「グハァッ!?」
油断したところに強烈なアッパーが突き刺さった。本当にされたわけではないが、大きく仰け反ってしまう。
いったいどこまで話したんだあのアマ!
「な? いいだろ、クリス。オレと一緒に冒険者になろう」
「……」
思い出したのは今から七年前。僕が十歳の時だ。丁度、こいつに付きまとわれるようになり、毎日「遊ぼう、遊ぼう」と誘われるものの、僕は断固としてその誘いには乗らなかった。
しかし、こいつはそんな僕に愛想を尽かすことなく、雨の日も風の日も大雪の日も家にやってきて誘うのだ。一年ほどたったある日、今日は来ないなとか思っていると母さんからアルフレッドが大熱を出したと聞き、仕方なく見舞いに行ってやると、施設の人に止められながらも怠そうな体を起こして孤児院を出ようとしていたのだ。
事情を知った親には一晩中説教され、またそんなことになっては困るのでそれから遊ぶようになった。遊ぶといっても僕は傍らでずっと本を読むだけだが。
ともかくそんなことを思い出していた。
なんとなくだ。今回、断ればそんなことになる予感がした。なにより、目があの時と一緒なのが良い証拠だ。
僕が考えていた将来設計図とはかけ離れているが、そんなものいくらでも修正はつくし、バカなこいつのことだから、すぐに飽きてやめるだろう。
僕は自分自身がとても甘い考えをしているとも気付かず、そのまま仕方なく了承した。
■ ■ ■
「手続きは以上となります。さっそく依頼を受けてはどうですか?」
「そうさせていただきます。丁度、こいつのせいで一文無しになったので」
「悪いと思ってるから、そんなこと言わないでくれ!」
「うふふ。では、あちらのボードから依頼が書かれた紙を持って、こちらにまた来てください」
「わかりました。ほら、行くぞ。金も計算できない能無し」
「やめて! 本当に反省してるから!」
自分たちよりもずっと大人で綺麗な受け付け嬢さんに笑われながら、僕たちはカウンターを離れる。
あの後、すぐ連れて行かれて冒険者ギルドへ入ったものの、アルフレッドが言っていた入会金より一桁も高く、僕たちは即一文無しとなったのだ。
これからが本当に心配だ。僕は涙目で謝る筋肉ダルマを見て、深く長いため息をついた。