~反感~
~反感~
わかっていたけれど、吉良がメンバーになってくれた後に俺はハルキさんの店に走って行った。やっぱり美穂はもう帰った後だった。今日は用事があるということだ。ハルキさんにはドラマーがメンバーになったことを伝えた。
「そうか。そいつ経験者か?」
そう言われて「そうだ」とも「そうじゃない」とも言えるから難しいと思った。ゲームでドラムは叩いている。でも、実際のドラムを叩くのは始めてなのだ。うまいかと言われたらうまいのだが、ゲームでやっていたから誰かに合わせるということができない。
「未知数です。でも、光る可能性があります」
そう、光ることは知っている。だが、それは簡単なことでもないことも知っている。今の俺がその起こるだろう未来を語るのは変なのだ。
「そうか、まあここに来て問題ないと判断したら連れてこい。見極めてやるよ。だが、いいね若いって。それだけで可能性を感じられる。まあ、せいぜい頑張りな。若人」
「はい」
これ以上ここに居ても何も変わらない。俺は店の外に出た。
「いいの?あんなこと言って」
気が付くと店の外に各務が居た。いつの間に追いついたのだろう。というか、前の世界ではここに各務はいなかったはず。どうしているんだ?
「ここって何なの?」
そして不思議と横に吉良もいる。
「ある意味ラスボスみたいなものだね。まあ、ここに来るにはもうちょっとレベルアップしないとダメだな」
頭の中でハルキさんがファンタジーの魔王のように変換された。多分俺が戦士で美穂が勇者。そして吉良は魔法使いと言ったところだ。そう思うとやたら似合っていた。
「今、絶対変な想像したでしょう。ヘンタイ」
各務にそう言われる。各務は何になるのだろう。委員長キャラ。う~ん、僧侶とかなのだろうか。いや、賢者かな。もう一人はどう考えても遊び人だ。うん、変なパーティーだ。絶対に冒険に行きたくない。でも、このメンバーでバンドをやるんだ。
「ニヤニヤして気持ち悪い。そこいらの電柱にぶつかって死ねばいい」
吐き捨てるように吉良が言う。そう、こういう事をぼそっと吉良は言うのだ。まあ、一種のコミュニケーションなんだろう。初めは「なんだコイツ?」とか思っていたけれど、いいかげん慣れてきた。当人はある意味無自覚に暴言を吐くのだ。
「まあ、いいじゃないか。メンバーが一人増えたんだ。そりゃ笑いたくもなるだろう。じゃあ、帰るか」
そう言いながら吉良の家は確かあの橋を渡らない場所だったはず。だからもう少ししたらべつべつになる。
「明日クラスに迎えに行くよ。うちのヴォーカルを紹介するからさ」
「いい。勘違いされる。私から行く。キモい」
うん、吉良さん平常運転ですな。そう聞き流していたら各務がこう言ってきた。
「浩ちゃんマゾに目覚めたの?キモいんですけど」
なんで各務まで俺をそんな目で見る。そう思っていたら吉良が「私こっちだから。じゃあ」と言って去って行った。
そう、吉良はこういうヤツだ。つかみどころがない。マイペースなのだ。俺は各務に向かい合った。
「ありがとうな。お前のおかげでメンバー増えたよ」
そう言った。各務が「お礼とかどうしたの?」とか言ってきたが気にしなかった。前の世界ではこういう言葉を各務にかけてこなかった。
でも、俺は知ったんだ。いつこの世界が壊れるのかわからない。好きだった美穂が事故に合い死んだ。
俺は気がくるうかと思った。でも、何も事故に合うのは美穂だけと限らない。各務だっていきなり居なくなることだってあるかもしれない。
この世界は奇跡の上になりたっているのだ。だから、感謝は伝えないといけない。それも、思った時に。言えなくなった言葉ほどむなしいものはないからだ。
「いいだろう、別に。思ったことを素直に言う。思いは言わなきゃ伝わらないしさ」
俺はそう言いながら空を見上げた。いつの間にか夕焼け空が終わりを告げていた。街明かりに月がきれいだった。
「月がきれいだな」
俺はなんとなしにその言葉を発した。
「え?今なんて?それってどういう意味なの?」
なんだか各務がすごく焦って俺を見てくる。
「なんだよ、いきなり。ただそう思っただけだ」
そう言ったら「ふ~ん」とだけ言ってきた。意味がわからん。ただ、その後やけに各務の機嫌がよかったのだ。
翌日。
俺はギターを手に家を出る。少し前を歩くのは各務だ。なんだかスキップしているような感じで歩いている。
「なんだかいい事でもあったのか?」
俺がそう声をかけたら「知らない」と帰って来た。各務は意味不明な行動をたまに取る。橋を渡った所で美穂が待っていた。
「昨日来なかった。何があったのよ」
そう言ってきた。あれ?前の世界でも怒っていたけれど何か雰囲気が違う。各務が言う。
「ちょっとね」
そう言って俺を見てくる。なんだその笑顔。気持ち悪いその笑顔は何だ。含みがある笑顔が怖い。俺が言う。
「ああ、昨日メンバーが一人見つかったんだ。ドラマーだ。これで一歩前進したんだぜ」
俺は前の世界と同じように胸を張ってそう言った。
「ふ~ん、そうなんだ。ひょっとしてかわいい女の子だったりするんじゃないの?」
なんだ、この展開。各務が面白そうにこう言う。
「そうなの。なんでわかったの?昨日私たち二人で一緒に勧誘に行ったんだ」
なんで、そんなに二人とか一緒とかを強調したがる。
「私にポスター制作押し付けてなんだか楽しそうなことしていたのね。よかったね。メンバー見つかって」
おいおい。険悪すぎるだろう。そう思っていたら視界に吉良が目に入った。吉良が声をかけてくる。
「おはよう。というか道の真ん中にいるの邪魔。みんな死ねばいい」
朝から吉良さんは全力ですね。
「よかった。紹介するよ。今度うちのバンドメンバーになってくれた吉良さん。こっちはうちのヴォーカルの美穂。よろしくな。
美穂はちっちゃいけれど、むっちゃパワフルで人を惹きつける歌声の持ち主なんだ。もう、その歌声に俺は魅了されたんだ。恋に落ちたといっても過言でもない。いや、絶対に吉良さんも落ちるはず。
そして、吉良さんはゲーマーですっごいドラムがうまいんだ。絶対に俺らうまく行く。一緒に頑張ろう」
俺は必至だった。だが、なぜか美穂の機嫌が直った。
「よろしく。このバンドのリーダーは私だから」
まあ、美穂がいなかったら俺もこの学校でバンドやろうなんて思ってもみなかったからな。
「よろしく、ちっちゃい人」
吉良さんも身長かわらなくない?二人とも150センチくらいだよね。ちっこいよね。
まあ、横にいる各務は160くらいあるから余計に小さく見えるだけかもしれないけれど。そして吉良さんはそう言うとすぐに一人で歩き始めた。
「学校遅れる。私は行く」
確かに俺らは話し込みすぎたかもしれない。少し早歩きで学校に向かった。
学校に着いてまず行ったことはポスターの申請だ。ハルキさんのデザインなのか黒に緑の線で書かれた結構スタイリッシュな感じになっている。
一言で表現するとクールなのだ。シルエットだけの人。二色だけなのにどうしてか目を惹く。この手のセンスもハルキさんはすごいのだ。
なんでもできる。でも、不思議と自分から何もやりたがらない人。あの人が一番意味不明な人だ。まあ、おかげで助かっているのだが。
教室に戻ってくるとクラスが違うのに吉良が教室にいた。
「遅かったわね。練習についていつからやるのか知りたい。後、私今日吹奏楽部に退部届出す。もう、あそこはいい」
そうなんだ。この世界では俺らが吉良を引っこ抜いたように見えるのだ。前の世界では吹奏楽部を辞めた吉良を誘ったのだ。少し不安に感じた。いや、不安に思ったのは吉良がメンバーになってから起きた事件を思い出していたからだ。そう、あれはポスターを張った後に起きたのだ。
予想通り昼休みにその事件は起きた。
「ねえ、ちょっといいかしら」
そう言ってきたのは風紀委員をしている上里さんだ。上里さんはおでこを出しているウェーブのかかった髪をした女性だ。
なんでも風紀委員長にあこがれて学校を厳しく取り締まることをモットーにしているのだ。そう、前の世界でもこの上里さんに何度も注意を受けたのだ。
「な、何かな?」
なんでか怖気づいてしまう。この鋭い眼光はまるでタカだ。猛禽類みたいなのだ。
「軽音部復活させるの辞めてくれませんか?クラスから苦情が入っています」
そう言うと誰かがこう言ってきた
「バンドでまたトラブルとか起きたら学校の評判落ちるじゃない」
「ここ進学校なのよ。推薦とかなくなったらあんたらのせいだからね」
「あなた当事者じゃない。どれだけ学校引っ掻き回したら気が済むの」
声がする。だが、その声に対して美穂はこう言った。
「なんで?音楽はすべてを越えるのよ。トラブルなんて起きてないじゃない?ううん。トラブルはあなたたちが起こしているだけ。問題がないのに問題にしようとしているだけじゃないの?変なの」
そう言われて上里さんが引き下がった。
「まあ、私は伝えたわよ。後はあなた達で決めなさい」
なんだそりゃって思うよな。俺も前の世界の時そう思った。けれど、問題はこれだけで終わらないのだ。
実際俺の予定外の事もあった。それはHRだ。俺と各務が前に立っているのだが、何名かの生徒が明らかに俺の発言を無視するのだ。
そしておしゃべりを辞めない。学級崩壊しそうだ。だが、こういう対応をした学生は各務の怖さを知ることになる。
「教育を受けていない人間は獣と同じという考えがあるらしいわよ。分別ある人間はちゃんとすることができます。この教室にいる人はみなさんがそうだと思っています。ですよね、上里さん」
この状況の中、名指しで首謀者である上里さんにこのセリフで優しく微笑むことができるのだ。はっきり言って各務は怖い。
「もちろんですわ」
上里さんがそう言ったため教室には授業より張りつめた空気になった。俺はこれからいつ起きるのかわからない出来事を待ち構えないといけない。
美穂が俺の机の前にやってきた。
「ハルキさんからこれを渡すように言われたの」
そう言って渡してくれたのはギターの弦だ。
「結構古くなっているからそろそろなんじゃないかって言っていたよ」
「ありがとうな。ハルキさんにもそう伝えておいてくれ」
だが、俺は知っている。これはハルキさんに聞いて美穂が買ったものだ。そして、俺は前の世界でこのギターの弦をすぐに張り替えてしまったのだ。
そうこの後知らないうちにギターの弦が切られるという事件が起きることを知らなかったからだ。だから今回は張り替えない。
こっそり泣いていた美穂を見つけなくて済む。泣いていた美穂が「私が買った弦なの」とつぶやく言葉を聞かずにすむのだ。
でも、この新しい弦自体に何かされるのはいやだ。だから俺はこっそり制服のポケットにしまい込んだのだ。
移動教室の後、教室の俺の机の上にやはりギターはむき出しに出されてあった。無残にもギターの弦が切られてある。でも、本体には何もされていない。美穂の顔色が青白くなる。美穂にこう言う。
「張り替える前でよかったよ。これ早速役に立ったよ。ありがとうな」
二回目。しかも今回は美穂の買ってくれた弦を守れた。俺はそれだけでよかったと思っていた。でも、俺以上にこの出来事に憤慨したやつがいたのだ。
そう、前の世界では俺がここでキレて、それをなだめたのが各務だったのだ。そして美穂が泣いていた。
今回は俺が怒らなかったから、俺の変わりに怒らないといけないと思ったのだ。そう、俺の変わりに美穂のスイッチが入ったのだ。そして、その美穂を各務がなだめている。
何で世界が変わっていくのかわからない。でも、俺のために怒っている美穂を見て少しだけうれしくなったのも事実だ。ただ、このズレが連れてくるものが何になるのか俺はまだ知らない。そう知らないから止めることもしなかったのだ。