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~ドラマー~

~ドラマー~


「吉良さんがいない?」


 時期がずれているだけで、出来事は変わらないだけだと思っていた。だが、俺の記憶では学校で吉良望と会ったはずだ。だが、吹奏楽部が使っている音楽室に行ったところ吉良望はすでにいなかった。各務は茫然としている。


「約束したんだけれどね」


 そう、各務が言った。吹奏楽部は大所帯だ。元々音楽に力を入れている学校なのだ。合唱部と吹奏楽部が交互で音楽室を使っている。


 今日は吹奏楽部の日らしい。渡り廊下で合唱部がそういえば歌っていたのを音楽室に来るまでに見た記憶がある。


「ごめんね。こっちも呼び止めたんだけれど。ちょっと色々あってね」


 そう言ってくれるのは吹奏楽部の部長の氷川さんだ。三年生。おっとり話す人だ。


「いえいえ、仕方ないですよ。もしよかったら吉良望さんの行きそうな場所ってわかりますか?」


 各務が言う。だが、俺の方がかなしいけれど行きそうな場所はわかる。吉良望は機嫌が悪いと駅前のゲーセンに行くのだ。


 あいつはゲーマーなのだ。筋金入りの。そういえば、吉良は吹奏楽部を辞めるキッカケがあったとか言っていた記憶がある。


 それも何かの事件がだ。ゴールデンウィーク前にあって、それ以降吹奏楽部に行きたくなくなったとか言っていたはずだ。


 それが今日なのか。でも、俺の中途半端な記憶力は何があったのか思い出せなかった。聞いた記憶があるのだが、なんかそんな事より俺らの仲間になってくれたことの方が重要だった。まあ、聞いてみるか。ひょっとしたら聞いたら思い出すかもしれない。


「氷川先輩。色々って何があったんですか?」


 俺がそう言うと氷川さんは少しだけ困った顔をした。


「話すと長くなるんだけれど、練習があるから。まあ、簡単に言うと吉良さんってティンパニーって楽器を使っているんだけれど、誰かが勝手にたたいたらしく、そのせいで音が変わったって言っていたの。他の子がそんなに音変わらないだろうって言ったらそのまま出て行ったみたいな感じかな」


 うん、全然思い出せない。そもそもティンパニーって楽器がどんなのかもわからない。でも、打楽器系だった記憶がある。というか、そもそも吹奏楽部とかの演奏を見た記憶がない。前の世界では吉良望と会ったのは教室だった。


 もうすでに吹奏楽部を辞めていたはずだ。ゴールデンウィーク後に辞めたと言っていたはず。だから隣の教室に行くだけでよかったのだ。


「じゃあ、私は練習があるからこれで。本当にごめんね」


 そう言って氷川さんは音楽室に戻って行った。


「どうする?」


 各務がそう言ってきた。


「とりあえず、居そうな所を探すか」


 まあ、駅前のゲーセンだと思うがいきなり行くのも不審がられそうだ。でも、あまり時間を空けると家に帰ってしまうかもしれない。タイミングが難しい。各務が悩んでいる。


「とりあえず駅前にでも行くか?」


 俺は各務に声をかけた。


「そうね、誘ったの私だし。ちょっとだけ探しましょう」


 各務が乗り気になってくれてよかった。ただ、今日吉良望に声をかけることが正解なのか、それともゴールデンウィーク明けに声をかけるのかどっちが正解なのかわからない。でも、今から美穂の所に行って各務の機嫌がわるくなって協力してくれなくなるのは困る。だから俺はこう決めたんだ。


 今日一日は各務の機嫌を取ろうと。


「でも、本当に悪いな。メンバー探しを手伝ってくれているのに、放課後も連れまわして。探しながらでなんだけれどさ、もし、各務がどこか行きたいとことかあったら言ってくれよな。まあ、ひょっとしたらそこに吉良望がいるかもしれないしさ」


 そう言ったらさっきまで暗かった各務の顔が明るくなった。各務が言う。


「何、何。どうしたの。ひょっとして私の一緒に居たいの?」


 そう言ってきた。なんだこの各務は。各務ってこんなキャラだっけ。まあ、いいか。


「いや、せっかくなんだから楽しんだ方がいいかなってな。それに、頑張ってくれた各務にお礼も兼ねて何ができるかなって考えたんだよ」


 まあ、実際前の世界でも各務は本当に頑張ってくれた。それに今だってそうだ。頑張って話しかけて約束もした。ただ、予想外に吉良望がいなかっただけだ。


 実際、吉良望は無口だし、いきなりいなくなることだってあったし、猫みたいだと思ったことはある。


 まあ、口を開くと毒舌を吐くからだ。俺も何度「下手過ぎ」「最低」「ありえない」と言われたことか。


 黙っていればかわいいのだ。多分当人もわかっているから頑張って無口キャラを演じているのだろう。


「じゃあ、プリクラ撮ろうよ。そして、そこに貼って」


 各務がさしたのはギターケースだ。その場所は色んなシールが貼ってある。そこにプリクラもある。そう、兄貴と兄貴のバンドメンバーと俺が写っているプリクラだ。そして、この横に貼るのは俺たち四人のバンドメンバーのプリクラだ。


「ここはダメだ。ここだけはダメなんだ」


 そう。俺は前の世界でもあれだけ好きだった美穂との撮ったプリクラさえここには貼れなかった。ここは特別なんだ。兄貴からもらったステッカー、兄貴たちと写ったプリクラ。ここに貼っていいのはバンドの魂だ。


「いいよ。じゃあ、こっち。ここならいいでしょう」


 意外な場所だった。なんでそんな所がいいって言ったんだろう。


「いいけど、こんなとこでいいのか?」


 俺はそう言った。だって各務が指差したのは通学カバンの内側だ。チャックで開けてすぐの所。各務が自分のカバンで場所を指定している。


「うん。じゃあ、行こうよ」


 そう言ってテンションの高い各務が先に歩き出した。ゲーセンに自然に行ける。そこで吉良望に会って勧誘をしよう。そう決めたんだ。


 あの時と違う。吹奏楽部を辞めさせて軽音楽部、といってもまだ正式に部にもなっていないけれど、軽音部に入れないといけないのだ。



 駅前といってもロータリーがあってマクドナルドがあり、コンビニがある。商店街があってその一角にゲーセンがある。


 大きいゲーセンは駅前にある。どっちに吉良望がいるのかわからない。ただ、小さいゲーセンにはプリクラがない。それに、吉良望の好きな音ゲーが小さいゲーセンにはヴァージョンが古いのだ。ただ、一時間ずっと連続プレイができるのだ。どっちにいるのかは賭けだ。


 各務は当たり前だが大きい方のゲーセンに入る。中に入ると色んな音がしている。太鼓の達人が入り口にある。その奥に女子がいないと入れないスペースがある。プリクラコーナーだ。


「ねえ、これにしようよ」


 各務が選んだのは目が大きくなるというやつだ。そんなに目を大きくしてアニメのキャラクターにでもなりたいのだろうか。そう思ってしまう。そう言えばメンバー四人で撮った時も美穂は目が大きくなるやつがいいとか言っていたな。


 俺からすれば二人とも目が大きいと思う。まあ吉良望はメガネだしそこまで目が大きいってカンジじゃないが。


 二人して中に入る。


「緊張するね。なんかしたいポーズとかある?そうだ、ギター出してよ」


 まあ、そうなるわな。ギターをかっこよく弾いているふりをする。すっごい叫んでいる顔をした。結構いい出来だと思う。だが、各務は気に入らなかったみたいだ。


「もっとちゃんとしたのがいい」


「ちゃんとしたのってどういうのだよ」


 そう言うと見本のようなポーズが出てきた。


「これとかどう?」


 そのポーズは俺が後ろから各務を抱きかかえるようなやつだ。


「いいけど、これじゃギター写らないぞ」


「横に置けばいいじゃない」


 そう言って俺は各務の後ろに立つ。よく考えたらこんなに各務にくっつくのっていつ振りだろう。幼稚園?小学校?なんだか各務の髪からいい匂いがする。なんだろうこれ。シャンプーとかの匂いなのかな。


 なんだかそれだけのことなのにすごくドキドキする。写った写真を見たらなんだか俺の顔がまっかだった。


「何?顔真っ赤だよ」


「各務も赤いじゃないか。耳とか」


 苦し紛れに言ったら思いっきり肘鉄を食らった。ものみぞおちに入ったらむせ返った。 


 結局モデルと似たようなかっこをその後もし続けた。


「楽しかったね。また撮りに来よっか」


 俺は返事が出来なかった。次来ることがあるのだろうか。でも、次来るならメンバーがそろった時がいいな。


「そうだな。じゃあ、探そうか」


 俺はそう言って、もし吉良望がこのゲーセンにいるのなら場所はわかっている。吉良望は音感ゲームマニアなのだ。所詮ゲームなんて思っていた。でも、吉良望のリズム感は桁が違うんだ。音が騒がしい。その中で歓声がする。こんな歓声がするようなプレイをするのを一人しか知らない。


 目の前にドラムセットに近いゲーム機がある。そこに女子高生が座っている。髪はベリーショート。赤いメガネをかけている。制服は横にいる各務と同じだ。ドラムの前には大きなモニターがある。すごい速度でシーケンスが動いている。


「居た。あの子よ」


 各務がそう言った。声を変えようとした各務を止めた。まだゲーム最中だ。楽しそうな顔をしてドラムをたたいている。そう言えばあまり吉良がドラムをたたいている所をこうやって眺めることがなかった。


 こんな表情をして叩いていたのか。


 ゲームが終わる。筐体からカードを取り出した所で声をかけた。


「吉良さんだよね」


「そうだけど、何?」


 吐き捨てるように話す。吉良はいつだってこうだ。


「ドラム好きか?なら一緒にバンドしないか?」


「ドラムセットあるの?」


 そうだ。こう聞かれたんだ。あの時も。


「ああ、あるぜ。学校に古いやつだけれど使っていないやつがある。吉良さんが好きに使っていい」


 そう言うと吉良の表情が明るくなった。


「じゃあ、まずセッションしてみて。それで判断してあげる」


 ああ、そうだ。前の世界ではここで何時間も一緒にゲームをしたのだ。吉良はドラム、俺はギターという形だ。


 ただ、ゲームのギターは実際のギターと違いすぎる。俺ははじめ全然できなかったのを覚えている。何度かしていてようやく形になったのだ。


 まあ、面白いかと言われたら実際のギターの方が俺は好きだ。ただ、前にやったからこそまったくできないわけじゃない。


「ああ、いいぜ」


 俺はそう言った。


「大丈夫なの?」


 各務がそう言ってきた。まあ、前の世界では全然大丈夫じゃなかったんだ。でも、俺はこのゲームの経験者になっているんだ。吉良の気分転換に何回もゲームセンターに誘われたのだ。まあ、その時は横にベースのアイツもいたがな。そして見ているだけの美穂も。


 俺は財布から100円を取り出してゲームに入れる。当たり前だが今回はこのゲームは初心者だ。吉良が持っているこのゲームのスコアを記録するカードは持っていない。この後に作ったのだ。覚えている。


「やりたい曲があるなら選んでいいよ」


 吉良がそう言った。このゲームには邦楽、洋楽が入っている。ただ、Mr.Biggの曲はない。確か吉良が好きだった曲があるはずだ。俺はそれを探していた。あった。この曲だ。曲は「DEPARTURE」という曲だ。俺はこの曲を選んだ。


「え?この曲でいいの」


「ああ、良いぜ」


 確かに初心者が選ぶ曲ではないと思う。だが、俺もこの曲が好きなんだ。それに吉良がこれから俺らとバンドを始める日になるんだ。DEPARTUREなんて丁度いいだろう。「出発」って意味だもんな。


 曲が流れだす。久しぶりにシーケンスを見て合わせてピックを叩く。当たり前だが筋トレをしているからこれくらいのオルタなら楽ではないが問題はない。でも、不思議な感じだ。こういうゲームでもセッションになる。


 少しでもタイミングがずれると音がやっぱり合わないんだ。吉良がびっくりしている。そりゃそうだろう。俺が今回の世界でゲーセンに来ていないことを吉良は知っている。だってこの街にはゲーセンはこの二つしかない。


 そして、吉良は自分が納得できる相手に出会っていない。俺とアイツが頑張って練習をして吉良が望むゲーム仲間になったんだ。どれだけこのゲームやらされたと思っているんだ。


 それにこの曲は実はクリア自体はそこまで難しくない曲かもしれない。でも、接続難易度は高い。そして俺はミスをしていない。


 俺がミスをしていない以上吉良にもプレッシャーは行くだろう。でもな、ライブなんてもっとミスできないんだぜ。こんなプレッシャーじゃない。


 もうすぐ終わりそうだ。もう少し続けていたい。そう思ってしまう。だが、大丈夫だ。その思いは吉良にも伝わっているはずだ。


「STAGE CLEA」


 ゲームが終わった。吉良が言う。


「あんた何者?」


「俺はバンドマンさ。なあ、ドラム好きなら一緒にバンドやろうぜ」


「・・・ドラムできるの?じゃあ、連れて行ってよ」


 おかしい。こんな展開じゃなかったはずだ。本当ならばここで何回もゲームをして時間がつぶれるのだ。そして、後日吉良さんが納得をしてドラムの有無を聞かれる。そこで俺はドラムの場所を探して連れて行く。


 そうだ。結構吉良さんがメンバーになるには時間がかかったのだ。だが一回のゲームで変わってしまった。何が正解なのだ。だが、ここで吉良さんを連れて行かなかったらもうメンバーになってくれないかもしれない。


「わかった」


 そう言って俺は各務と三人で学校に戻った。そうだ。これから用具室の奥に放置されているドラムを取り出してメンテナンスをするのだ。


 メンテナンスには時間がかかる。どちらにしても俺は美穂と一緒にポスターを作ることはできないのか。


 学校に戻り、用具室の鍵を職員室から借りてくる。その奥にドラムがあるのだ。


「こんなところに本当にあるの?」


 各務がそう言ってくる。俺もそう思っていた。前の世界で兄貴と一緒にバンドをしていたユキトさんにメールで聞いたから知ったんだ。その場所に昔つかっていたドラムやらアンプがあるということを。


「ああ、大丈夫。ちゃんと調べてあるんだ」


 まあ、この世界ではないけれどな。部屋の奥にある場所も同じだ。この場所にそう多くの人も入ってこない。俺は奥にあるセットを取り出してきた。


「はい、これがドラムセットだ。好きに使ってくれてかまわない。一緒にバンドやろうぜ」


 俺はそう言いながらドラムを組み立てた。


「いいわ。バンドする。バンド名は?」


 そう言われて困った。話し合って決めたのだ。だが、その過程は大事な気がする。兄貴のバンドが「Glatton」だ。美穂はこのバンドが好きだった。だから、このバンド名をどこか使いたいって言ったんだ。


 実際にこのメンバーで「Glatton」の曲を聴いてもらった。吉良も百瀬も気に行った。はじめそのまま「グラットン」にしようという話しになったのだが美穂が「グラトン」と言い出したのだ。だから俺たちのバンド名は「グラトン」少し何かが欠けているのがいいという話しになったのだ。だが、それはまだこの時に起きたことじゃない。


「まだ、決まってない。メンバーみんなで決めたいんだ。だってそういうもんだろう。皆で音を作り上げる。それが出来なきゃ意味がない」


「そうね。気に入ったわ。改めて私は吉良望。吉良って呼んで」


「私は各務よ。よろしくねのぞみん」


 おい、いきなり呼び方無視かよ。各務は強いな。


「ああ、俺は住吉浩二。ギター担当。後ここにはいないけれどヴォーカル担当がいるから。明日紹介するよ」


「よろしくね、各務さん、浩二」


 びっくりした。吉良さんが俺を名前で呼んだことなんてなかった。


「よろしく、吉良さん」


「吉良でいい」


 これもなかったことだ。


 うまく行ったと思っていたが、色んなことをショートカットしすぎたズレに俺はまだ何も気が付いていなかった。ズレじゃない、これは代償なのかもしれない。そう思った。







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