~分岐点~
~分岐点~
ハルキさんの所に行くとあのハルキさんから「この前は悪かったな」と言われた。謝るなんてことをするハルキさんを初めてみたのでびっくりした。おかげでしばらくフリーズしてしまった。
「まあ、アイツはちょっと特殊なんだ。許してやれ」
アイツが誰なのかなんてどうでもいい。俺は学校がバンド活動再開になったことを伝えた。ハルキさんが言う。
「そうか。まあ、あの校長も結構好きだからな。昔バンドやっていたんだって。といってもフォークらしいが。まあ、よかったじゃないか。ならメンバー集まってものになりそうならハコでやっていいぞ。ちゃんと練習しているか?」
「はい」
そう言って自分の指を見た。傷だらけだ。だが、大丈夫。この痛みは前も経験している。
これを乗り越えないとライブなんて乗り越えられない。それに横ですっごい腹式呼吸をしている美穂もいる。
顔を真っ赤にしている。その美穂を見ながら「まだまだできる、もっと吐き出せ。もっと出せるだろう」とハルキさんが言う。
スパルタだ。だが、美穂は顔を真っ赤にしながら笑っていた。大丈夫。もう少ししたらドラマーが仲間になる。そしてその後に問題児だけれどベーシストも仲間になる。まあ、それで形になるはずだ。
それにあの時と違う。前の世界と違う。俺は本当に死ぬほど練習したんだ。まあ、それは今もだが。そう「Daddy, Brother, Lover, Little Boy」もゆっくりだけれど弾けるようになってきた。安定してきたんだ。
見えてきた。確実にうまくなっている。もっと感動させてやる。それに、一番はお前だよ。俺は美穂を見た。
「ありがとうな」
そう口に出していた。きょとんとした美穂の顔が見れた。まあ、いいか。その表情もかわいい。美穂が言う。
「ねえ、ポスター作ろう。メンバーがどんどんくるような」
そう言うとハルキさんがこう言ってきた。
「そうだな。とびっきりファンキーなのがいいな」
そう言ってさらっと書いていく。それは前にも見たポスターの原案だ。ものすごく目に止まるポスターだった。
この人か。あのファンキーなポスターを作ったのは。なんでこの人はなんでもできるんだろう。なのにこんなところにいる。意味不明な人だ。まあ、この人のおかげもあると思う。この街にアーティストが多いのは。だって、これだけ面倒見てくれる大人の人を俺は知らない。
「ここ、こう変えたい。絶対こっちの方良いよ」
そう言って色を塗っていく。なるほど、あの色使いは美穂のセンスか。
「なら、ここはこうしないか?」
俺が手を加える。でも、それは俺のセンスじゃない。前に見たからだ。その部分がかっこよかったからだ。
「いいセンスしているな。俺もそうしようと思った所だ。なら、ポスターはお前らに任せとくか。ついでに店番しとけや。ちょっと上見てくるわ。面白そうなバンドが練習してるんだ」
そんなバンドがいるんだ。そんなこと俺は知らなかった。いや、前の世界では俺は自分の事でいっぱいいっぱいだった。
毎日ギターを弾いて、歌って、そして横に美穂がいた。いや、メンバーも居た。それが幸せなんだってことを俺は知っている。だから大事にしたいんだ。そう思ったら泣きそうになった。不意に思い出してしまったからだ。
「どうしたの?花粉症?」
そりゃ、いきなり目を真っ赤にしたらおかしいわな。
「なんでもない。ちょっとトイレ」
俺はそう言って席を外す。たまに思い出してしまう。美穂が車にはねられる瞬間を。宙を舞ったその体。バウンドしたその体。
大丈夫。俺はもう道路の真ん中で告白なんてしない。駆け寄った俺に何かを言おうとして口を開いた美穂。
だがその口からは大量の血しか出なかった。すぐく動かなくなった。わかっている。死んだんだ。救急車がやってきて首を振る人。青ざめた顔をした若い男女。警察が言うには飲酒運転だったという。偶然近くにいた人が車を止めてくれたからよかったけれどそうじゃなかったら逃げ切ろうとしていたらしい。
だが、そんなことを俺にとってどうでもいいことだった。学園祭のライブが終わって、あいつらがいい感じになって、触発されて俺も告白なんてしたのが間違っていたんだ。いや、こんなことになるなんて思っていなかった。だから告白はしない。いや、道路ではしない。学校で告白をするんだ。
でも、あの時美穂はなんて言おうとしたんだ。教えてくれよ。俺は気が付いたら病院から走っていた。あの橋に。
歌っていたらひょっこり美穂がやってくるんじゃないかってこれは悪い夢なんじゃないかって思っていた。
だが、俺の携帯にはメールが来る。美穂の事故について。通夜について、葬式について。俺は逃げた。いや、俺は気が付いたんだ。俺の世界は気が付いたら美穂で構成されていたんだ。だから飛んだ。
後悔はしてない。だが、この幸運が俺にやってきた。なあ、いいだろう。ちょっとぐらい。経験していないことを経験したって。俺はそう思った。だってこれはボーナストラックみたいなものなんだ。俺は顔を洗って戻った。もう大丈夫。俺は美穂と楽しい時を過ごすんだ。
「おまたせ」
って、そこにあったポスターは俺の知っている感じじゃなくなっていた。
「どう?かっこいいでしょう」
かっこいいかどうかわからないけれど美穂らしい感じがした。これはこれでいのかも知れない。それに前の世界と違ってもう一人メンバーを見つけないといけないのだ。軽音部として成立させるには五人必要なのだ。
五人目。このポスターで来るかな。そう思っていたらハルキさんが降りてきた。
「お、できたか。って、えらいちびっこぽい元気いっぱいって感じになったな」
そうなんだ。赤、オレンジ、黄色。なんでこんなに派手な色ばかりなんだ。
「爆発って感じでしょう」
元はかっこいい下絵があったのにもう全然生かし切れてない。まあ、でもこういう元気いっぱいなのが美穂っぽいのだ。
「じゃあ、明日学校で。確か生徒会室に掲示物の申請をしなきゃいけないだよな。そのあたりって各務が詳しそうだから明日聞こうぜ」
「うん。じゃあ、一緒に練習する?」
そう言って俺らは鉄橋の下に向かった。ギターを弾いて二人でチェリオを飲んだ。楽しかった。だが、もう少ししたら二人だけじゃなくなる。それはそれで楽しい。それに二人ではやっぱり成立しないんだ。
「じゃあ、また明日ね」
「おう、明日な」
俺はまだ気が付いていなかった。
翌日。
朝早く起きたつもりだったが、各務はすでに学校に行っているのがわかった。各務はコンクール以外では学校を休まない。そういうやつだ。遅刻もない。理由がない異国はしないのだ。だから、先に行ったとしか思えなかった。
そう、俺は各務と一緒に通学できなかったんだ。おかしい。前の世界ではずっと同じ時間に学校に行っていたはずだ。笑いながら、たまに叱られながら学校に向かっているのだ。途中あの鉄橋の所で美穂と会う。だが、今日はずっと一人だった。鉄橋の所で美穂と一緒になる。
「おはよう」
その笑顔で今日一日元気に過ごせる。そう思っていた。何があっても大丈夫だ。俺はそう思っていたんだ。
教室に入る。俺は各務に声をかける。
「おはよう。なあ、来てくれよ。昨日な美穂とポスター作ったんだよ。それがさ」
そう言った時に気が付いた。各務の表情が無表情なのだ。そして各務が言う。
「私には関係ない。二人で頑張れば」
各務はそれだけ言うと教室から出て行った。俺は追いかける。
「おい、どういう事だよ。なんだよ。俺が何かしたって?」
各務はぼそっとこう言ってきた。
「昨日、声をかけたの。話したこともない子によ。吹奏楽部にいるけれど馴染めてない子。なのに、あんたはあの子と楽しそうに。
なんか私バカみたいじゃない。なんかそう思ったらバカらしくなったの。あんたらが勝手にすればいいって」
そう言って走って行った。不意に見えた各務は泣いていた。各務が駆け込んだ先は女子トイレだ。これ以上追いかけられない。俺は気が付いた。いくら鈍感でバカな俺でもわかる。前の世界は本当に奇跡的に成り立っていたんだ。
俺は間違えた。決定的な間違いを起こした。そのため、ずれが起きた。
俺は時期が違うから大丈夫だと思っていた。でも違った。昨日、本当は野坂との約束を破って各務と会うことを選ばなきゃいけなかったのだ。だが、俺は美穂と一緒に居たかったから選択を間違えたのだ。
俺は前の世界では美穂とポスターを作っていない。そうだ。その時俺は各務と一緒に会っていたんだ。このバンドのドラマーになる吉良望に。
俺の知っている未来と異なってしまった。そして、その未来はもう訪れない。吉良望がメンバーにならないのなら、あの問題児もメンバーになってくれない。
そう、各務が俺を避けるようになる『今』になってしまったからだ。もう道はない。
俺は自己嫌悪に陥った。俺は気が付いたら走っていた。階段を駆け上がる。屋上には上がれない。それは知っている。だが俺は思いっきり鍵のかかった屋上の扉に頭をぶつけた。何度も何度も何度も。
俺は各務を傷つけた。頑張っていた各務の思いを無視して、傷つけた。最低だ。自分勝手な行動で誰かを傷つける。それは俺自身も傷つけることなんだと初めて知った。気が付いたら俺は意識を失った。
気が付くと白い世界にいた。真っ白な靄のかかった場所。この場所を俺は知っている。光り輝く少年がいる。Lだ。
「言ったでしょう。強い痛みがあるとその痛みの分だけ君は過去に戻る。やめてほしいよね。そういうこと。君はイレギュラーなんだから」
ものすごくけだるそうに少年は言う。
「もう、とっとと戻りたい時を言って。といっても、今回の痛みだと一日くらいしか戻れないよ」
一日。十分だ。だって、昨日の放課後に戻るだけなんだから。
「大丈夫だ。昨日の放課後に戻してくれ」
そう言うと前と同じように俺の足元にあった白いもやがなくなる。下におちる。浮遊感。気持ち悪い。その勢いに俺はまた気を失ってしまった。
「ちょっと大丈夫?」
声が聞こえる。俺は机に突っ伏していた。頭を抑える。目の前に各務がいる。心配そうに俺を見ている。
「ああ、大丈夫だ。ごめん。心配かけて」
そう言った。さっきまで俺のことを避けていた各務じゃない。それだけで安心する。俺は各務を傷つけないようにしないといけない。前の世界で俺はそこまで色んなことを考えていたのだろうか。いや、考えていない。
だが、俺は今みたいに色んなことも見えていなかった。周りが見えるということが良いことだけじゃないという事を知った。
「無理ならいいんだけれどさ、これからちょっとだけいい?」
各務がそう言ってくる。遠くで美穂が「行くよ」と声がする。俺は選択を間違わない。
「悪い、先行っておいてくれ」
確か俺はこう言ったはずだ。各務が言う。
「よかったの?」
「ああ、多分だけれど、今は各務の用事の方が大事なんだと思ったんだ」
そう言うと各務がびっくりした顔をして、それからいきなり笑い出した。
「ふ~ん、そうなんだ。浩ちゃんもよくわかんないね。まあ、いいか。私も頑張ったものね。実はねバンドに興味あるかも知れない子がいるのよ。これから会いに行くんだけれど一緒に来ない?」
「行くよ。ありがとうな」
俺はそう言った。だが、その時俺は視線を感じた。教室の扉の所に美穂がいるのを。おかしい。美穂はハルキさんの所に駆け付けたはずだ。前の世界ではここに美穂がいることはなかったはずだ。
「ど、どうしたんだ?」
俺は美穂に聞く。美穂は「・・・忘れ物したの。ねえ、ハルキさんとこ行こうよ」と言ってきた。
「行くよ」
各務が俺に声をかける。
「悪い。後で行くからさ」
俺は美穂にそう言って各務について行った。俺の知らない展開が続く。世界はすでにどうしようもないくらいずれてしまっていたんだ。