~ライブが連れてきたもの~
~ライブが連れてきたもの~
ハルキさんのライブハウスは何度も足を運んでいる。
兄貴がここでライブをしていたからだ。週末は複数のバンドがここでライブをする。今回はその前座だ。一組目のバンドの入りの前に音だしチェックという感じだが、高校一年生で丸北高校の生徒がライブをするということ、あのGlattonの住吉連一の弟がデビューをするということで兄貴の関係者も来ていた。
「ねえ、見て。前座なのに結構人入っているよ。なんか緊張してきたぁ」
美穂がそう言う。こいつはおしゃれのつもりなのだろうかよくわからないよれっとした水玉のシャツから黒いタンクトップが目に付く。
飛び回れるようになのかズボンだ。そういえば、ライブの時あのスカートで走り回っていたからこっちはひやひやしていた。パンツ見えたらどうするんだって思っていた。
あ、そういえばスパッツ履くとか言っていたような気もするがそれでもどうしてか目が行ってしまう。これは男の悲しい性だな。
でも、スカートがズボンになっただけでなんでか安心するのとちょこっと残念になる自分がいる。
「緊張している?」
「ああ」
何度経験しても慣れない。でも、美穂が魔法を教えてくれたんだぜ。緊張しない。あのセリフを言ってくれたから。
「観客が気になるなら、私だけを見ていて」
美穂がそう言った。俺はびっくりした。そう、俺が緊張しなくなったのはこの言葉のおかげだ。
そう、俺は美穂だけを見て。美穂のためダメに演奏をする。そう、観客なんて関係ない。俺にとって伝えたい相手は美穂だけだ。
「じゃあ、行こう」
そう言って美穂とグータッチする。まだ二人。後二人そろえばあの時と同じになる。待っていろ。ちゃんとバンドにしてやるから。もう一度あの場所に立とう。
「ああ、行こうぜ」
俺らは舞台に立った。
照明が落ちている。俺はギターをアンプにつなぐ。二人だけのバンド。絶対に音が足りない。それを感じさせないように頑張らないといけない。「Just take my heart」のゆっくししたイントロ部分を弾く。俺が見ているのは美穂の背中だ。二人だけの世界。照明が付く。世界が一気に明るくなった。
「やめなさい。あなたたち」
冷たい声がした。冷水をかけられたようになる。目の前に立っていたのは生活指導の高坂先生だ。
すでに舞台に上がってきている。俺らの初ライブはこうして強制的に終わりを告げた。だが、俺はこの展開を知っている。そう、ハルキさんの知り合いのライブハウスで1曲だけ弾くことになった時だ。
あの時も高坂先生がやってきて強制終了させられたのだ。だがあの事件がないと次に進めないのも事実だった。
怒られたくないけれど仕方がない。あの時よりも早いけれどこれはドラマーがメンバー入りするために必要なイベントなのだと思うことにした。
翌日。
生徒指導室に呼び出されるかと思ったら校長室に呼び出された。どうやら未来の出来事より重く学校側は受け止めているらしい。美穂が言う。
「私たち別にわるいことしてないのに」
言葉は弱く震えている。二人して呼び出された校長室の前にいる。扉をノックする。
「入りたまえ」
低い声が響く。
「失礼します」
そう言って頭を下げる。校長室に入るのは初めてだ。朝礼で見ているのはオールバックでいつも眉間に皺があるおじさんのイメージがある。
その威厳ある出で立ちが今は怖い。しかもその横にあの生活指導の高坂先生もいる。もう最悪だ。よこでまっすぐに立っているけれど足がやっぱり震えている美穂がいる。
ここは前にも怒られている経験者の俺がしっかりしないといけない。俺は美穂より少しだけ前に足を踏み出して胸を張った。
まるで俺の身体で美穂を守るみたいに。こう言うとかっこよく思えるかもしれないけれど足はむっちゃ震えている。そりゃわかっているけれど怒られるのは怖いのだ。高坂先生が言う。
「この学校はバンド活動は禁止しています。住吉くんは知っていますよね。あなたは当事者でもあるのですから」
「・・・・はい」
消えそうな感じで返事をした。知っているに決まっているじゃないか。そしてあの事故は高坂先生。あなたも当事者ですよね。そして校長。この人もだ。バンド禁止の決定を下したのこの人だ。
「それにあんなことがあったにも関わらず住吉くんはまだバンド活動をしたいのですか?ならばわかっていますよね。もう二度としないと。ここで約束してください」
ものすっごい睨んできている。ものすごい眼力なんだ。もうそれだけで首を縦に振ってしまいそうだ。しかも奥に居る校長が何も言わすに俺の目をずっと見ている。
「約束はしません。俺は、間違っているかもしれないけれど音楽だけが兄貴を呼び戻せるって思っています。だからお願いです。続けさせてください」
俺はそう言って頭を下げた。そういえば前の世界では俺はこの出来事をどうやって解決したんだっけ?確かこうやって頭を下げて押し切った記憶しかない。何が決めてなのかわからない。美穂が言う。
「私は過去の出来事や事件は知りません。ただ、この学校から有名なアーティストが誕生したことだけは知っています。本当は皆音楽が好きなんじゃないですか?音楽はすべてを越えられるの。だからやらせて欲しい。お願いします」
そう言って美穂が頭を下げた。音楽はすべてを越えられる。そうだ。俺が兄貴に教わったことだ。どうして今まで忘れていたんだ。
そう、この言葉は兄貴の歌った曲の歌詞にある。本当に美穂は兄貴の作った曲を聞いたんだ。なあ、兄貴。ここにいるんだぜ。
兄貴の曲を聞いたやつが。もう、今すぐ兄貴に伝えたい。扉越しになるだろう。伝わらないかもしれない。でも、兄貴の曲はちゃんと届いているんだ。だから戻ってきてほしい。いや、ここで俺が勝ち取るんだ。俺は顔を上げた。
「俺が証明します。きちんとした方法で。派手なパフォーマンスはいらないです。
ただ音楽はすべてを越えられる。この言葉は俺の兄貴が歌っていた曲にある言葉です。俺と兄貴とあの事故を否定するのならばバンドを辞めろと言ってください。
でも、俺はあきらめられません。認めてくれるまで何度でもここに来て頭を下げます。お願いします」
そう言ってまた俺は頭を下げた。むちゃくちゃだ。頭の中はカオスだ。まとまらない。
「何を言っているの。そんなわがまま通るわけないでしょう。早く認めなさい。もうバンド活動をしないと」
だが、その高坂先生の言葉を遮るように校長がこう言ってきた。
「そうか。ならばちゃんと結果を出しなさい。正しい手順で正しい方法で。そうしたら認めてあげよう。話しはこれで終わりだ」
俺はこんな展開を知らない。いや、俺の行動も美穂が兄貴の曲を聞いていたことも初めて知った。
「ありがとうございます」
美穂がそう言った。俺たちは勝ち取ったんだ。しかも校長が言ったんだ。顔を上げると高坂先生がものすごい表情をしていた。
「いいんですか?校長」
「ああ、若者の思いを受け止めてあげるのが教育者じゃないのかね。それにもうそろそろ前に進むときじゃないかな。我々も。では、私はでかける。後は任せたからな」
そう言って校長は立ち上がった。手にカバンを持っている。俺の横を通る時肩を叩かれた。
「頑張れよ。楽しみにしている」
「はい」
俺は前の世界と違ってこんなにも大きな味方できると思っていなかった。ただ、俺はまだ知らなかったんだ。どうして高坂先生があれほどまでバンドを嫌っている理由を。俺はずっとこの先生を避けていたんだ。そこに理由があるなんて思ったこともなかった。
校長室を出て俺と美穂はハイタッチをした。
「やった」
「これでバンド活動できるね」
そう喜びながら教室に戻って各務にさっき起こったことを伝えた。だが、各務は険しい顔をしてこう言ってきた。
「正しい手順ということは軽音部を復活させるということよね。ということは部員が5名必要。後、顧問ね。誰か受けてくれそうな先生いるの?」
この言葉に真剣に焦った。前の世界では同好会ということで四人だけの所属だったのだ。
だが、『正しい手順』という縛りが出来てしまったんだ。もう一人必要なんだ。軽音部の勧誘。前の世界でどれだけ忌み嫌われたか。だが、そんな俺の横で美穂がものすっごい笑顔でこう言ってきた。
「ということはメンバー集めだね。もう、やるっきゃないね。早く見つけなきゃ。ベーシストとドラマー。後はパーカッションとか欲しいよね。ミキサーとか居てもいいかも。ねえ、浩ちゃんは誰か知り合いいないの?」
実際メンバーになってくれる奴はわかっている。でも、ここまで世界が変わりすぎているのだ。実際どうなるのだろう。俺にはわからない。そう、三人目を紹介してくれたのは各務だ。俺は各務を見る。
「手伝わないからね。そんなレベルの低い演奏なんか」
だが、俺は知っている。ちゃんと各務は手伝ってくれるのだ。
「ねえ、まず部員募集のポスター作ろうよ。ポスター」
そうだ。ポスターを作ったのだ。許可を取らずに張って怒られたのだ。いや、認めてもらえなかったから強硬手段に出たんだ。各務が言う。
「ちゃんと申請をすれば通るから。同好会だってポスター作って貼っているんだからね。勝手なことをして折角のチャンスを無駄にしないこと」
わかっているって。こんなチャンスない。口酸っぱく各務が言っているのは本当に心配してくれているからだ。
いつもの俺なら「うるせえって」とか「わかっているって」とか言うんだろうな。でも、俺は各務がこれから俺たちのためにすっごい頑張ってくれるのを知っている。だからこう言ったんだ。
「ありがとうな」
そう言うと各務が大きく目を開いて俺を見てきた。
「浩ちゃん。どうしたの?頭おかしくなった?」
「なってねえわ。なんだ。感謝伝えたら頭おかしいって俺どんなやつだと思っているんだ」
まあ、確かにいつもの俺らしくないのかもしれない。でも、良いだろう。前の世界の俺はちゃんと各務に感謝を伝えられなかったんだ。今回くらいいいだろう。各務が俺のおでこに手を当ててきた。
「おい、何するんだ」
いきなりびっくりするだろう。各務が言う。
「いや、熱でも出て頭がおかしくなったのかと思った。でも、違った。浩ちゃんどうしたの、本当に」
「いや、今までちゃんと言えてなかったから伝えたかったんだ」
だが、そう言った各務からの返事はこうだった。
「ねえ、浩ちゃんって死ぬの?ほら、死ぬ前にいいことしたいってやつとか?」
「おい」
まあ、一度死んだみたいなものだ。それに二回目だ。各務のこともちゃんと考えられる。
「そんなに変じゃないよ。さっきだってかっこよかったしね」
そう美穂が言ってきた。
「ふ~ん、そうなんだ。浩ちゃんは変わったんだ」
そう言って各務が席を立ってどっかに行った。時期は違うが各務はドラマーを捜しに行ったはずだ。時期は早いけれど大丈夫なのだろうか。ドラマーはまだ吹奏楽部にいるはずだ。辞めたのはゴールデンウィーク明けのはず。
まだ四月だ。ギリギリだが。ドラマーは吉良望。メガネをかけて無口な女の子だ。いや、無口な理由を知っている。口を開くと毒舌を吐くのを自覚しているからだ。見た感じはベリーショートに赤いメガネをかけてこれまたこの子も小さくて細い。だが、ものすごく力強いドラムをたたくのだ。
「どうしたの?」
美穂が俺の顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもない」
「じゃあさ、放課後ハルキさんとこでポスター作りしようと」
そうだな。確かに前の世界では美穂にポスターつくりをまかせっきりだったんだ。俺は手伝わなかった。約束までしていたのにその約束を破ったのだ。あの後美穂がものすっごい機嫌悪くなったのを覚えている。
しばらくご飯をおごらされた。といってもファストフードだが。ハンバーガーにポテトとシェイク。定番だな。
「いいぜ、一緒に作ろう。派手なポスターを作ってみてもらおう」
そうだ。確かこのポスターの前後だったはずだ。吉良望とドラマーと合流したのは。あれ、どっちが先だったかな。思い出せない。まあ、大丈夫。なんとかなる。俺は前にできなかったことをやろうと決めた。もう結構変わってきているのだ。しかもいい方に。
放課後になって各務に声をかけられた。
「ちょっといい?」
「悪い、これからハルキさんとこ行くんだ」
そう言って各務は「ちょっとだけでいいから」と食い下がってきた。珍しい。だが「行くよ~」という美穂の声を聞いて俺は美穂について行った。
それがまさかあんな結果になるなんて思ってもみなかった。そう、俺はうまく行っていたから忘れていたんだ。前の世界は偶然に偶然を重ねた上で成り立っていた本当に奇跡みたいな世界だったということを。