~練習先~
~練習先~
入学式。新入生代表はさっきまで騒いでいた各務だ。各務は背筋をピンと伸ばし、はっきりと代表挨拶をしている。
クラス割も張り出されていたので見た。そう、過去と同じ。俺と各務と美穂は同じクラスだ。そう、ここで初めて美穂と会うはずだったのだ。会うのが少しだけ早くなった。でも、そんなこと大したことないはずだ。
だって、出会うことはもう決まっているのだから。座る席も決まっている。といっても、覚えていなかったが。そりゃ初めて座った場所くらい覚えているだろうと思ったがわからなかったので廊下に張り出されている場所を確認する。
変わりに校舎の中については問題ない。もう九月まで経験しているんだ。だから、音楽室も保健室もばっちりだ。
しかも、ここの音楽の先生は結構話しがわかる人なんだ。なんでもここの卒業生で軽音部に居たらしい。
でも、軽音部は活動停止中。三年前のあの事件以降ずっとだ。軽音部は存在することが許されていない。合唱部や吹奏楽部はあるけれど軽音楽部はない。どれだけ働きかけても認められていない。だからあきらめて吹奏楽部に入ったり合唱部に入ったりするヤツもいる。
俺はただ一人でもギターを弾いて歌っていたい。逃避と言われたらそうかもしれない。でも、逃げずに立ち向かうヤツが居るのだ。難攻不落と言われたこの学校に文字通り風穴を美穂は開けたのだ。そして、俺の目の前で代表挨拶をしている各務も協力してくれた。
だから、今回は俺も頑張りたい。ただ、変なことをしてしまったら未来が変わってしまうが。難しいところだ。
確実にできることはギターの腕を上げることだ。決意を胸に各務を見ていた。ちょうど檀上から降りる所だ。視線が合ったようにも感じた。気のせいだろう。だって、この講堂に何人生徒がいると思っているんだ。視線があったなんて感じるのは自意識過剰なだけだ。
教室に移動する。この後で本当ならば美穂に声をかけられるはずだったのだ。
「さっきの挨拶かっこよかったな」
そう、俺が各務にこう言った後に教室に入った時に美穂が俺を指差して「ギターくんだ」って叫ぶんだ。
だが、今はすでに俺の横に美穂がいる。そして、俺と各務の間に入ろうとしてくる。一体何だというんだ。各務が言う。
「私に見とれていたでしょう」
なんだ。この展開。前は「まあ、代表として恥ずかしくないようにしないといけないからね」という返答だったはずだ。
「なになに?浩ちゃんは舞台に立ちたかったの?だったら一緒にバンドやろうよ」
そして、美穂は俺のことを苗字でも浩二でもなく浩ちゃんと呼ぶ。なんだこの展開。俺の知っている展開じゃない。大丈夫なのかこれ。
「だ、か、ら。この学校ではバンドはできないの。それにあなた楽器は何をしているの。何も持ってないけれど」
各務が聞く。この会話に近いことはあったはずだ。ちょっとずれているだけ。大丈夫。俺は自分に言い聞かせた。
「私はヴォーカルだよ。この声が私なの」
そう言って軽くハミングをする。そうだ。俺はこの歌声に恋をしたんだ。小さい体から信じられないくらいの大きな声。いや、違う。全身から声が出ている。オーラがあるんだ。どれだけこの声に励まされたか。
「確かにいい声ね。でも、バンドはダメ。それに浩ちゃんは向いてないよ」
「どうして、ギターうまかったよ」
ああ、鉄橋の下で誰も聞いていなければ問題ない。各務が言う。
「浩ちゃんはものすごいあがり症なの。だから、人前に出てしまうとギターがうまく弾けないの。だから誘うのなら他の人がいいわよ」
その通りだ。俺はどれだけ練習してもダメなんだ。舞台に立つと緊張をしてしまう。でも、この震えを支えてくれたヤツが居たんだ。
だから、舞台に立てた。何度失敗しても励ましてくれた。笑ってくれた。美穂。お前が居たから俺は舞台に立てたんだぞ。
そう言いそうになった。あの時、告白なんかじゃなく、感謝から入ればよかったと本気で思った。だから、今度はちゃんと言う。
「ううん、浩ちゃんがいい。というか、浩ちゃんじゃなきゃイヤ」
そう言って美穂は俺の腕にしがみついてきた。ちょっとうれしい。
「趣味わるいね。まあ、すぐにわかると思うよ」
各務さんがそう言って席に着く。すぐに教師がやってくる。ここの担任は済堂先生だ。済堂先生は結構な年の女性だ。この人はすぐに多数決でものを決めたがる。
それが悪いとは言わない。けれど、教室の窓ガラスが割れた犯人を多数決で決めようとしたことはびっくりした。それで犯人にされた生徒はどうしろっていうんだって思う。
済堂先生が言う。
「では、まず学級委員を決めたいと思います。立候補者が居れば挙手をお願いします」
ここで手を挙げるのが各務だ。そして各務が颯爽と前に歩いていく。済堂先生が言う。
「後男子で立候補者はいませんか?」
確かここは誰も手を挙げないのだ。そして、出席番号一番の安藤が選ばれる。かわいそうだがそういう運命だ。各務が言う。
「推薦をします。住吉くん。前に出てきてください」
おい。なんでそうなるんだ。済堂先生が言う。
「いいですね。では、この住吉くんが学級委員でいいと思う人は挙手をしてください。みんなで決めるんです。みんなで決めたことは守らないといけないですよね」
この展開は逃げ道がない。そして、ぽつぽつ手があがる。前の方に座っている美穂は手を挙げていない。
「はい、では住吉くんが学級委員に選ばれました。皆さん拍手してください」
こうなるともう拒否はできない。だって、『みんな』で決めたことだからだ。それが済堂先生の考え方なのだ。
だが、この人は『みんな』で決めたことなら学校側にも交渉をしてくれる。そういう意味ではよくわからない先生なのだ。
それから色んな委員を決めて行った。俺は何の委員にもならないはずだったのに、どこでどう変わったのか委員長として教卓の前に立っている。意味不明だ。
「では、今後のHRは委員長に司会をしてもらいます。後、月一回委員長会議があるので出席してください。では、今日の授業は終わりです。皆さん早く学校になれてくださいね」
済堂先生がそう言って俺を見てくる。ああ、そうか。このタイミングなのか。
「起立、礼」
「お疲れ様でした」
そう言って解散になる。俺は席に戻りギターケースを肩にかける。すぐ横に美穂がいる。
「ねえ、練習しよう。練習。どこかスタジオ行こうよ」
おいおい。まずは鉄橋の下じゃないのか。こいつまでも予想と違う事を言い出す。大丈夫なのか、これ。ちゃんと学園祭でライブできるのか心配になってきた。
「あのな。スタジオ借りる金なんてないわ。だから鉄橋の下で十分なんだよ」
「浩ちゃんはわかってないね。何事も形から入るべきなんだよ。ちゃんとしたスタジオで練習すれば絶対上達が早い。それに後はコーチだね。早く見つけないと」
確かに教えてくれる人がいると上達は早い。だが、まだその人の所に行くのは早いのだ。ちゃんとメンバーがそろってからじゃないと相手にしてくれない。はず。前もそれは経験済みだ。まあ、ダメ元で一回行ってみてもいいか。それに追い返されることも重要だ。
「なら、ちょっと寄っていくか。来るか?」
俺がそう言うとまるで散歩に行きたい犬が尻尾を振っているような感じで「行く!」って美穂が言ってきた。各務が言う。
「まさか、ハルキさんとこ行く気じゃないでしょうね」
「そうだけれど。まあ、追い返されるかもだけれどね」
ハルキさん。本名は知らない。俺がギターを買った楽器専門店。そして、俺の師匠でもある。確かにユキトさんには教わった。けれど、このハルキさんは次元が違うのだ。むちゃくちゃうまい。というか、なんでもさらっと弾いてしまう。そして、いつも叱られる。
「お前やる気あるのか?」って、何度言われたことか。確かベースもドラムも同じだ。美穂に至っては発声練習からやり直しを言われて凹んでいたのだ。
だが、ハルキさんは楽器専門店を開いているだけあってどの楽器もそこそこできる。一番はギターだ。あれはまじでヤバい。
「なら、私もついて行く」
「はぁ?なんでだよ。お前行く意味あるの?」
「ちょっと譜面でも見ようかなって」
各務はピアノを弾いている。お嬢様なのだ。なんで近所に住んでいるのにこうまで格差があるのだろう。
不思議だ。だが、バンドにピアノとしては参加しない。各務はどこかのコンサートで弾くのだ。あんなライブハウスとは次元が違う。何度か連れて行かれたけれど世界が違い過ぎたのだ。
「わかったよ。まあ、追い返されると思うけれどな」
実際はもうちょっと後に美穂と二人で行って追い返されたのだ。「お前ら下手過ぎだ」ってね。とりあえず、俺はまだその時気づいていなかった。俺のミスについて。
ハルキさんのショップは楽器が並んでいる。だが、その二階はスタジオで、地下にはミニライブができるハコがある。ちょっとしたステージに観客席。横にはミニキッチンがあってそこでドリンクやフードを用意している。
ミニライブは定期的に行われているし、二階のスタジオも埋まっていることが多い。これだけやることがあるのに店はハルキさん一人で切り盛りしている。
「こんにちは~」
ドアを開けて店の中に入る。奥にドレッドヘアでバンダナをつけた年齢不詳の男性がいる。この人がハルキさんだ。20代なのか30代なのかすらわからない。ちょっと怖い感じなのだ。
「なんだ、浩二か。後、各務ちゃんね。各務ちゃんは何か譜面を買うのかい?でも、コンクールで弾く曲はもう決まっているよね。気分転換に何か弾くための譜面ならやめておいたほうがいいよ」
そう言ってハルキさんは各務にわらいかけている。確かに俺より絶対に各務の方がハルキさんの店に貢献している。譜面は高いのだ。俺も買うからわかる。ありえないくらい高いのだ。そして、ハルキさんの風貌を見て美穂がおびえている。俺の後ろに隠れて服をぎゅっと握っている。
本来ならば後一週間後くらいにこの店に美穂と二人で来るのだ。その時も似たような感じだった。いや、今よりハルキさんの機嫌は悪かったはず。なんせ、金を使わないタダでスタジオを貸してくれと言うのが俺だ。
そりゃハルキさんが鬼のような顔で睨んでくる。だが、今のちょっとだけ優しい顔をしたハルキさんでも美穂は怖がっている。まあ、見た感じはおっかないからな。でも、中身はもっとおっかない。
実際何度かここに来たけれどスタジオを貸してくれたのは四人そろった時だったと思う。ハルキさんが言う。
「なんだ、そのちっこいのは。浩二の彼女か?」
「違います!」
そう言ったのは俺じゃなく各務だった。まあ、そうなんだけれどなんで俺よりお前の返答の方が早いんだ。美穂が言う。
「私バンドを浩ちゃんと組みました。ここで練習できるって聞いたのでお願いします」
おいおい、いつバンド組んだことが決定したのかい。まあ、バンド組むこと自体はその通りなんだけれど。というか、ハルキさん相手に立ち向かっている。足はぷるぷる震えているけれど立ち向かっているのだ。なんだこれ?俺の知らない光景が広がっている。ハルキさんが言う。
「おい、ちびっこ。お前楽器は何をするんだ?」
「私はヴォーカルです」
きりっとした態度で美穂は言い切った。
「面白い。各務ちゃんよ。ちょっと店番頼むわ。上にあがってこいつら試してくる。何も感じなかったらそのまま追い返す。何か少しでも感じるものがあったら練習付き合ってやるよ」
そう言ってハルキさんは立ち上がった。180センチ近くあるあら余計に威圧的なのだ。
「おい、付いて来い」
そう言ってハルキさんは二階に上がっていく。おいおい。こんな展開なかったぞ。とりあえず二階に向かう階段で美穂に軽く話す。
「何をする?」
「何って?」
「歌う曲だよ」
そうだ。何が一番いいか考えていた。
「Just take my heartがいい。あの曲の出だし好きなの」
おい。あの曲の出だしはギターの俺がむちゃくちゃ緊張するんだ。それにハルキさんが見ている。そう、思ったが、よく考えたら俺は少し前まで何度もハルキさんの前で弾いている。そうだ。死ぬほど練習した曲じゃないか。ライブでもやった曲だ。
「いいね、やろう」
二階に上がり、俺はギターをアンプにつないだ。慣れているものだ。だが、横にいる美穂は当たり前だがはじめて入るスタジオに周りを見ている。
「行くぞ」
そう言って俺はギターを弾く。イントロが終わり美穂が歌い出す。そうだ。俺はこの声が好きなんだ。だが、少し声が弱い。そうか、まだボイトレをしてないし、腹筋もそこまでしてないだろう。俺だって筋トレをしてないから腕が痛い、もげそうだ。
だが一曲くらいならなんとかなる。この腕が千切れたっていい。そう、願っていたんだ。こうやって美穂ともう一度奏でることを望んでいたんだ。俺も気が付いたら歌っていた。美穂に合わせてギターを弾く。やさしく。そっと。まるで、告白をしているみたいだ。一緒に寄り添う。音で包み込むんだ。そう、優しくそっと。
「愛している」
そう伝えるように。
曲が終わった。終ってしまった。でも終わったと同時にハルキさんが拍手をしてきた。その行動だけでも違うのにこう言ってきたのだ。
「練習よりもっとお前ら向きなものがある。来週下のハコでライブに出ろ。ねじ込んでやる」
こんな未来知らない。俺の知らない物語が動き出したのだ。